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Vol.25092 医療費を削減して溜飲を下げるのは止めよう ~医療が継続できる価格設定を ~

医療ガバナンス学会 (2025年5月21日 08:00)


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つくば市 坂根Mクリニック
坂根みち子

2025年5月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

医療機関の経営状態が極めて悪化している。医療費は公定価格で決められ、物価高騰分は転嫁できず、しかも医薬品や医療機器購入時の消費税は患者から取ることができない。国の方針は「社会保障費はこれ以上上げられません。経営努力とセルフ・メディケーションでなんとかしてください。でも職員の給与はあげてください」なので悪化するのは当たり前である。病院の7割は赤字で、2024年の国立大学病院の赤字は213億円に上る。開業医も追い詰められている。

ある開業医曰く「開業医は儲かっているとか、診療報酬は医療機関が決めているとか、国民は何も知らない。予算配分はお役所に握られ何もできない。鬱状態だ」 医師の全体の給与は30年上がっていない。それどころか、開業医は自分の報酬を減らしてスタッフの昇給を確保しているところが多数出ている。メンタルヘルスを悪化させ閉院を考えている開業医がたくさんいる。病院の管理職医師も多忙な業務に加えて経営の問題を抱え疲弊している。院長職が罰ゲーム化しつつある。
最低限必要な利益が確保できなければ、まともな医療は提供できない。ビジョンなき医療政策の帰結である。そのデメリットを財務省はよく考えた方がいい。

診療所で経営努力というのは、1)患者を増やすか頻回受診させる 2)患者一人当たりの単価を上げる 3)自費診療をするという選択肢しかない。医療費は、国の予算総額が決まり、その中で配分される公定価格であるので、付加価値はつけられない。

1)患者を増やすとは、診療所が激増している東京ではパイの奪い合いを意味するが、すでに茨城の多くの地域など人口減少地域では増やしようがない。つくばは茨城県では数少ない人口増加地域であり、当院の場合はこれ以上患者さんを増やせば一人当たりの診療時間が短くなり医療の質を落とすことになる。頻回受診については2024年度からの改訂で月に1回までしか生活習慣病の管理加算が算定できないなど受診抑制になるように変更されているが財務省はさらに抑制しようとしている。

2)一人当たりの単価を上げるということは、検査を増やすということを意味する。何しろ外来再診療はたったの750円である。日本の「外来診察料」はOECD平均の4割程度と非常に安い。いつでも何処でも受診出来る代わりに安く設定されている。最初から薄利多売型なのである。このような体制では当然検査は多くなりがちになるが、そもそもの価格が原価計算されて設定されているわけではない。
例えば当院でワーファリンの効果を見る検査(PT-INR)を院内で検査した場合、保険点数は18点(180円)だが、検査キット代は480円もする。はなから赤字ベースで判断料などの技術料の一部を差し出しているなんとか成り立っている状態なのである。このような価格設定になっているものがたくさんある。黒字にするために無駄な検査を誘発している側面がある。

3)自費診療を増やす:本業での利益が確保できない構造になりつつあるため、健診や自費での美容、ダイエット薬、点滴等自費診療は増える一方だが、癌の自由診療など問題のあるものも多い。自費診療で稼ぐように誘導するのは医療保険本来業務への悪影響が大きく明らかに悪手である。また、現在各医療機関とも人間ドックなどの健診部門を充実させているが、それが必ずしも国民の健康増進につながっていない。健診によって誘導される医療需要を調べてみるといい。たくさんの「無駄」が見つかるはずだ。

さらに医師不足の折、若手医師のライフイベントを考慮しない制度設計による囲い込みが甚だしく、若手の立ち去り方サボタージュとも言える「直美(専門医研修等受けずに直接美容業界へ行くこと)」も散見されるが(この問題はここでは触れないが縛れば縛るほど逃げていくのは間違いない)、美容のような自費診療部門は今後は保険診療を行なっている基幹病院も手を広げていくと思われる。すでに慶應義塾大学病院は美容形成外科外来を開設している。自費部門を拡大していけば人手不足の本業はますます疎かになるだろう。

過日ドクターズマガジンに、倉本周高知医療再生機構理事長の「医療の世界の危機を正しく伝え議論せよ」という論考が掲載されていた。そこには、

①国にビジョンがない
②正しい情報を国民に伝えようとしない

この二重の遺漏で国民は本当の問題点に気付けないでいるとあった。
医療費の圧縮で国民は溜飲を下げるが、それが国民生活にどう繋がるのか全く伝わっていない。財務省は右肩上がりの社会保障費の伸びばかり主張するが、本来なら事業が継続できる利益率を確保できる価格設定にするのが筋である。医療関係職種の昇給は産業全体の平均まで上げる事もできないにもかかわらず、病院の事業利益率も経常利益率も実態調査による損益率も全てマイナスとなっている。
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001479599.pdf (医療法人の経常利益率最頻値はなんと0.0%~1.0%である!)

