医療ガバナンス学会 (2025年6月23日 08:00)
そもそも百日咳とは、痙攣性咳嗽(けんれんせいがいそう)と呼ばれる激しい咳が特徴の感染症です。鼻水や軽い咳、くしゃみ、軽い発熱といった風邪やインフルエンザと似た症状から始まります。2週間が経過することになると、咳が次第に激しくなります。特に夜間や寝る前にひどくなり、激しい咳き込みにより嘔吐してしまうなんてこともあります。咳は次第に軽くなり、一般的には6週間から8週間ほどで回復しますが、場合によっては咳が長引いてしまうこともあります。
では、どのようにして感染するのでしょうか。百日咳は、百日咳に感染している人の咳やくしゃみに含まれる百日咳菌を吸い込むことによって感染します。発症前の約1週間から症状が現れてからの約2週間が、最も感染力が強い期間といわれています。このように、百日咳は非常に伝染力が強く、感染者が症状を示す前から他の人に感染を広げてしまう疾患です。
さらに、百日咳菌に対する免疫を持たない乳幼児や免疫力が低下している高齢者が感染すると、症状の重篤化や、肺炎や脳炎、痙攣といった合併症を併発するリスクがあります。そのため、百日咳の感染予防、そして感染の拡大を防ぐためには、ワクチン接種が非常に重要になるのです。
現在、日本における百日咳ワクチンは乳幼児期に定期接種として初回接種が計3回おこなわれます。そして、6歳前後に4回目の追加接種(定期接種)が行われています。追加接種により、幼児期に得られた免疫を強化するのが目的です。
中学生(11歳〜12歳)に対しては、さらにジフテリアと破傷風を予防する二種混合ワクチン(DT)が定期接種として行われているものの、百日咳は含まれていません。乳幼児期の初回接種で百日咳に対する免疫は形成され、その後の追加接種で免疫が維持されることから、11歳〜12歳の時点では、百日咳に対する免疫は依然として高いと考えられているからです。
後ほど詳しく説明しますが、百日咳の免疫は時間の経過とともに低下してしまいます。そこで、成人期において、三種混合ワクチン(Tdap:百日咳・ジフテリア・破傷風)の追加接種が任意接種(接種費用は自己負担)として推奨されているのです。
●今年の百日咳の感染状況
では、今年の百日咳の感染状況に話を戻しましょう。
国立健康危機管理研究機構[※2] によると、これまで感染の中心だった0~4歳の乳幼児は、2025年の感染者の約10%以下と感染の割合は大きく減少しています。一方、2025年の感染者の約60%は、10~19歳の若年層であり、ついで約21.0%が5~9歳を占めています。前年までと比して10~19歳が大きく増加していているのです。
百日咳における感染者の年齢層の変化には、いろいろな要因が考えられます。これまで感染の中心だった乳幼児の感染が減った要因の一つは、免疫が未発達な乳幼児への定期的なワクチン接種とその予防接種率の向上でしょう。免疫の早期獲得と集団免疫の強化により、百日咳に感染する機会が減り、0~4歳の乳幼児の感染率が大幅に減少したと考えられます。
では、25年の百日咳感染者の6割を10~19歳の若年層が占めているはなぜなのでしょうか? 一つ目は、百日咳に対する免疫の減衰です。減衰とは、私たちの体が病気に対して持っている防御力(免疫力)が、時間の経過とともに弱まってしまうことを意味します。百日咳ワクチンによって得た免疫は、ワクチン接種後の免疫記憶や抗体の減少、年齢による免疫システムの老化により、時間と共に体内の免疫が低下してしまうのです。ワクチンによっては、免疫を一度獲得すると免疫が長期間続くものもありますが、百日咳に対する免疫は減衰してしまうため、定期的な追加接種が免疫を維持するために重要となってくるのです。
二つ目は、学校や社会的な接触機会の増加が挙げられます。10〜19歳の若年層は学校やクラブ活動、部活動などで多くの人と接触する機会が増えます。このため、集団内での感染が広がりやすく、百日咳のように非常に感染力が強い病気にかかるリスクが高くなると考えられます。
