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Vol.25100 アメリカで「麻しん」大流行の異常事態 女性医師が「ワクチン忌避」を実感した友人との会話

医療ガバナンス学会 (2025年6月2日 08:00)


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この原稿はAERA DIGITA(2025年4月4日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/articles/-/253518

内科医
山本佳奈

2025年6月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

空気感染で広がり、感染力が極めて高いことで知られている麻しんウイルス。どれほどの感染力なのかというと、米国疾病予防管理センター(CDC:Center for Disease Control)によると、麻しんの予防策を講じていない人の約10人中9人[※1] が、麻疹ウイルスに暴露された後に感染するほどだといいます。

そんな感染力の強い麻しんが、アメリカで流行の一途を辿っています。世界保健機関(WHO)は3月27日の最新情報で、昨今のアメリカにおける麻しんの感染拡大をうけ、「公衆衛生に重大な影響を及ぼす可能性のある異常な出来事だ」と述べています。

アメリカでは、今年3月27日時点で483件[※2] の複数の州における麻しん感染が報告されました。この報告数は、すでに昨年の感染報告数(285件[※3] )を大幅に上回っている状況です。WHO[※4] は、アメリカにおける昨今の流行の原因は不明とし、麻しんのワクチンの効果が低下したり、重症度が増すような麻しんウイルスの変化が起こったという証拠はないといいます。こうした現状を受け、アメリカ国内では、この感染力の高い麻しんの流行について、国際的に感染が拡大する[※5] 可能性も含めて連日報道されているのです。

●日本の「麻しん」は?
日本はというと、アメリカほどではないものの、渡航歴のない方の麻しん感染の報告[※6] が相次いでいますね。国立感染症研究所の報告によると、今年の感染者数(2025年3月19日時点)は32人[※7] と、じわじわと増えてきていることがわかります。

実は、アメリカでは2000年に、日本では2015年に、WHOから麻しん「排除状態」と認定され、麻しんは根絶されたことが宣言されています。これは両国ともに、麻しんワクチン接種の導入と普及のおかげなのです。

アメリカでは1963 年に麻しんワクチン接種プログラムが開始されました。現在、世界的に広く流通しているMMRワクチン(麻しん・風しん・ムンプス混合ワクチン)の、1回の接種による麻しんの予防効果は93%であり、2 回の接種による予防効果は、97% です。予防効果の高いワクチン接種の普及のおかげで、接種プログラム開始前と比べて麻しんの症例は 99% 以上減少したといいます。

ワクチン接種率を高めることが、感染力の高い麻しんの感染拡大を最小限に抑える鍵となるため、アメリカではMMRワクチン接種率の目標が95%に設定されています。しかし、幼稚園児のMMR(麻疹・風疹・ムンプス混合)ワクチンの接種完了率が2019~2020学年度は95.2%だったのが、2023~2024学年度には92.7%[※8] に減少し、4年連続で目標値を下回っています。つまり、ワクチン接種が不十分な児童におけるクラスターが蓄積する環境が整っており、麻しん流行のアウトブレイクにつながる可能性があるというわけなのです。

児童におけるワクチン接種率の低下は、近年の誤った情報や偽情報の広まりによる「ワクチン忌避」が影響していることは否めません。さらに、新型コロナウイルス感染症のパンデミック[※9] の影響による、麻疹含有ワクチンの接種の延長や未接種などを受け、アメリカでは麻しんのワクチン接種を受けていない、またはワクチン接種が不十分な地域で流行が発生する可能性が常に潜んでいる状態となっているのです。

●日本の麻しんワクチン接種
日本でも、1978年10月から麻しんワクチンの1回の定期接種が始まりました。現在、より確実に免疫をつけるため、第 1 期として生後 12〜24 カ月未満の乳児に、第 2 期として 5 歳以上 7歳未満で小学校就学前 1 年間の小児に、それぞれ 1 回ずつ、MR(麻疹・風疹混合) ワクチンの接種が定期接種として実施されています。

日本小児科学会[※10] によると、麻しんの集団免疫を維持し、日本の「麻しん排除状態」を維持するためには、少なくとも第 1 期のワクチン接種率を全国的に 95%以上に保つ必要があるといいます。

しかしながら、これまで 95%以上の高い接種率が得られていた第 1 期の接種率が、2021 年度は93.5%に低下し、2022 年度には 95.4%と上昇したものの、2023年度は94.9%に再び低下してしまいました。さらに、95%に[※11] 達しない地域も数多く認めるようになっています。このままでは、日本でも麻しんの免疫を持たない人が増え、ワクチン接種が不十分な地域で麻疹が流行する可能性が危惧されているのです。

