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Vol.25102 内視鏡検診は死亡率減少に貢献するのか?中国から出た初の大規模研究から

医療ガバナンス学会 (2025年6月4日 08:00)


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相馬中央病院 内科
福島県県立医科大学 放射線健康管理学講座 博士研究員
医師 医学博士 齋藤宏章

2025年6月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は普段から胃がん検診や人間ドックの一環として、上部内視鏡検査(胃カメラ)を行なっています。市民検診や職場の検診等で胃カメラを受けたことがある人も多いと思います。日本では胃がん対策として、50歳以上の方は2年に1度の内視鏡検査または胃透視(バリウム検査)が推奨されています。食道癌や胃癌は、特に日本を含む東アジアを中心に依然として深刻ながんの一つであり、内視鏡検診の目的は早期発見によって、胃がん等で亡くなる人を減少させること、にあります。一方で、これまでこのような内視鏡検診が健康の役に立つのかは限られた研究結果をもとにして評価されてきました。

2025年4月に米国消化器病学会誌Gastroenterologyに中国の研究グループから上部消化管内視鏡検診の有用性を検証した大規模な研究結果が報告されました(注1)。この研究は、これまで観察研究が中心だった上部消化管(食道・胃)内視鏡検診の有効性について、初めて大規模なランダム化比較試験(RCT)という科学的に厳格な手法を用いて検証したものです。果たして「胃カメラ検診」は、人々の命を救う手段となり得るのでしょうか?この疑問に答えるべく行われた中国の大規模試験の結果を解説していきます。

●前例のない規模で行われた中国の試験

今回の研究では、中国国内の23万人以上の40-69歳の住民を対象に、村や地域単位(クラスター)で内視鏡検診に招待するという、非常に大規模なRCTが実施されました。試験は地域の食道がん、胃がんの年齢調整発生率によって「高リスク地域」と「非高リスク地域」に分けて行われました。高リスク地域はおよそ10万人あたり100人以上の上部消化管がんとされています。ちなみに日本では全国で人口10万人あたりの胃がんの罹患率が86.9例、食道が19.5例とされるので、日本の場合でもちょうど地域によってはこの2つの地域のいずれかに分かれることになるような設定です。

高リスク地域の住民に対しては、全員が内視鏡検診(食道がん、胃がんの内視鏡スクリーニング検査を受ける)の対象、非高リスク地域の住民には追加で行ったリスク評価(問診)によって高リスクと判定された人のみが内視鏡検診の対象となるように招待が行われました。対照群(通常ケア群)は、いずれの地域でも内視鏡検診を受けず、通常の医療体制のもとで経過観察されました。これらの地域では通常の医療ではあまり内視鏡検査が提供されることが少ないような場所であり、内視鏡検診招待群と対象群を比較し、検診の有無による上部消化管癌死亡率の違いが約7.5年の追跡期間で評価しました。

●明らかになった内視鏡検診の効果

試験の結果、特に高リスク地域で内視鏡検診の効果が明確に示されました。検診に招待されたグループ全体では、上部消化管癌による死亡率が22%低下(リスク比0.78, 95%信頼区間 0.66-0.91)していました。実際に検診を受けた人に限定するとその効果は43%低下とさらに顕著でした。食道癌と胃癌のいずれにおいても、死亡率減少が確認されています。一方、非高リスク地域では、死亡率低下の傾向こそ見られたものの、検診に招待された集団とそうではない集団の死亡率の差は統計的に有意とは言えない結果でした。ただし、この地域では検診対象がリスクスコアで絞られていたこと、フォローアップ期間が比較的短いことなどが影響している可能性もあり、今後のさらなる追跡が期待されています。

●早期の介入が死亡率の減少に貢献した可能性
この試験結果は、内視鏡検診が有効な手段であることを示しました。早い段階での癌の発見や治療を行ったことで進行する前に治療することができたことが高リスク地域で食道がんや胃がんの死亡率が減少に貢献したと思われます。食道がんも胃がんも他の臓器に転移するまで進行してしまうと治療は困難な場合が多くなりますが、早期や進行していても限局している場合には内視鏡治療や手術で治療が可能なことが多く、検診の恩恵を得られると思われます。

●日本の胃がん検診体制にとっての意義

今回の中国の試験結果は、日本の胃がん検診体制にも多くの示唆を与えています。高リスク地域で検診が死亡率減少効果を示したことは、検診を積極的に進める大きな動機ですが、同時に非高リスク地域では効果が限定的という点は重要な結果です。食道がんは喫煙や飲酒が発がんの主要なリスクであり、胃がんは生活習慣に加えてヘリコバクターピロリ菌の感染が最も主要なリスクになります。これらは個人的な要因ではありますが、地域性があり、かつ年代によっても変化していることが知られています。

特に、ヘリコバクターピロリ菌は日本では時代と共に感染率が減少しており、将来日本では胃がんの罹患者数は減少していくことが予想されています。日本では既に内視鏡検診が広く普及していますが、今後は全員に検診を推奨するべきかどうかといった点が、現在議論されています。そのような点で、高リスク地域では検診による死亡抑制効果があり、非高リスク地域では効果がなかったという今回の結果は一定のインパクトがあります。科学的根拠に基づいた柔軟な検診戦略が、今後の胃がん予防には欠かせないといえるでしょう。

今回の研究の解釈の注意点としては、今回の研究は1回の内視鏡検査を提供した場合の効果を見ているという点です。日本の2年に一度の内視鏡を推奨するような制度とは異なります。また、日本では内視鏡検診でヘリコバクターピロリ菌が確認された場合には除菌治療が行われ、将来の胃がん抑制効果があると知られていますが、今回の研究地域では除菌治療は過半数で行われなかったのではないかと言われています。これらを考慮すると低リスク地域でも日本式の内視鏡検診の効果が得られる可能性は考えられます。

おわりに
今回紹介した中国の大規模RCTは、内視鏡検診が上部消化管癌による死亡リスクを確実に低下させる可能性を、科学的に裏付けた重要な研究です。一方で、すべての人に一律に適用すべきかどうか、またその方法や対象をどのように絞り込むべきかという点については、今後も議論と検証が必要です。この研究結果を機に、自分自身や家族の検診について改めて考えてみるのも良いかもしれません。

1) Xia C, et al. Effect of an Endoscopy Screening on Upper Gastrointestinal Cancer Mortality: A Community-Based Multicenter Cluster Randomized Clinical Trial. Gastroenterology. 2025;168:725–740

 

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