三つ目は、百日咳ワクチンの追加接種が不十分であることです。百日咳の場合、追加接種は成人を対象としており、さらに任意接種のため接種費用は自己負担です。日本では、任意接種となっている百日咳ワクチンの成人における接種状況を把握するための全国的な統計は公開されていませんが、一般的に費用負担のある義務ではない任意接種は接種率の低下につながることが知られています。また、百日咳ワクチンの免疫効果は、接種から4~12年で低下するといわれています。成人や高齢者はもちろん、学童期の児童においても、初回接種からの時間の経過と共に免疫が低下しまい、百日咳に感染するリスクが高まってしまっている可能性があるというわけです。
●6歳時点から免疫が低下している可能性
01年から、四種混合ワクチン(DTP-IPV)が導入され、接種スケジュールが変更され、6歳時点での追加接種(4回目)が義務づけとなりました。そのため、6歳時点で4回目の追加接種を受けるようにはなっているものの、数年が経過すると百日咳に対する免疫が減衰し、再度感染リスクが高まります。特に小学校高学年や中学生は、6歳時点の接種から数年経過しており、免疫が低下している可能性があるといえるのです。
その上、2001年以前に接種を受けた子どもたちは、6歳時点での4回目の追加接種を受けていないことが多く、そのため免疫が不完全な場合があります。この年齢層の追加接種を行うことで、免疫のギャップを埋めることも可能になります。
実際に、私の接種歴を例に挙げてみます。母子手帳の記録によると、1989年生まれの私は92年に計3回のDTPワクチンの初回接種、93年に計1回の追加接種で百日咳に対する免疫を獲得しています。それ以降、学童期における追加接種の記録はなく、医療従事者として勤務し始めために追加接種を行なった記録があります。6歳時点での追加接種が義務づけられてはいなかったため、学童期の追加接種を受けていなかったと考えられますが、そのような免疫が不完全なままになっている世代の人は多くいると考えられます。
成人が百日咳に感染した場合、症状が軽度であることも多いのが現状です。そのため、気づかずに免疫の低い人に感染を広げてしまう可能性があります。成人期における接種は、任意で推奨はされているものの、接種費用が自己負担となると、接種から足が遠のいてしまうのも無理はありません。
●アメリカでのワクチン接種は
ちなみに、アメリカ[※3] では、百日咳ワクチンは最初の3回(2カ月、4カ月、6カ月)は乳児期にDTPワクチンを接種し、4回目(15〜18カ月)と5回目(4〜6歳)は幼児期に接種されています。百日咳に対する免疫を強化するために、多くの州において11〜12歳に対してTdapワクチンの1回接種が義務付けられており、学校への入学時のワクチン接種要件として求める州が多いようです。18歳以上の成人に対しては、必須ではないものの、Tdapワクチンの追加接種が推奨されているのです。
免疫が低下していると考えられる10~19歳の若年層が百日咳の感染の中心となることが、日本において今後続くとなれば、日本においても、小学校高学年(10〜12歳)や中学生を対象にした百日咳の追加接種を含むワクチン接種の推奨は、非常に有効な対策となるのではないでしょうか。
若年層(特に中学生)は、学校での集団生活を通じて、百日咳を広げるリスクが高い世代であるといえます。もしこの年齢層が感染源となれば、感染が広がる可能性が高くなってしまいます。
この年齢層や免疫がすでに低下してしまっている成人を中心に、追加のワクチン接種を積極的に行うこと、そしてその費用負担を軽くすることで、免疫の低い人や接種できない人の感染から守ることはもちろん、地域社会における百日咳の感染拡大を効果的に防ぐことで社会全体の健康を守る手段の一つとなるのではないでしょうか。私はそう考えています。
[※1]https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=26269&utm_source=chatgpt.com
[※2]https://id-info.jihs.go.jp/diseases/ha/pertussis/020/2504_pertussis_RA.html?utm_source=chatgpt.com
[※3]https://www.cdc.gov/pertussis/hcp/vaccine-recommendations/index.html?utm_source=chatgpt.com