「間違いなく、ワクチン未接種者によって(今のアメリカにおける麻しんの流行が)引き起こされ、始まった。」

そう指摘するのは、遠隔医療会社eMedの最高科学責任者であるマイケル博士です。

今年3月27日時点で報告されているアメリカにおける483件の麻しん感染者の年齢分布は、5歳未満が33%、5歳から19歳が42%、20歳以上が23%であり、ワクチン接種状況は、未接種または不明が97%、MMR1回接種が1%、MMR2回接種が2%と、感染例のほとんどはワクチン未接種者、または接種状況が不明な人であることがわかります。さらに、最初の死亡として確認されたテキサス州の死亡者(学齢期の児童であり基礎疾患なし)も、MMRワクチン未接種であったことが明らかになっています。

●ワクチンを避ける3つの壁
「ワクチン忌避」に関わる要因は、主に3つあると言われています。「信用」「利便性」そして「ワクチン接種に対する自己満足」です。

一つ目の「信用」ですが、政府や医療に対する不信、ワクチンの有効性や安全性に対する不信は、ワクチン接種を進めるうえで障壁となる可能性が指摘されています。これまでに、「政府を信頼している」と答えた人は「信頼していない」と答えた人よりも、ワクチンを受け入れる可能性が高かったことが医学論文で報告されています。

二つ目の「利便性」として、接種場所や時間、価格、接種サービスの質、接種の予約などが挙げられます。例えば、コロナワクチンを例に挙げてみましょう。パンデミックの時は、対象者であれば全額無料で接種できていましたが、今では定期接種の対象者以外は自己負担となっており、1回あたり1万5300円程度かかってしまいます。高額な費用を請求されるとなると、自然と足は遠のき、利便性は下がってしまうと言わざるを得ません。

三つ目の「自己満足」とは、ワクチン接種とその疾患にかかるリスクとを比較検討し、「自分にとってそのワクチン接種は必要ではない」と判断して「自己満足」する結果、ワクチン未接種につながるというわけです。「これまでにインフルエンザになったことがないから、自分にはワクチン接種は必要ない」「ワクチンを接種してもどうせインフルエンザにかかるから、ワクチンは必要ない」これらは、外来の現場でよく聞かれたインフルエンザワクチン接種は必要ないと判断する「自己満足」した一例です。思った以上にそうおっしゃる方が多かったことを覚えています。

●「ワクチンの話題はまずい」と思った瞬間
ここで、ワクチン接種忌避に関する私のアメリカでの経験を共有します。昨年の10月のある日のことです。ジム仲間の4名ほどと、たわいのない話をしていたら、いつも通り「ジムから帰った後、予定はあるの?」と聞かれたので、「クリニックに行くよ」とたまたまその日の午後に予定していたコロナとインフルエンザのワクチン接種にいくと答えたのです。

すると、「なんでワクチンなんかを打つんだい」と、みなワクチン接種に行くものだと思っていた私にとっては思いがけない質問がとんできたのです。「コロナのワクチンすら打ってないよ」「ワクチン接種なんか必要ないよ」「ワクチン打ってなくても、この通り元気さ、コロナにもなってないよ」なんて、話はどんどん進みます。

「病院で勤務していたし、毎年打っていたから……」ととっさに答えると、「ああ、医療従事者は仕方ないよね」「それなら、わかるわ」と言われたのでした。「これ以上、ワクチンの話題はまずい」そう思った私は、違う話題に変えて、なんとかその場を乗り切りましたが、「ワクチン忌避」は思った以上に身近に潜んでいることを体験した出来事でした。

最後に、昨年5月にランセット誌に公開[※12] された、WHOによる予防接種拡大プログラムに関する報告をご紹介します。その報告によると、1974年以来、ワクチン接種の普及によって1億5,400万人の命が守られ、世界のあらゆる地域で小児の生存率が大幅に向上したことがわかりました。特に、麻しんのワクチン接種は乳児死亡率の減少に最も大きな効果をもたらし、ワクチン接種によって守られた命の60%をも占めていたことがわかったといいます。

「ワクチン忌避」が容易に解決できる問題でないことは十分理解していますが、ワクチン接種により多くの命が守られてきて、今も守られているという事実にも目を向けてもらえたら、麻しんの感染拡大も抑止につながるのではないかと思います。

【参照URL】

[※1] https://www.cdc.gov/globalhealth/measles/data/global-measles-outbreaks.html

[※2] https://www.cdc.gov/measles/data-research/index.html

[※3] https://www.cdc.gov/measles/data-research/index.html#cdc_data_surveillance_section_5-yearly-measles-cases

[※4] https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2025-DON561

[※5] https://www.cnn.com/2025/03/28/health/measles-outbreak-crosses-450-cases/index.html

[※6] https://www.yomiuri.co.jp/medical/20250318-OYT1T50087/

[※7] https://www.niid.go.jp/niid//images/idsc/disease/measles/2025pdf/meas25-11.pdf

[※8] https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/73/wr/mm7341a3.htm

[※9] https://www.cdc.gov/globalhealth/measles/data/global-measles-outbreaks.html

[※10] https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20231211_MR.pdf

[※11] https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/measles/2023-mr-pdf/2023_0-2.pdf

[※12] https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38705159/

 

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