地域医療の礎を築いた佐久総合病院の若月俊一先生は経営に厳しく、「赤字になると自分たちのやりたい医療ができなくなる。赤字は絶対にダメだ」と言い続けたという。ところが今は何処の医療機関もまともに医療をやっているだけでは赤字になってしまう。これでは、適正な医療を提供できない。
診療報酬を下げれば下げるほど、私たちは倒産しないためにやりたくない医療を選択せざるを得なくなっていく。本末転倒もいいところである。

もちろん医療の無駄も省かなくてはならない。今の医療制度は非効率な部分がたくさんある。
まず個人情報保護の名のもと、IT化が現場任せになっており、紙運用〜郵便での患者情報のやり取りが、現場から時間とお金を奪っている。プリントアウトして封書で郵送して最低110円かつ数日かかる(しつこく言うが再診療が750円だというのに、である)。情報が届く前に患者さんが来院してしまうことも多々ある。

また、各自治体が税金を使って行う健診と企業が補助して行う健診はすでに通院している人にとっては重なる部分も多く非効率である。CTやMRIを自院に持つハイスペック開業は必ず過剰医療を生む。この国では頭が痛ければ即座にMRI撮影してくれるところがたくさんあるが、さらに他のところも「ついでに検査」してしまうような不

適切例も見聞きしている。CTやMRIは共同利用を原則とすべきである。今の診療報酬で、小規模診療所が画像診断機器を抱えても特殊な状況でない限りペイしない。これから開業を考えている医師は、ハイスペック開業はやめていただきたい。

高額医療の適応についても、その適応範囲については注意深い議論が必要だ。抗がん剤の適応範囲は絶えず検証される必要がある。最先端の医療の現場では医療の限界に挑戦し新たな道を切り開くことが求められているが、反面、医療経済は考慮されないことが多い。ペースメーカー等の高額デバイスや透析の適応に年齢制限等の議論は不要なのか、救急搬送された高齢者への終末期医療や搬送先についても議論は避けて通れない。
(地元の高次機能病院のベッドは現役世代のために空けておいて頂きたいというのが本音である。ただしこれも病院が赤字だとベッドを埋めることが優先される)

患者も自分の病気についてもっと主体的に考える必要がある。当院の外来では、300名以上のペースメーカー患者を診ているが、ペースメーカー留置にかかる医療費を知っている患者はほとんどいない。また電池切れによるペースメーカー交換時に、交換するか否かの意見を聞かれた患者もほとんどいない。医療費は1回200万円〜600万円かかるが、90歳を超えても通常は黙って交換となる。筆者は最低限の取り組みとして、「交換するなら半年で死んではいけない。体を鍛えて10年元気に楽しく生きるつもりで受けてほしい」と伝えている。(何しろ、交換した後で「もう楽しいことは何もない。早くお迎えに来てほしい」と言われることさえあるのだ)

国民も我慢できるところは我慢し、その代わりに本当に必要な時は時間をかけてじっくり診てもらえる体制へのシフトが必要だと理解してほしい。
いずれにせよ、医療の無駄は省いて効率よく医療資源は使っていく必要はあるが、「医療費を減らす前提」の今の議論は明らかに間違っている。必要な医療を提供するために必要な医療費は支払われなければいけない。特に診察の技術料や手術のスキルが評価されていない現在のシステムは限界である。

必要な医療費を増やすことは本当に国民の理解が得られないのだろうか?正しい情報を伝えた上で国民は選択しているのだろうか。現に高額療養費上限引き上げ問題で国民はノーを突きつけた。当院に通院している患者さんの中には、高額療養費制度がなければ生きていなかったという人がいる一方、「僕はもっと払っていいと思っているよ」と言っている人もいる。イギリスでも国が沈むくらいなら自分が払うと一部の富裕層が「Tax the rich(富裕層に税金を)」という声が上がっているという。

財務省も政治家も正しいデータを国民に示した上でどの道を選ぶのか選択肢を提示すべきだろう。
国の方針として医療機関を集約化させ、ある程度の医療機関を潰すつもりなら、今のような自然淘汰型ではなく、今後の医療を見据えたビジョンを明らかにして国民に呼びかけ、計画的に集約化させないと必要な医療機関も潰れていく。現状はあまりに無責任である。

 

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