医療ガバナンス学会 (2025年6月3日 08:00)
バースハーモニー美しが丘助産院
近藤優実
2025年6月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
「そろそろ子どもが欲しいね」と話し合い、避妊をやめた瞬間から妊娠できる。そう思っていませんか?
日本では、夫婦のおよそ5.5組に1組(18.2%)が不妊の検査や治療を受けているというデータがあります(2021年 国立社会保障・人口問題研究所調査)。
そもそも、排卵日だけに性交のタイミングを合わせても、すでに遅いことが多いのです。卵子の寿命は排卵後わずか24時間。そのうち、受精しやすい時間帯は6〜8時間程度しかありません。一方で、精子の寿命は2〜3日。射精後5〜6時間から数日かけて、卵管という受精の場にたどり着きます。
このため、排卵日だけでなく、排卵日の4日前や2日前にも性交を重ねることで妊娠の可能性は高まります。実際、排卵日前の1週間に1回の性交では妊娠確率は約25%ですが、2回になると30%、3回では35%まで上昇するというデータがあります。ただし、それ以上の回数になっても妊娠率に大きな差は見られません。妊娠確率を高めるには、週に3~4回程度の性交が推奨されています。
しかし、ここで現実的な課題があります。日本性教育協会(2018年)の調査では、結婚5年以内の夫婦の約3割が「月1回未満」の性交頻度であると回答しており、平均頻度は月1〜2回程度とされています。日々の残業が続くカップルにとって、推奨回数である週に3~4回程度をこなすことは決して簡単ではありません。「自然に授かる」ことが当たり前ではない時代に私たちは生きています。
実際、30歳未満では自然妊娠の確率は25〜30%とされていますが、35歳になると18%にまで急激に低下します。さらに、不規則な月経は排卵が安定していない可能性を示し、妊娠を希望する上で注意が必要です。
その背景には、ストレスやホルモンバランスの乱れ、過度な運動、急激な体重変化などが挙げられます。特にストレスは、視床下部からのホルモン分泌に影響し、排卵の遅れや無排卵を引き起こすことがあります。また、過激なダイエットや急激な体重減少は、体が“今は妊娠に適さない”と判断し、排卵機能を抑えることもあります。
自然妊娠を目指すなら、まずは規則正しい生活、バランスの取れた食事、適度な運動から始めることが大切です。それが妊娠力(妊孕性)を高める第一歩となります。
私はこれまで助産師として1000組以上の親になる人たちと関わってきました。現在は、助産院、産科クリニックの勤務に合わせて、プレコンセプションケア(妊娠前ケア)として、妊娠を希望する前の身体と心の準備をサポートするイベントや個別相談を行っています。自然妊娠をした人や希望している人の中に共通していたのが、「妊娠のためだけの性交渉にはしたくない」という想いです。「自然に、うれしい想定外の妊娠ができたらいいな」と願いつつ、「いつか妊娠したい。でも今すぐじゃなくてもいい」と、“ふんわりと”妊娠を望んでいる人が多いのです。
けれど、その“いつか”が突然現実になったとき、多くの人がこう感じます。
「妊娠したら、まず何をすればいいんだっけ?」
「何科に行くの?薬は飲んでいいの?風邪をひいたらどうする?」
「カフェインやお酒、生ものは全部NGなの?」
このように、漠然とした不安と断片的な情報だけが先に立ち、慌ててスマホで検索するという人も少なくありません。
SNSには、知識のない人が自分の体験を一部だけ切り取って発信していることも多く、必ずしも正しい情報が書かれているとは限りません。焦って検索し、その情報を鵜呑みにすると、判断を誤ることがあります。
実際に、「インスタに“お腹が張ったら休めば大丈夫”とあったし、張り止めの薬を飲んでいるから、家にいればいいんでしょ。家事は手伝ってもらわなくても平気です」と話す妊婦さんが、切迫早産で入院となったケースもありました。
もちろん、「お腹が張ったら休息をとる」というアドバイス自体は正しい場面もあります。ストレスなどで自律神経が影響し、子宮が一時的に収縮している場合には、休むことで張りが治まることがあります。
しかし、子宮の出口である子宮頸管が短くなっていたり、妊娠週数がまだ浅い段階で出産のリスクが高まっている状態は「切迫早産」と呼ばれ、子宮の収縮を抑える薬(張り止め)の内服が必要になります。今回は内服では対応しきれず、24時間の点滴を必要として、入院になりました。医療介入が必要な程度の早産のリスクがある状態にも関わらず、安全に妊娠期間が終了し、当たり前に出産すると思っていたところが問題になります。
また、妊娠はゴールではなく、その先には出産と育児という新たなライフステージが続きます。
出産はよく「命がけ」と言われますが、それは決して大げさな表現ではありません。経腟分娩で500ml以上、帝王切開で1000ml以上の出血があれば「異常出血」とされますが、実際の現場では1000ml以上の出血は日常的に見られます。5000ml、6000mlといった致死的な量の出血も、珍しくありません。たとえ「今回は少なかった」とされるお産でも、300ml程度で缶ビール1本分の出血があるのが普通です。これを止血できなければ、母体の命が危ぶまれるため、医療スタッフはチームで対応します。
このような現実を、妊娠前に知っている人は多くありません。そして、妊娠中や出産時の大変さについて語られることはあっても、妊娠前に食事・睡眠・運動などをどのように整えていたかに注目されることはあまりないのです。
育児についても同じです。子どもに何かをしてあげることだけではなく、自分の心と身体の状態を把握しているかどうかが、子育てのスタートに大きく影響します。私たちが20-40代の人に行ったアンケート調査では、「楽しいけれど大変」「自己との向き合い」の機会として位置づけられており、肯定的に捉えつつも現実的な負担感を伴っていることが明らかになりました。
プレコンセプションケアは、妊娠の準備というよりもむしろ、自分とパートナーの人生設計を描くプロセスなのです。イベントに参加された方々からは、「妊娠前に食生活を見直して体調が整い、自信が持てた」「パートナーと“なぜ子どもが欲しいのか”を話し合って、家族像が明確になった」といった声が寄せられています。
思い返すと、私が看護師時代に先輩から言われた言葉が、今の活動に繋がっているように感じます。「急変なんて本当はないの。患者さんが正常から逸脱している“変化”に気づけなかっただけ。だから、その変化に気づける看護師になりなさい。」
妊娠・出産・育児も同じです。“急に起こること”ではなく、小さなサインや変化の積み重ねの上に起きること。 だからこそ、まずは日常生活に差し障ることがない生理が規則的に来ているかサインを見逃さないことに意味があるのです。
私たち日本プレコンセプションケア協会では、「妊娠するかどうか」に焦点を当てるのではなく、「いつかのその日」が来たときに、慌てずに自分を大切にできるように。そんなサポートを続けています。妊娠・出産・育児の知識を伝え、安心して“親になるタイミング”を迎えられるように、これからもプレコンセプションケアを届けていきます。
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