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Vol.102 イレッサ薬害訴訟における国の責任―初期の情報と対応について(第2報)

医療ガバナンス学会 (2011年4月4日 14:00)


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国民医療研究所副所長
新潟医療福祉大学大学院特任教授
健和会臨床・社会薬学研究所所長
片平洌彦

2011年4月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.はじめに

本稿の「第1報」では、2011年1月7日に東京・大阪両地裁から、被告国・アストラゼネカ社(以下AZ社)の責任を指摘する所見(以下「所見」)が出 され、それを前提にした和解勧告が出されたのに対し、和解を拒否した国の見解である「イレッサ訴訟和解勧告に関する考え方について」(2011年1月28 日配布。以下「国の見解」)

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000011b50-img/2r98520000011b6h.pdf)

のうち、最初の「副作用に関する薬の添付文書への記載が十分ではなかったのではないか」という問題設定について事実に即して解明した結果、「十分でなかっ たのは明らか」であり、添付文書の問題一つをとっても、イレッサについての国の指導・対応は「安全性確保の手段を尽くした」とは到底言えないことは明々白 々であると指摘した。
本「第2報」では、「国の見解」のうち、第1報での記載以外の「承認時に治験外の症例をどこまで考慮したか」等の論点、特に「承認時に治験外の症例をどこまで考慮したか」についてとりあげ、この問題に関するデータ紹介と考察を行うこととする。

2.「承認時に治験外の症例をどこまで考慮したか」

「所見」では、国内での臨床試験のみならず、海外でも行われた治験外症例も含めて審査すれば、イレッサの致死性を読みとることは可能であったと指摘して いる。この所見に対して、厚生労働省は「所見の趣旨を推し進めれば、こうした治験外使用の症例から得られるデータをより厳格な審査の対象とすべきというこ とになり、治験外使用がより限定的となることが想定され」、その結果「難治状態にあるがん患者等の、いわば最後のよりどころが限られることになる」と記し ている。
しかし、「所見」は、厚生労働省が言うような「治験外使用症例データも厳格な審査の対象にすべき」などと指摘しているのではなく、イレッサで報告されていた治験外症例のデータも考慮すれば、と指摘しているに過ぎない。この「反論」は、まさに「筋違い」な反論である。

イレッサの審査報告書では、「治験外症例」のことは記載されていない。イレッサの「治験外症例」の数は、読売新聞2003年1月9日付記事によって初め て「2002年9月までの段階で、日本国内の286人を含め、世界で2万2千人以上」と報じられた。アストラゼネカは、Expanded Access Program(EAP、拡大治験ないし治験外提供プログラム)で、多数の患者に対し、未承認薬であるイレッサを臨床試験外で提供していたのである。

EAPで生じた副作用については、前記審査報告書について審査する厚生労働省の「医薬品第2部会」(2002年5月24日開催)でも、また、国の承認の 是非を最終的に確認する「薬事・食品衛生分科会 薬事分科会」(2002年6月12日開催)でも報告されていない。その内容が報告されたのは、2002年 12月25日に開催された厚生労働省「ゲフィチニブ安全性問題検討会」が最初である。この検討会の「資料No.2-1」の3頁には、AZ社が登録した EAP症例は2002年7月までに1万5,243人と記している。
また、「資料NO.4」では、「承認までに報告された副作用症例報告一覧」が記されている。この資料を見ると、「因果関係のはっきりしないもの」も含め、副作用症例と報告されたのは196人、うち死亡数は55(後に1人追加され、56)人であった。
(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/12/dl/s1225-10e1.pdf,http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/12/dl/s1225-10e2.pdf,共に2011年3月15日アクセス)
この「196人」の報告の内訳は、臨床試験106人、EAP 90人で、国別に見ると、米国が119人と断突に多く、2位のドイツ(15人)以下を大きく引き離しており、日本は2人(共にEAP)である。そして、 196人のうち、副作用名として広義の肺障害(呼吸不全、呼吸困難、肺浸潤、肺出血、急性呼吸窮迫症候群、肺炎、間質性肺炎等)が記載されているのは23 人、うち「副作用による死亡」は15人であった。これらの死亡例についてのイレッサとの因果関係の判定は、報告医は「情報不足」の2例を除き13人につき 「関連あり」としているのに対し、日本の審査センターは、「添付文書に反映」としたのは1人だけで、「評価不能」が2人、「ありそうにない」が1人、そし て、実に、残る11人について「症例の集積を待って検討」としている。

これらの肺障害関連の副作用死亡例の企業から厚生労働省への報告期間は2000年12月6日から2002年6月11日の間だが、とりわけ注目されるの は、前記の「後に追加」された1人の死亡者である。この症例報告(182番、2002年5月27日報告)は日本からのEAP報告で、「症例の集積を待って 検討」と扱われていた。
「治験薬副作用・感染症症例報告書」によると、この人は、73歳の男性で、2001年4月11日に非小細胞肺癌(腺がん)と診断されて進行性非小細胞肺 癌のEAPに登録され、2002年3月29日からイレッサを投与されたが、4月6日「下痢」、4月26日「嘔吐」、4月27日からは発熱が続いたため、5 月1日にイレッサの投与を中止。しかし、5月13日頃「労作時の呼吸困難」が出現、ステロイドパルス療法が行われたが、改善せず、5月24日に「肺臓炎に よる呼吸不全のため死亡」した。「剖検を行った」と記されているが、「剖検結果は入手していない」。そして、担当医等の意見は「本症例は、治験薬との関連 性があると考える。」と記されており、「副作用・感染症名」は、「肺臓炎NOS」とされていたのである。

