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Vol.25117 Burn the Heat-not-Burn ②自民党税調、主税について、挑戦

医療ガバナンス学会 (2025年6月25日 08:00)


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小沼士郎

2025年6月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

【加熱式たばこ大国日本】
加熱式普及のために財務省が果たした役割は、不正の黙認だけではない。財務省は、たばこ事業法などによって、専売公社として国営企業であった日本たばことも密接に結びつき、また、たばこの価格の認可、税率の決定、警告表示など、たばこ行政に巨大な権限を有する。特に、たばこの税率は価格インセンティブの重要な要素として、喫煙者の選好に影響を及ぼす。

たばこの税率では、自民党税調の権限も大きい。しかし、17年9月のインタビューで、宮澤洋一税調会長は、年末に策定する平成30年度税制改正大綱に向け、紙巻に比べ低い加熱の税率の引き上げを検討すると発言して、意欲を示したが、それは実現しなかった。大綱では、燃焼たばこに比べて加熱式の税率を低くする理由の一つとして、加熱式の開発努力を行った事業者、すなわちフィリップモリスなどのたばこ会社に配慮することがあげられた。

この配慮の結果、国税庁は複雑な税率の計算式を掲げるが、店頭価格から明らかなように、加熱式が1箱500円に対し、紙巻1箱は、おおむね600円以上となって、紙巻から加熱式への切り替えを喫煙者に促す重要な要素となっている。財務省による加熱式たばこ税率の優遇は、厚労省による加熱式たばこの屋内喫煙の保護とともに、加熱式の普及に大きく貢献した。

さらに、産経新聞などのメディアは、加熱式はたばこ関連疾病の原因となる有害物質の排出を90%以上減らすから、喫煙による害というハームを減らすハームリダクションになるとの誤解を拡散し、普及に貢献する。25年3月17日も、健康リスクについて、フィリップモリス社長が、「有害物質への曝露を加熱式で90-95%減らせることを立証した。この時点でプラスの効果が期待できる」と発言する記事を掲載した。たばこの警告表示を逸脱する内容の提灯記事である。

なぜなら、有害物質を90%以上減少させでも、それが疾病リスクの減少になるという「プラスの効果」は科学的に証明されていない。10%以下に減少しても、煙に含まれるアルセリンなど60を超える有毒な物質が有毒なことに変わりはなく、加熱式の喫煙者は、煙を継続的に体内に吸い込む。重要なのは、減少した量ではなく、生身の人体に取り込まれて害を及ぼす量である。

そして、24年10月、加熱式の危険性について、横浜市大医学部の研究グループは、加熱式の煙が紙巻と同様のヒトの細胞に対する毒性をもつとの論文を発表した。

したがって、米国Food and Drug Administration(FDA)も、アイコスを喫煙の疾病リスクを低減する製品のカテゴリーには認めたが、有害物質への暴露低減としてだけ認め、この暴露低減が疾病リスク低減につながることは、FDAの専門家による諮問委員会でも否決された。だから、米国の喫煙による疾患リスクに関する警告表示は、加熱式と紙巻で変わらない。しかし、財務省理財局たばこ事業室係官によれば、日本では、18年に厚労省が加熱式の屋内分煙を許したため、19年、財務省は、加熱式の警告表示を、「危険性を高める」紙巻に比べリスクを減らす印象を与える「悪影響を否定できません」に変えざるを得なかった。

こうして普及が進んだが、喫煙者の5割近くまで加熱式を利用するまでになった最も重要な要因は、財務省が所管するたばこ事業法が、医薬関連法とともに形作る歪んだたばこ市場である。たばこは、葉を燃やす紙巻、燃焼直前の300度前後までペーストにした葉を加熱する加熱式、葉から抽出したニコチンを含む液体を熱し水蒸気とする電子、噛みたばこの4種類に大別される。そのうち、電子たばこについては、英国政府は、喫煙による疾病のリスクを減らすと認め、23年4月、禁煙促進のため無料で喫煙者に配布した。禁煙外来での使用も準備している。

しかし、日本では、たばこ事業法で、製造たばこが「葉たばこを原料の全部又は一部とし」製造されたものと定義され、毒物及び劇物取り扱い法で、ニコチンが毒物に指定されているため、葉たばこから抽出したニコチンが液体に溶かされている電子は、製造たばこの定義にあてはまらず、薬機法上の医薬品となり、たばことして販売できない。合法的に販売するには、医薬品として販売申請するしかないが、申請に成功したたばこ会社はない。

加熱式と電子は紙巻の市場を共食いする関係にあるが、喫煙による疾病リスクを減少させることが認められている電子が排除される歪んだ日本のたばこ市場では、電子が普及する英国や米国などとは対照的に加熱式が蔓延した。

【自民党税調/財務省主税局と加熱式たばこ増税】
―「みなさん、外資には気をつけましょう。」―

その財務省の主税局が、自民党税調とともに、加熱式の税率を優遇することをやめ、その蔓延に歯止めをかけようとしている。23年末の令和6年度大綱で、加熱式の税率の紙巻並みへの引き上げを決め、翌24年末の令和7年度税制改正大綱で、引き上げるタイムラインを確定した。

