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Vol.25104 隔離・薬漬けの精神科病院から地域での回復へ転換を

医療ガバナンス学会 (2025年6月6日 08:00)


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「和田明美と未来を創る会」代表
和田明美

2025年6月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

関東地方の県立精神科病院に入院する男性(45)の母(75)は「病院に連れていけば、息子は良くなると思っていたのに、ひどくなる一方で、どうしたらいいのか分からない」と訴える。男性は高校1年から家にひきこもるようになったため、精神科クリニックに連れていった。医師は「病名はまだつけられないが、およがせといって、いろいろな薬を試す治療をします」といい、1日50錠を4年間処方した。しかし悪くなる一方で以後、複数の精神科病院に入退院を繰り返すようになった。統合失調症やアスペルガー症候群、強迫性障害など医師によって診断名は変わった。

37歳で父(現・73)を殴り、国立精神医療機関に入院。家族は面会謝絶だったため退院後に分かったのだが、14か月の間、隔離室に入れられ夜は鍵をかけられていたため、トイレに行けず箱で用を足していたという。退院して実家に戻り男性が風呂に入った際、大便が入った洗面器を母に渡して「お母さん。これ流してきて」と言ったので母は茫然となり、男性に事情を聴いたのだった。

このころ入院した複数の医療機関の精神科医は「息子さんは統合失調症ではない。薬の効かない不思議な病気」「精神病ではないから出ていってください」などと告げたという。

男性は41歳で、家の近くの路上で中年女性の胸を触り警察に拘束され、県立精神科病院に医療観察法による入院となる。警察調べや地裁での審判では、男性は胸を触って逃げる際に女性を突き飛ばして、けがをさせたことになっており、強制わいせつ致傷で申し立てされた。一方、男性は胸を触ったことは認めているが、突き倒してけがをさせたことは一貫して否定している。

入院してからも、主治医と男性側は治療方針について平行線だ。男性は入院時、身長175センチ体重50キロ代でジャニーズ系の美男子だった。ところが1日2種類の抗精神病薬22錠、抗てんかん薬4錠、2種類の睡眠薬3錠の処方で、男性は体中がむずむずして体の中に虫がはっているような感覚を覚え、「回虫を体から流し出して退治する」と言って、水やジュースなどを1日数十本飲んでいる。両親が面会に行くと「つらいよ、つらいよ」と言い、じっとしていられず、つねに体を左右前後に揺らしている。
これは抗精神病薬の副作用のアカシジアとみられ、高脂血症にもなっている。主治医はこれらを認識しているという。昼は、隔離室から病院内に出ているが、睡眠薬などが多すぎて居眠りしていることが多いため、日中の活動プログラムはほとんど参加できない。3年以上の間、隔離室に入れられ太陽の光を浴びず運動せず、スリムだった男性は体重100キロとなり腹が出っぱり足に体重がかかって捻挫しやすくなっている。男性と両親は何度も薬の量を減らしてほしいと主治医に懇願しているが減らしてくれない。男性も家族も拒否している「クロザピン治療」を行えば、「退院できる」の一点張りだという。

精神科病院の入院患者は、男性のように多剤大量処方の副作用や隔離室への閉じ込めなどで苦しんでいるのはまれではない。日本弁護士連合会が2020年、精神科病院に入院経験のある1040人に行ったアンケート調査では、入院中に悲しい・つらい・悔しい体験をしたことがあると回答したのは8割。最も悲しい・つらい・悔しい体験と答えたのは、外出制限、隔離室が5割、薬の副作用、長期入院が4割、身体拘束、侮辱、面会・通信制限がそれぞれ3割だった。
インタビューでは、「看護師にベッドにくくり付けられ、尿道に管を入れられオムツを着けられた。看護師に囲まれた時は恐怖を感じ、オムツは屈辱だった」「人間不信になった」など、隔離や身体拘束による屈辱、恐怖、絶望を訴えた人が極めて多かった。「独房でトイレまで監視され、排泄物は流さず、食事も独房の下の方に開いた小窓から差し出されるというブタ以下の扱いを受けた」など非人道的な扱いを指摘するものも少なくなかった。

筑波大名誉教授で精神科医の斎藤環氏は、多くの精神科病院で不必要な大量の向精神薬を使って患者をおとなしくさせる「薬縛」という問題があるといい、その大量の薬によって死亡することもあると述べている。また、患者の体や手足をベッドにくくり付ける身体拘束によって、深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群)に罹患すると、肺に血栓が詰まって酸素を取り込めなくなるため、肺の広範な領域が一気に壊死して、そのショックで死亡することもあると指摘している。退院してもトラウマ(PTSD)症状が長年残ることがあるのも大きな問題だとしている。

杏林大学の長谷川利夫教授らの研究によると、身体拘束は人口10万人あたり日本では120人に行っており、米18人、豪6人、英1・9人と比べ極端に人数が多い。入院患者1人に対する拘束の平均時間でも、日本は730時間、独8・2時間、米4時間、ニュージーランド1・1時間と突出して長い時間が示されている。

薬は必要最小限にして疾患特性に合った治療をすべきで、長期入院ではなく、地域で暮らしながら必要な時に訪問看護に来てもらうなどの対話による治療や、一時的にでも休息できる安心できる居場所を広めるのが、回復への近道だと考えている。

http://expres.umin.jp/mric/mric_25104-1.pdf
『身体拘束を受けた人数』 杏林大学 長谷川利夫教授提供

http://expres.umin.jp/mric/mric_25104-2.pdf
『身体拘束の平均時間』 杏林大学 長谷川利夫教授提供

和田明美 元毎日新聞記者、詳細は「和田明美と未来を創る会」https://wadaakemi.com/

 

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