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Vol.25107 ダイキンPFOA作業員に間質性肺疾患 「粉がいっぱい服についた」 医師「被害者は5人、10人では済まない」

医療ガバナンス学会 (2025年6月11日 08:00)


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Tansaリポーター
中川七海

2025年6月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

ダイキン工業でPFOA製造を担っていた作業員の、健康被害が報告された。

京都大学研究者や医師からなる研究チームが突き止めた。

健康被害が報告されたのは、PFOA工場の作業員3人。呼吸機能が低下する「間質性肺疾患」の症状が見られた。3人の共通点は、血中のPFOA濃度が異常に高いこと。そして、ダイキン淀川製作所でPFOA製造に従事した経歴があることだった。

Tansaが元作業員に取材すると、PFOA製造の工程では粉が舞っていたが、防塵対策がしっかりと取られていなかったという。

研究チームは警告する。

「間質性肺疾患はアスベストのように、PFOA曝露から20年以上経ってから発症する。作業員の健康被害は、5人、10人では済まないだろう」

●ダイキン作業員から国平均298倍のPFOA検出

ダイキン作業員の健康被害は、2025年4月に労働衛生分野の科学誌『Industrial Health』で論文として報告された。

論文を執筆したのは、日本におけるPFAS研究の先駆者で、京都大学の小泉昭夫氏や原田浩二氏、有害物質による職業曝露患者を診てきた経験のある医師らからなる研究チームだ。メンバーは次のとおり。

金谷邦夫 うえに生協診療所
中村賢治 大阪社会医学研究所・のざと診療所・労働衛生科
原田浩二 京都大学大学院医学研究科環境健康科学、京都府立大学大学院生命環境科学
穐久英明 姫島診療所
大島民旗 相川診療所
緒方浩美 耳原鳳診療所
小泉昭夫 京都大学大学院医学研究科環境健康科学、公益社団法人京都保健会公衆衛生研究所

どのように被害を突き止めたのか。出発点は、メンバーが過去に実施したPFAS血液検査だ。

2023年9月〜12月、メンバーが所属する「大阪PFAS汚染と健康を考える会」が1190人規模のPFAS血液検査を実施した。大阪府在住者や通勤者を対象とした、民間では全国最大規模のPFAS曝露調査だ。Tansaでも報じた。

最も高い人で、596.6ng/mL。全国平均2ng/mLに対して298倍もの値だ。統計データに含むと平均値を引き上げ、データの正確さに影響を与えてしまうため、統計には入れられなかったほどだ。健康影響が懸念される米国の指針値20 ng/mLの約30倍に上る。

最高濃度が検出された人は、ダイキン淀川製作所(大阪府摂津市)でPFOA製造に従事していた。

●10万人に1人の間質性肺疾患が、7人中3人に

研究チームは、追跡調査を実施した。

調査対象者には、ダイキン作業員7人がいた。現職者も退職者も含まれる。

7人全員のPFOA曝露が判明した。

ダイキンに勤めていた期間、具体的な作業内容、その際の安全対策などを、7人から細かく聞きとった。健康状態や既往歴、生活習慣も詳しく尋ねた。中でも、「極めて高い濃度」だった5人に対しては、医療機関で健康調査を実施した。

金谷医師が作業員Aを問診した。血中のPFOA濃度を知った金谷医師が、「とてつもないデータだ」と感じていた人だ。

「PFOAによる健康影響で、気になることはありますか」

金谷医師の問いに、作業員 Aは「間質性肺疾患があるんです」と答えた。

間質性肺疾患とは、肺が繊維化して硬くなり、呼吸がしづらくなる疾患だ。頻繁な咳や多量の痰、声の掠れや体重の減少が起きているという。だが、かかりつけ医からもらっている薬を確認しても、間質性肺疾患に効くものはない。

念の為、金谷医師はCTスキャンを提案した。その結果、肺にいくつかの白い線が見つかった。作業員Aの言う通り、間質性肺疾患の兆候が見られた。

この時、金谷医師は「PFOA曝露の影響かは分からない」と思っていた。だが、その考えが180度変わる。

後日、ダイキン作業員Bを診断。CTスキャンで間質性肺疾患が見つかった。

作業員Cも、間質性肺疾患を患っていることが分かった。1970年代に入社し、45年以上、PFOAを扱う工程にいた作業員だ。ダイキン退職前の健康診断で肺の異常が見つかった。重度の間質性肺疾患だった。2020年には発熱を伴う急性増悪が起こり、入院。一時は生死をさまよう状態だったという。症状が改善し退院したが、現在も後遺症で息切れが強い。

