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Vol.25103 100歳の入居者、目が輝いた瞬間

医療ガバナンス学会 (2025年6月5日 08:00)


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介護福祉士
鈴木 百合子

2025年6月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私が働く平塚市のサービス付き高齢者住宅に、寝たきりで介護が必要な100歳の女性が暮らしている。ある日、彼女に京都・天橋立の近くで育ったと聞き、私は耳元で「大江山~」とささやいてみた。すると即座に、「いく野のみちの遠ければまだふみも見ず天橋立」と、はっきりとした声が返ってきた。彼女の目が輝いて、空気がふわりと明るくなった。

それ以来、私たちは車椅子で食堂に向かうひと時、百人一首を詠み交わしている。「あまの原~」「ちはやぶる~」と続き、エレベーターを降りる頃には、他の入居者も声を合わせて楽しい唱和になる。

これは実は、誤嚥を防ぐための嚥下訓練でもある。高齢で難しい発声練習も、百人一首なら楽しみながら自然にできる。彼女の記憶と誇りを呼び起こすことで、心身の力が引き出されるのだ。

介護とは単なる作業ではなく、心を通わせる何気ない時間こそが大事で人生を豊かにするものだと、私は彼女から教わっている。
100歳を迎えた彼女は今、「いにしえの奈良の都の八重桜」の歌のように、静かに、そして誇らしく咲き続けている。

<以上、朝日新聞「声」6月1日掲載分より転載>

この八重桜も強い風が吹けば一瞬で散る。人の命の儚い美しさ。
この文章で私が一番伝えたいのは「介護は単なる作業ではなく、他者の人生に寄り添いその尊厳を守る営み」ということです。

しかし現在の介護保険制度は、「老い」や「死」を単純に「できなくなること」と捉え、専門職に任せる風潮を生んでいます。
私は認知症を抱えた祖母を父が自宅で看取る姿を支え、さらに父と義父母を看取った経験から、介護の本質を深く実感しました。しかし、介護現場は人手不足と多忙によって、介護士を専門職として育てる余裕がなく、2023年度には介護士が前年度より2万8000人も減少しました。

政府は介護士を「安価な労働力」として外国人労働者に頼ろうとしていますが、円安や低賃金、言語の壁など課題は山積しています。今後、団塊世代の介護が本格化し、訪問介護事業所の倒産も進んでいる中で、専門家の「介護士なら誰でも看取りができる」といった無責任な発言には強い憤りを覚えます。

今の高齢者の姿は、私たちの未来です。
そして、この瞬間にも介護士は減り続けています。

介護を社会で支える仕組みを国に任せきりにするのではなく、一人ひとりが自分の問題として向き合い、何ができるかを共に考えるには、どうすればいいのでしょうか。

 

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