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Vol.98 発災二週間時点での被災地診療経験

医療ガバナンス学会 (2011年4月1日 06:00)


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・・・外科・総合科の立場から・・・

下呂市立金山病院
須原貴志
2011年4月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


県より県下の公立病院に宮城県への医師派遣への協力お伺いがありました。各施設がチームを出しあって引き継ぎながら医療救護を被災地で4月一杯まで継続 しよう・・・ということです。通常 災害派遣医療チームは 医師 看護師 薬剤師 事務員などのメンバーで構成されるので、ある程度人的余裕をもった大き な施設でないとこれに応ずる事は難しいです。

当院は僻地にあって医師看護師不足に悩む100床クラスの病院であり、たまたまこの時期 外科スタッフの転勤に伴い予定手術がなかった外科医一名(すな わち私)と事務員一名の合計2名を拠出するのが精いっぱいだったので医療チームとしては拠出する事は出来ず、第2班・第3班を跨る形で合流するという形で 支援することに決まり、4泊分の冬山装備と医療資材をワゴン車に満載して23日8時45分 当院を出発 同日19時20分 宮城県亘理町に入り、翌24日 から26日までの当地での診療を行いました。

現地には拠点となる公民館があり、当県と福井県から派遣された医療チームがここに寝泊まりしていました。この公民館は夜間診療所も兼ねており、福井県の チームと交互に当直しました。すでに電気が生きていたため暖房は使用可能であり冬山装備は使いませんでした。布団はありましたが数が足りないので我々は寝 袋で寝ました。うれしいことに到着日に飲めないものの水がでるようになりトイレの状態は改善しました。

活動内容は朝に公民館からワゴン車に資材を積み込み 各避難所に出向いてそこに簡易診療所を設営して診療にあたるとともに、避難所にいても簡易診療所ま で動けない方や流行性疾患に罹っていて避難所の中でも隔離された場所にいる方の往診に向かう・・・という事でした。どの避難所に出向くかは前夜と当日の朝  現地の保健師さんがおいでになって調整され、我々の合流により担当する避難所が二か所に増えました。

○この時期の外科系疾患について
外科・総合科としてインフルエンザも含めて何科であっても対応しましたが、関わった2チームの中で外科医は私一人であったためこれについて考察します。

今の時期 避難所で需要が多いのは御承知のように内科的疾患であり、外科的疾患は数は少ないのですが、発災当初とは違うタイプの需要がありました。
すなわち、発災時の外傷が感染壊死を起こしているもの、また抗凝固剤を服用していたためか発災時打撲した後に下腿に看過できない大きさの血腫をこしらえ ている例、さらに皮下膿瘍などもありました。それぞれデブリドマン 血腫切開除去(50ml~100ml程の血腫が噴出) 膿瘍切開などを要しました。
一方、被災地を探しまわった結果 転倒するか釘を踏んでしまうなどして新たに挫創・刺傷など負う方も現れ始めておりました。御承知のように釘踏みに代表 される汚染的刺傷は大変危険です。外に膿が出にくい状況になりますし、破傷風菌などの嫌気性菌が跳梁跋扈するかもしれません。汚染した刺傷ではできるだけ 早く、一旦閉じていても刺傷の入口を切開して広げて 中を徹底的に洗浄することが必要になります。
これらの処置で用意したセッシはすぐになくなってしまい、他施設のディスポのセッシをいただいて切りぬけました。意外に重宝したのは500mlの洗浄用 生食でした。 汚い傷など水道水で泥などをまず洗浄したい所なのですが、まだ飲用できない水でしたので、生食を用いて洗浄するしかないわけです。その他、特に有用であっ たのは局所麻酔薬でした。勿論 切開にも用いましたが、被災地の片付け あるいは逃げている間に 肩や腰が痛くなった方も多く、これらを局所麻酔薬のトリ ガーポイント注射で劇的に軽減させることができました。

挫創については 徹底的に洗浄し、平時とは違って可及的に縫合を避け、創が開いていてもテープ固定としました。なんとなれば縫合すれば誰かが抜糸しなけ ればならず、そのための糸を切るクーパーが不足するからです。テープならば感染すればすぐに剥がせるし、感染しない場合はそのまま剥がれるに任せることに すれば、その場で創処置は完結することになります。もちろん不潔創は膿が排出ルートを確保するために縫合しない方がよい訳です。

○専門性を発揮しすぎる事の功罪について
各施設が出向いて交代で診療を継続する場合は、いかなる科においてもあまり専門性の高い治療をすると、専門外の先生がそれを引き継がなければならない場合もあるわけでして、それがかえって仇になる場合もあるのではないかという印象を受けました。
そこで自分としては各科医師の最大公約数的な処置に止めることにしました。たとえば膿瘍や汚染創にドレーンを留置しておいても、後を引き継ぐのが内科医 であればその管理に逡巡するかも知れない訳です。そのくらいならドレーンが要らない程度まで傷を開けておいたほうがよいです。

○その他
1.
我々が派遣された地域と時期においては.近隣の医院が復活しはじめていたので、今後、連携をどうするか、考慮を要するとおもわれました。我々は無料で診療しているわけですが、果たして人手不足を補っているのか、はたまた営業妨害になっているのか・・・。
いずれにしても突然現れて「かかりつけ医」の診療を推察しながら診療をする我々よりも「かかりつけ医」そのものの診療の方が質は高い筈なので、投薬等は 最小限にとどめて「かかりつけ医」がオープンしているのならそちらにいくようにお話ししました。ただし、車がなかったり、あってもガソリン不足であったり して、避難所から「かかりつけ医」まで行く事が困難であるという状況は存在しました。
2.
今避難所で必要とされるのは 医療資源設備が乏しい中での個人の技術とセンスをフル回転させての総合診療です。自分が役にたったかどうかはともかくも、むしろ僻地や離島で設備も乏しく少人数で頑張っている先生方の方が今の被災地には適合しやすいように感じました。
ところが、今、これらの先生方を被災地に派遣しようものなら、その期間の間、僻地や離島の医療が崩壊してしまいます。勿論、専門医の先生方も医局人事の中で地域病院に赴任された経験のある方が殆どであり、すぐに医療環境に慣れて診療されていました。
一方で総合医を育てるというふれこみでの新臨床研修制度は設備の整った病院での研修ということになっていますが、それをベースにしても、僻地での医療を 一年程度経験していただいた方が、このような設備も材料もない災害診療でまごつくことは少ないのだろうなと思いました。なんとなれば医療需要>>医療供給  という災害医療の不等式は僻地では特に今世紀に入ってからは供給側が極端に不足する形で慢性的に存在しており、僻地や離島への赴任により疑似災害医療研 修が可能となるであろうからです。
3.
我々が診療した避難所は「自治体が把握している」避難所ということになりますが、自治体の中枢が破壊されてしまった場所も存在し、また機能していても把握しきれていない避難所もあるであろうことから自治体の枠組み以外の力も必要になる事は容易に想像できました。

報告以上です。

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