実際には、すでに22年末の税制改正で、政府/財務省主税局は、加熱式のみ税率を段階的に引き上げる案を検討したが、自民党内の議論を経て、大綱では、最終的に引き上げの対象が紙巻も含みうるような曖昧な結論となり、加熱式の優遇税率が守られる余地を残すものとなった。党内で、加熱式の税率の優遇を維持するため、政府案を押し戻す勢力がいたのだろう。

例えば22年当時、税調には、自民党ルール形成戦略議員連盟会長の衆議院議員甘利明がいた。この議連の背後に、加熱式の推進を狙う外資系たばこ企業の存在が噂されている。議連には、「ハームリダクションライフスタイルのルール形成に向けた研究会」が創設されていた。

そして、22年12月に加熱式のみの税率引き上げを目指した政府の動きを受け、それを牽制する勢力が政策決定の表舞台にようやく姿を現した。自民党厚生族議員である。23年6月、自民党「国民の健康を考えるハームリダクション議員連盟」は鈴木俊一財務大臣と加藤勝信厚労大臣に対し、紙巻に比べ加熱式を優遇する課税方式を堅持すべきとの提言書を手渡した。議連会長田中和徳の陳情に、自民党たばこ議員連盟に所属する岩谷毅のほか、厚生行政に影響力のある元厚労大臣田村憲久と元厚労副大臣高階恵美子が同行した。

高階議員は、フィリップモリスと緊密な関係にある。17年12月20日、ロイター通信は、フィリップモリスが日本で行った加熱式に関する研究の不正についての調査報道を世界に配信し、翌21日、同社の日本での加熱式の販売戦略の重要な要素として、高階議員との関係を紹介していた。

しかし、財務省主税局と自民党税調は、加熱式でハームリダクションという甘言に踊る厚労閣僚経験者たちに惑わされなかった。

23年末の税調インナー会合で、ある税調幹部が、「みなさん、外資には気をつけましょう」と発言した。そして、加熱式の税率を紙巻と同じまで引き上げる決定をした税調会合後、宮澤税調会長は、「たばこ会社の利益には配慮を尽くした」旨発言した。

24年末の税制改正では、財務省は、ABEMAの取材に対し、「加熱式も紙巻も同じたばこであるため、加熱式も紙巻と同様に税を納めるという適正化を行った。加熱式たばこの健康被害軽減は科学的にはまだ証明されていない」と回答した。

年が明けて25年3月、フィリップモリス社長が訪日し、12日、日経新聞は、インタビュー記事を掲載した。同社社長は、「紙巻きよりも健康への害が少ない加熱式の税率を引き上げようとする政府の対応は疑問だ」と吠えた。こうしたフィリップモリスによる反発も想定の範囲だっただろう。財務省主税局は、自民党税調とともに、加熱式の税率を紙巻並みに引き上げた。

しかし、財務省理財局は、たばこ事業法の製造たばこの定義が最大の障害となっている電子の日本導入までさらに進むのだろうか。

19年、私がフィリップモリスにいたとき、業界で話題になった噂がある。
財務省理財局幹部は、ある外資系たばこ会社幹部に尋ねた。
「電子たばこの日本への導入を認めたら、御社は政府を訴えるか。」
小太りな副社長は俯きながら、にやついて答えた。
「そんなことしたくはありませんが、それで加熱式の売り上げが下がったら、本社からどんな指示があるかわかりませんよねえ。」

巨大たばこ企業たちは国家との争訟に躊躇しない。18年、フィリップモリスは、加熱式を認可しなかったニュージーランド政府を提訴して屈服させ、同国への加熱式導入の道筋をつけた。

この噂を聞いて、10月に解雇される直前か後だったか、たばこ政策に精通し、自民党税調コアインナーも歴任した閣僚経験者に対し、加熱式たばこを蔓延させる偽のハームリダクションではなく、電子たばこを導入して真のハームリダクションを日本は目指すべきだと説明したことがある。議員は、「そうだな、電子だな。」と頷いたが、「たばこ事業法の改正はダメだ、パンドラの箱だ。」と言った。後に、その議員は財務省理財局と日本たばこを議員会館の自室に呼び、電子たばこの導入の可能性について説明させたという。いずれも、時期尚早という回答だった。

経歴
1992年、東京大学医学部卒業。1994年から2年間、東京大学医学部付属病院研修医、1996年、外務省入省(外務公務員一種試験)。外務省では、G7・G8首脳会議、WTOや経済連携協定などの対外経済政策、国際保健を主に担当し、国連エボラ対応緊急ミッション、世界エイズ・結核・マラリア対策基金に出向。2019年4月、フィリップモリスジャパンに就職、同年10月解雇。2021年4月、道南森ロイヤルケアセンター施設長。

 

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