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Vol.25056 韓国政治と民主主義―戒厳令発令の背景と市民の抵抗

医療ガバナンス学会 (2025年3月28日 09:00)


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加藤華

2025年3月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2024年12月3日、韓国のユン・ソンニョル大統領は国会の機能不全および北朝鮮の脅威を理由に緊急戒厳令を発令した。これにより一時的に韓国軍が主要な政府機関やメディア施設を掌握し、国会の活動は停止。さらに全国的な集会やデモの禁止、主要都市での夜間外出禁止令が敷かれることとなった。この事態は日本国内でも大きく報道され多くの人々の関心を集めた。本稿では戒厳令発令前後の韓国国民の反応を分析し、そこから浮かび上がる韓国社会の実状について考察する。

1.「自由」を守るために行動した市民たち

筆者は当時、夫とともに出張先の釜山のホテルに滞在していた。午後11時を回る頃、夫が携帯を開き、瞬時に表情を曇らせたのを目の当たりにした。「何が起こっているのか分からない」という夫の言葉に不安を覚え、テレビのニュースをつけると国会周辺に軍用ヘリと軍隊が集結している様子が映し出されていた。ユン大統領の声明が繰り返し放送され、特に次の一節が国民に大きな衝撃を与えた。

「北朝鮮の共産主義勢力の脅威から韓国を守り、国民の自由と幸福を略奪している悪徳な従北反国家勢力を一挙に粛清し、自由憲法秩序を守るために非常戒厳を宣言する。これまで悪事を働いた亡国の元凶である反国家勢力を必ず殲滅(せんめつ)する。」(読売新聞オンライン、 2024、para7.8)

この声明を聞いた多くの韓国国民は、国家の危機が迫っているのではないか、戦争が始まるのではないかという不安を抱いた。しかし声明の内容が次第に野党への批判へと傾いていくにつれ、これは単なる政治的駆け引きの一環ではないかとの疑念が生じた。

韓国には1979年から1980年にかけて発生したチョン・ドゥファン政権による軍事クーデターと民主化運動の武力鎮圧という苦い歴史がある。この歴史を知る50代以上の世代を中心に多くの市民が即座に行動を起こした。氷点下の真夜中、数千人の市民が国会前に集結し軍隊の侵入を防ぐために人間の壁となり、国会に設置されていたベンチなどを利用してバリケードを設置した。国会議員たちは軍隊や警察の警備をかいくぐり、塀をよじ登って議会の中に入った。
その結果、午前1時3分には190名の議員が集まり、全会一致で戒厳令の無効を決議し、軍隊は撤退した。午前4時30分には戒厳令が正式に解除された。韓国の政治史において、市民運動や抗議活動は常に重要な役割を果たしてきた。市民が物理的に軍の進入を妨げ、現場で強い意思を表明したことが、戒厳令の迅速な解除に大きく寄与したことは疑いの余地がない。

2.日本人として考える「自由」の価値

筆者自身、韓国の軍事政権の歴史を深く知らず、「戒厳令」という言葉の意味さえ検索しなければ理解できなかった。しかし、1980年の軍事クーデターを題材とした映画『ソウルの春』を観たことで、韓国の民主化闘争の歴史に初めて触れた。もし今回の事態が軍事政権の確立へとつながっていたらと考えると、恐怖を禁じ得ない。日本において「戒厳令」という言葉を知らずに生きてこられたことは、ある意味で幸せなことだ。しかし、もし日本で同様の事態が発生した場合、どれほどの国民が自由と民主主義を守るために立ち上がるのだろうか。どれほどの国会議員が塀をよじ登って国会に入るのだろうか。

今回の韓国国民の行動から、歴史を学び記憶することの重要性、自由に対する認識の再考の必要性を痛感させられた。日本では政治的な議論を避ける傾向があるが、自由や民主主義を軽視すれば、その維持は危うくなる。自由も平和も、努力なしに存続するものではない。いざという時、私たちは行動を起こせるだろうか。本稿を通じ、一人でも多くの日本の読者が韓国での出来事を知り、現在享受している自由について改めて考える機会となれば幸いである。

