医療ガバナンス学会 (2025年4月14日 09:00)
慶應義塾大学医学部医学科1年
加藤小百合
2025年4月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
●日本人女性の10%がPCOSを発症
PCOSとは、ホルモンバランスの乱れにより、月経不順(無月経、希発月経、無排卵周期症)、肥満、多毛、ニキビなどの症状を引き起こす症候群です。性成熟期の日本人女性の約10%が発症するとされており、決して珍しいものではありません。未だに根本的な原因は完全には解明されていないものの、遺伝的要因と環境要因の両方が関与していると考えられています。現在、PCOSには確立された治療法はありませんが、低用量経口避妊薬(ピル)、ホルモン補充療法、肥満治療薬などによって、症状をコントロールすることが可能です。そして、症状の原因が明らかになることで、気持ちも少し楽になるかもしれません。
●日本と海外でのPCOSに関する知識の違い
私は去年までシンガポールの欧米系の高校に通っていました。そこでは友人の間で、PCOSが「症状が特徴的な疾患」として知られていて、よく話題にも上がっていました。主にTikTokやInstagramといったSNSを通じて、PCOSの典型的な症状(肥満、多毛、ニキビ)について情報を得ていました。#pcos や #pcosweightlossなどで検索すると、PCOSと診断された一般の女性が自身の体験を語る動画が多く発信され、注目を集めていることがわかります。実際、「もしかして私も?」と思い、婦人科を受診し、PCOSと診断された親しい友人もいました。
10代後半の私たちにとって、PCOSは非常に身近で、関心の高いトピックでした。2022年には、PCOSをテーマにした演劇プロジェクト「Lotus Root Support Group」がシンガポールで上演され、4日間の公演が完売するなど、社会的な認知も広がりつつあります。
一方、日本に帰国して驚いたのは、同年代のPCOSに関しての認知度の低さでした。そもそもPCOSに関する報道が少ない上、ニュース記事を読んでも、「PCOS=不妊症の原因」として語られることが多いのです。妊娠を考えていない若い女性にとっては関心を持ちにくいトピックになっています。
●ボディイメージとメンタルヘルスへの影響
PCOS患者に見られる主な特徴の一つに、血中の男性ホルモン(アンドロゲン)の過剰があります。これを原因に、排卵異常を引き起こし、将来不妊症になるリスクが高まります(※1)。
しかし、PCOSの影響は不妊症にとどまりません。見た目や自己肯定感、生活の質(QOL)にも影響を与えます。例えば、PCOSと相互に関連しているインスリン抵抗性により、肥満になりやすいことが知られています。さらに、アンドロゲン過剰症により、以下のような「男性化の兆候」が現れることがあります:
・体毛が濃くなる(特に顔、胸、腹部、上腕、背中、腰部、太腿など)
・ニキビができやすくなる
・男性型脱毛が見られる
・声が低くなる
これらの症状は、外見に敏感な若年層にとって大きな悩みとなり得ます。2025年2月に『Archives of Gynecology and Obstetrics』に掲載されDepartment of Obstetrics and Gynecology, University Medical Center of Johannes Gutenberg University Mainz(ドイツ)とKing’s Fertility, Fetal Medicine Research Institute(イギリス)の研究では、スイス、オーストリア、ドイツのPCOS患者587人を対象とした調査の結果、PCOSに伴う症状(肥満、ニキビ、多毛)がボディイメージの低下を招き、不安障害やうつ病のリスク増加に関連していることが示されました(※2)。
このように、PCOSは身体的な問題だけでなく、精神的な健康にも深刻な影響を及ぼすことが明らかです。
●PCOSの症状には民族差がある
そして、ここで、もう一つ注目すべき点があります。それは、PCOSの症状には民族差があるということです。欧米の統計によると、79.1%のPCOS患者が肥満(BMI≥30kg/m2)であり、74.7%の患者が多毛症を発症する(※3)と言われています。また、ニキビについても、PCOS患者の30〜40%に見られるとされています(※4)。
一方、日本ではどうでしょう。多くのPCOS患者を診ている東京のグレース杉山クリニックの月花瑤子先生によると、「日本人のPCOS患者には肥満や多毛、ニキビといった症状が比較的少ない傾向がある」とのことです。これは東アジア人の遺伝的な特徴や日本人の食生活によるものと考えられています(※5)。ほとんどの日本のPCOS患者は月経不順を主訴として受診するそうです。つまり、日本のPCOS患者は、欧米の典型的な症状(肥満・多毛・ニキビ)をあまり示さない傾向にあるため、若い世代のボディーイメージの問題として取り上げられにくいのかもしれません。
●日本人のPCOS患者に見られる特徴
だからと言って、日本人のPCOS患者に肥満や多毛といった症状が全く現れないわけではありません。日本産科婦人科学会生殖・内分泌委員会の調査(2020〜2022年)によると、PCOS患者の平均BMIは 23.1 ± 5.1 kg/m2、対象群の平均BMIは 21.8 ± 3.7 kg/m2 であり、統計的に有意な差が認められました(※4)。いずれもBMIの正常範囲内(18.5以上25.0kg/m2未満)ではあるものの、PCOS患者の方が体重が増えやすい傾向にあることがわかります。
また、同じ研究において、肥満(BMI25kg/m2以上)の割合に関しても、PCOS患者(平均年齢30.1歳)では26.1%に達しており、30代の日本人女性の平均(15.9%)と比較すると、肥満のリスクが約1.6倍高いのです(※4)。日本では、「細いボディーが美しい」とメディアに植え付けられているため、痩せなければいけないという意識がシンガポールに比べて特に高い印象を受けます。よって、わずかな体重増加でさえも、精神的な負担になりやすいのが現実です。