また、「副作用による死亡」以外であるが、「急性呼吸不全、間質性肺炎」と報告された1人(157番、2002年4月3日報告)も日本からのEAP報告 であった。この人は、55歳の女性で、2001年1月10日、非小細胞肺癌と診断され、2002年2月16日からイレッサを投与されたが、2月28日「急 性呼吸不全及び胸部CTにて両側びまん性間質性陰影が認められ」、その後ステロイド治療の結果、「症状は軽快」と記されている。担当医等の意見は、 「ZD1839の投与後、腺癌の陰影は顕著に軽快したが、他の間質性浸潤影が認められた」とあり、報告企業等の意見では、「本症例は、本薬投与後に確認さ れた事象であり、本剤投与中止後、ステロイド療法により軽快しているため、本薬との因果関係は否定できないと考える」と記されていた。

以上をまとめると、国内臨床試験以前に、肺障害関連の「副作用による死亡者」が国内外から15人報告されていて、うち1人は日本からのEAP報告であ り、また、死亡とは報告されていなかったものの、副作用名が「間質性肺炎」と明確に記されていたEAP報告も届いていたのである。
以上のことから、カルテの取り寄せ等の「厳格な審査」をしなくても、「所見」のいうように、まさに「国内での臨床試験のみならず、海外でも行われた治験外症例も含めて審査すれば、イレッサの致死性を読みとることは可能であった」のである。

3.「医師から事前の説明を受けず死亡した人の無念さ」について

以上の論点のほか、「国の見解」は、「現実に、医師から致死性の副作用を引き起こす可能性があるなどの事前の説明を受けず、イレッサを投与され、副作用 により亡くなられた患者やご遺族の無念さを、どう受け止めるべきか。ここにも十分配慮しなければなりません。」と記している。これは、被告らの責任を棚上 げし、医師への責任転嫁を意図した記載というべきである。「国の見解」では、「がん患者、特に末期のがん患者にとって間質性肺炎が場合によっては致死性の ものであることは、医師にとって周知の事実」と記しているが、そうしたデータの根拠は示されていない。仮にそうした「周知の事実」があるにしても、以上に 記したように、「致死性の副作用」があることを認識しながら、その重要な情報を添付文書にも、またその他の文書にも記さなかった(記させなかった)被告企 業と国の重大な責任は否定できないというべきである。

4.「薬害の問題というよりも副作用の問題」?

以上に見てきたように、イレッサの場合も、被告企業と国が、「致死性の間質性肺炎の副作用がある」ことを臨床試験やEAPの段階で知っていたにもかかわ らず、そうした情報を軽視する形で輸入を承認し「世界に先駆けて」販売されたのが事実である。こうした事実が示しているのは、単なる「副作用問題」ではな く、まさに「医薬品の危険性を軽視・無視する形でその医薬品が承認・販売され使用されることによって起こされる重大な健康被害」である「薬害」の問題であ るというほかはない。

5.おわりに

以上、主題について、論点を区分して解明した。イレッサ薬害の論点としては、有効性(延命効果[全生存期間の延長]は7回に及ぶ臨床試験でも証明されていない)の問題も大きな問題であるが、この問題については、別の機会に記すことにしたい。
また、一般新聞が報道していない最近のニュースとして、アストラゼネカ社は、市販後第III相臨床試験でイレッサの延命効果を示すことができなかったた め、2011年2月1日のプレスリリースでは、イレッサの米国での承認申請自体を2011年9月30日をもって取り下げる予定であることを発表したという 事実がある。(以下のHPはいずれも2011年3月31日アクセス)
薬害オンブズパースン会議「注目情報」2011年3月30日http://www.yakugai.gr.jp/attention/attention.php?id=322
アストラゼネカ社英国本社プレスリリース(英文)

http://www.astrazeneca-us.com/about-astrazeneca-us/newsroom/all/12045633?itemId=12045633

アストラゼネカ社英国本社業績プレスリリース(和文)

http://www.astrazeneca.co.jp/company/world/performance/2010/f2010d.html

本稿執筆中の2011年3月23日には、東京地裁が、「企業のみならず、国においても法的責任がある」という判決を下した。ところが、アストラゼネカ社 は、3月30日に東京高裁に控訴した。その理由の一つに、同社は「承認当時には、承認用量における治験で間質性肺炎の発症例は一例もなかった」と記してい る。しかし、本稿前記の157番の55歳日本人女性は、EAP症例であるが、用量は「承認用量」である250mgであり、その副作用名は「急性呼吸不全、 間質性肺炎」であった。この症例についての企業から厚生労働省への報告は、承認時点(2002年7月5日)の約3ヶ月前、2002年4月3日付けで行われ ていたのであり、EAP症例を無視する同社の「理由」は不当である。
本日時点で、国は控訴していない。アストラゼネカ社は控訴を取り下げ、被告側は、この判決に従い、法的責任を認めるべきである。そして、被害者の早期救済と薬害根絶のため、一日も早く、原告との和解協議の席に着く責務がある。

(2011年4月3日・記す)

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