3.戒厳令解除後の韓国社会の動向

さてその後の韓国国民の反応を見ると、当初は韓国国民の大部分が批判的か冷ややかな反応を見せ、与党の支持率は急激に低下した。ところがユン大統領の執務停止後、野党が戒厳令に全く関与していなかった大統領代行、そして代々行までをも弾劾したことが国民の怒りを呼び、野党の支持率は急激に低下し、結果的に与党の支持率が回復するという逆転現象が生じた。

もともと野党は国会議員の半数を超える議席を獲得したことを悪用し、与党側の30人を超える政府公職者を弾劾させ、国政を麻痺させてきた。ユン大統領はこの野党の行動を国家への反逆行為として戒厳令を発令したため「戒厳令の発令は誤りだったが、仕方のない側面もあった」と考える国民も増えつつある。このような状況を受け、今後の韓国政局の動向は依然として不透明である。ユン大統領は検察出身の大統領であり、非常に原則や規律に忠実な人物であると同時に非常に理性的な政治を行われる方だったので、個人的に今回このような判断をされたことが非常に残念であった。
しかしながらユン大統領は国民を第一に考え、野党の嫌がらせを受けながらもあらゆる社会問題に勇敢に立ち向かった大統領であり、彼の志や業績が今後も忘れ去られることがないよう願っている。

4.韓国政治の課題と今後の展望

筆者の夫は、現在の韓国政治について「国家や国民の利益を最優先するものではなく、選挙での勝利や政敵の失脚を目的とした政治に堕している」と指摘した。例えば、与党が女性支援政策を打ち出せば、野党はそれを「男性差別」と糾弾し、男性の被害者意識を刺激することで支持を集めようとする。次の選挙では、逆に男性優遇の政策を掲げて票を獲得しようとするのが常だ。
また、与党が親米・親日路線を取れば、野党は反米・反日を煽ることで対抗し、国益よりも党派の対立を優先する姿勢が顕著に見られる。メディアもまた、与党寄り・野党寄りと明確に分かれており、公正中立な報道はほとんど期待できないのが実情だ。このような政治体質は国民の対立と分断を煽る。

実際、「フェミニスト大統領」を自称したムン・ジェイン政権は、女性の社会進出を促進する政策を推進し、公的機関や企業における女性雇用枠を拡大した。しかし、男性側からは「女性は約2年に及ぶ兵役義務を免除されているにもかかわらず、経済不況と雇用難の中で一方的に優遇されている」との不満が噴出し、男女間の対立が急激に深まった。
さらに、一部のフェミニスト団体が男性中心の社会構造を批判し、過激な言動を繰り返したことで、オンライン上の男女間の対立は激化し、互いを貶める侮蔑的な表現が次々と生み出される事態となった。2020年頃には、反フェミニズムを掲げる政治家や団体が台頭し、社会全体の分断はより深刻なものとなった。こうした動きは、非婚化や出生率の急落といった韓国社会の構造的課題にも大きな影響を及ぼしている。

現在与党は男性、野党は女性の支持を多く集めており、その対立は政治的な争いを超えて社会全体にまで波及している。尹大統領の弾劾を求めるデモには20~30代の女性が多数参加する一方、男性の多くは無関心な態度を示した。こうした状況に対し野党のある議員が「これほど多くの若い女性がデモに参加しているのに、男性はまったく姿を見せない。恋愛や結婚ができない男性たちは、デモに参加して女性と知り合えばいいではないか」と発言し、大きな批判を浴びる騒動もあった。

近年韓国では政権が4年ごとに交代し、そのたびに国政の方向性が大きく変わる。このような政治の不安定さが社会全体の混乱を招いているのは否定できない事実だ。少子化、不動産問題、経済停滞、就職難といった課題を克服し持続的な発展を遂げるためには、政治体制の改革が不可欠である。そしてそれを支える国民の価値観の成熟も求められる。韓国が抱える問題は決して他人事ではない。日本においても自由と民主主義の本質を見つめ直し、より健全な社会を築くために政治に対する関心と参加を高めることが求められるのではないだろうか。
参照
読売新聞オンライン. (2024). 尹大統領の戒厳令談話「血を吐くような心境で訴える」「国会は犯罪者集団の巣窟、体制転覆企んでいる」。https://www.yomiuri.co.jp/world/20241204-OYT1T50001/より取得

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