さらに、多毛症の発症率については、正常女性で8.9%(369名中33名)であるのに対して、PCOS患者では13.5%であり、こちらも約1.5倍高いという結果が得られています(※3)。尋常性痤瘡(ニキビ)に関しては、診断基準が明確ではなく、現時点では比較が難しいとされています。
このデータから見られるように、日本人のPCOS患者も、欧米に比べて症状が軽い傾向はあるものの、肥満や多毛のリスクは確かに高いということがわかります。
●友人がPCOSと診断されてから
PCOSと診断された私の友人は、自分の肥満やニキビ、多毛が「病気の一症状」であると知ったことで、自分の生活習慣が原因ではないかという罪悪感から解放されたと話していました。そして、以前諦めていた運動にも前向きに取り組むようになりました。月経不順も低用量ピルの服用で改善し、将来的には子宮体がんなどの更なるリスクも軽減できます。低用量ピルは、彼女が気になっていたニキビにも効果が期待できます。
このように、自分の症状の原因を知ること、そしてそれに合ったケアを受けることが、精神面ではとても大事であることを実感しました。
●PCOSは若い女性のボディイメージの問題
PCOSの診断にはホルモン検査や超音波検査が必要ですが、性行為の経験がない女性にとっては、内診に抵抗を感じることもあります。それでもまずはPCOSについて正しく知り、気になる症状があれば専門の医師に相談することが大切です。
近年では、低用量ピルやホルモン補充療法に加えて、GLP-1受容体作動薬も新しい治療法として研究が進められています。GLP-1受容体作動薬はインスリンの分泌を増やし、血糖値を下げ、インスリン抵抗性を改善し、体重減少を促す効果があります。University Medical Centre Ljubljana(スロベニア)による研究では、肥満型PCOS患者41人を対象にGLP-1受容体作動薬の一種であるリラグルチドを投与したところ、一年で平均して3.1 ± 3.5kgの体重減少が見られました(※6)。
このように、PCOSは早期に診断されることで適切な介入が可能になり、その後の生活の質にも関わってきます。日本でも、PCOSは10代や20代の若い女性のボディイメージや自己肯定感に影響を与えるものとして捉え、PCOSについての理解を広めることが大切だと思います。
参考文献
(※1) Chan, J. L., Legro, R. S., Eisenberg, E., Pisarska, M. D., & Santoro, N. (2024). Correlation of polycystic ovarian syndrome phenotypes with pregnancy and neonatal outcomes. Obstetrics & Gynecology, 144(4), 543-549. https://doi.org/10.1097/aog.0000000000005702
(※2)Hofmann, K., Decrinis, C., Bitterlich, N., Tropschuh, K., Stute, P., & Bachmann, A. (2025). Body image and mental health in women with polycystic ovary syndrome–a cross-sectional study. Archives of Gynecology and Obstetrics. https://doi.org/10.1007/s00404-024-07913-4
(※3) 松崎利也, 岩佐 武, 岩瀬 明, ⾦﨑春彦, 久具宏司, ⽊村⽂則, ⿑藤和毅, ⾺場 剛, 原 鐵晃, 野⼝拓樹, & 湊 沙希. (2024). 多囊胞性卵巣症候群に関する全国症例調査の結果と本邦における新しい診断基準(2024)について. 公益社団法人 日本産科婦人科学会. https://www.jsog.or.jp/news/pdf/PCOS2_20231204.pdf
(※4) Carmina, E., Dreno, B., Lucky, W. A., Agak, W. G., Dokras, A., Kim, J. J., Lobo, R. A., Ramezani Tehrani, F., & Dumesic, D. (2022). Female Adult Acne and Androgen Excess: A Report From the Multidisciplinary Androgen Excess and PCOS Committee. Journal of the Endocrine Society, 6(3), bvac003. https://doi.org/10.1210/jendso/bvac003
(※5) Huang, Z., & Yong, E. L. (2016). Ethnic differences: Is there an Asian phenotype for polycystic ovarian syndrome?. Best practice & research. Clinical obstetrics & gynaecology, 37, 46–55. https://doi.org/10.1016/j.bpobgyn.2016.04.001
(※6) Jensterle, M., Salamun, V., Kocjan, T., Vrtacnik Bokal, E., & Janez, A. (2015). Short term monotherapy with GLP-1 receptor agonist liraglutide or PDE 4 inhibitor roflumilast is superior to metformin in weight loss in obese PCOS women: a pilot randomized study. Journal of ovarian research, 8, 32. https://doi.org/10.1186/s13048-015-0161-3