PFOAに曝露した7人中3人から、間質性肺疾患ないしその兆候が見られた。間質性肺疾患の発症率は10万人に約1人と言われている。

さらに、間質性肺疾患が見つからなかった作業員Dと作業員Eにも、肺病変(肺の異常)が見つかった。

金谷医師は直感した。

「こんなに高確率で出るのはおかしい、PFOA曝露が影響しているに違いない」

金谷医師が医学生だった1960年代は、全国各地で化学物質公害が起きていた。学生として大阪・堺での疫学調査に携わったり、卒業後も最新の呼吸器学を学んだり。公害で苦しむ患者を内科医として診てきた。アスベスト被害をはじめ、公害訴訟における主治医意見書も書いてきた。

●杜撰なPFOA曝露対策

さらなる調査で、金谷医師の直感は当たる。

肺に異常があった5人は、ダイキンでPFOAの粉塵を吸い込む可能性のある現場にいた。粉塵は「ナノ粒子」と呼ばれる非常に小さな粒子で、万全な曝露対策がなければ人体に取り込まれてしまう。体内に入ると、あらゆる病症の原因にもなる。

それにもかかわらず、ダイキンのPFOA曝露対策は甘かった。

作業員Aは、1970年代から2010年代までPFOA製造に従事していた。作業環境に粉塵が多いことを認識していたため、会社支給の防塵マスクを着用。しかし製造エリアから離れた事務所での作業時はマスクを外すことがあった。衣服には粉塵が頻繁に付着していた。

作業員Dは、作業員Aと同じ作業工程に従事。

作業員Cは、作業員Aの作業場の隣で働いていたが、作業場の空気の密閉性が低く、作業員Aと同じ空気を共有していた。

作業員Bは、2000年代後半から働いた。市販のガーゼや紙製マスクを着用する程度。粉塵が非常に多い時期には、自ら会社に対して防塵マスクの支給を依頼し、着用することもあったという。

作業員Eは、作業員Bの同僚だ。PFOAの輸送に使った容器の洗浄業務にあたっていた。粉塵の多さは認識していたが、防塵対策は講じていなかった。

Tansaの取材に対し、作業員Eはこう語る。

「職場に洗濯機もありますけど、面倒くさいので家で洗濯しますよね。粉がいっぱい付いた服を家に持って帰ってきていました」

「職場にマスクや手袋もありましたけど、特に男性作業員は、暑いし煩わしいからって外していましたよ」

●回答しない理由は「自社が論文作成していない」

論文が科学誌に掲載された翌日の2025年4月23日、大阪市内で研究チームが記者会見を開いた。医師たちは、こう警鐘を鳴らした。

「間質性肺疾患は、症状が出た時には進行している」

「アスベストによる中皮腫は、曝露から20年、30年後に出てくる。間質性肺疾患も同様。退職後に出てくる可能性もある」

ダイキンは1960年代後半から2012年まで、約50年にわたってPFOAを製造・使用していた。金谷医師は、被害者数についてこう述べる。

「5人、10人では済まない。追っていく必要がある」

PFOA製造従事者の情報を把握しているのは、ダイキンだ。ダイキン自ら調査に乗り出さなければ、被害者の特定は進まない。被害者が分からなければ、ダイキンや行政による救済措置を取りようがなく、健康被害が拡大する恐れがある。

Tansaはダイキンの十河政則CEOに対し、質問状で次の項目について尋ねた。

1. 本論文の内容を鑑み、過去に淀川製作所にてPFOA製造・使用工程に従事した作業員に対して、PFOAの毒性や起因する病症の発症リスクを知らせるか。

2. 本論文では、淀川製作所での就労歴がある人々のPFOA高濃度曝露が確認されている。この結果を鑑み、過去及び現在に淀川製作所にて従事した/している作業員に対するPFOA曝露調査を実施するか。

3. 本論文の内容を鑑み、過去に淀川製作所にてPFOA製造・使用工程に従事した作業員に対して、健康調査を実施するか。

4. 本論文における間質性肺疾患発症者に対して、貴社は補償を実施するか。

5. 間質性肺疾患は、アスベストのように、曝露から20年以上経過してから発症すると言われている。今後、淀川製作所での就労歴のある人々に、間質性肺疾患発症の可能性があると考えるか。

6. 本論文は、貴社作業員の健康や命にかかわる重大な論文である。貴社は、本論文の主体かつ題材となったPFOA製造企業として、論文著者らと対話する機会を必要とするか。

ダイキンのコーポレートコミュニケーション室 広報グループから回答が届いた。

「弊社は、当該論文の作成に携わっておらず、その分析方法や精度などの詳細を把握していないため、一連のご質問へのコメントは差し控えさせていただきます。」

自社の論文ではないため、質問に答えられないという。だが、分析方法や精度は論文内に書かれている。そもそも科学誌『Industrial Health』に掲載済みということは、査読された論文なのだ。「答えられない」のではなく、「答えたくない」だけではないのか。

ダイキンがここまで回答を拒むのはなぜなのか。ダイキンにとっては、極めて不都合な内部文書をTansaは入手した。

※この記事の内容は、2025年5月20日時点のものです。
https://tansajp.org/investigativejournal/11960/

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