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臨時 vol 41 「沈み行く厚労省」

医療ガバナンス学会 (2009年3月4日 09:25)


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~前田氏不同意からみる「医系技官」と「御用学者」との生態~

大岩睦美 医療・法律研究者


1 前田雅英氏中医協委員人事につき有史以来初の不同意

国会同意人事において、政府より提示された中央社会保険医療協議会委員の前
田雅英(首都大学東京都市教養学部長)氏に対し、「医療問題全般を議論するの
にバランス感覚の点で適格性を欠く」との理由で、不同意が表明された。

なお、中医協委員人事について不同意とされたのは初めてのことである。


2 イエスマン前田雅英

前田雅英氏は、若い世代の司法試験関係者なら知らぬものはない有名人物であ
る。前田雅英氏は、まだ首都大学が東京都立大学であった時代に、自身が司法試
験委員(司法試験の問題作成者)を辞めた直後から大手司法試験予備校で講師を
勤め、氏のわかりやすい刑法講義は司法試験受験者に大変好評であった。

前田氏の刑法理論は、「判例を集積し、その中から判断要素とされているもの
を抽出し、それらの”総合考慮”で決定する」とするものである。元来「刑法学
は最も理論が問われる学問である」とされている中、裁判所の判断基準を統計学
的に明らかにするという手法は、既存の刑法学の概念から大きく離れたものであ
り、さまざまな反響を呼んでいる。

しかし一方では、2001年に改正された少年法に関して、著書『少年犯罪』(東
京大学出版会、2000年)で「近年少年犯罪は激増し、凶悪化している」と主張す
るにあたり、統計データの「意図的な切り取り」によって「自説を強化するため
に都合のよい図表づくりをした」との批判を受けている。統計データの正しい取
扱い方を知らぬままに学術書を出版しているか、あるいは自説の為に統計の意図
的操作を行っているのか、いずれにしても、かかる手法にもとづく主張によって
少年犯罪厳罰化の先鞭をつけたという事実は重い。

また、氏は刑法学者であって、法務省の委員も「出入国管理政策懇談会」と
「政策評価懇談会」の2つしか務めたことが無いにもかかわらず、厚生労働省の
委員は数多く歴任し、氏が座長を勤めた委員会等だけでも5つもある(「安心と
希望の介護ビジョン」「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関
する検討会」「医療安全対策検討会議」「看護師等によるALS患者の在宅療養
支援に関する分科会」)。

そしてご存知のとおり、「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方
に関する検討会」においては、座長として、居並ぶ臨床実務家の意見を頑なに無
視し、厚労省案を押し通し続けてデッドロックに陥らせている。

以上から垣間見られる氏の権威主義的、日和見主義的な側面に鑑みても、確か
に中央社会保健医療協議会の「公益」委員として相応しからぬ人物であることは、
明らかといえよう。


3 厚生労働省の傲慢

本人事は「国会同意人事」であり、衆参ねじれ国会の状況では、同意権者であ
る衆院第一党の自民党と公明党、参院第一党の民主党の同意を得る必要があるこ
とは誰の目にも明らかである。にもかかわらず、厚労省が民主党に何の了承も得
ずに人事案を国会に投げること自体が、もとより社会常識から著しくかけ離れて
いる。

上記のように、明らかに「公益」委員として相応しくない人物を敢えて選択し、
かつ、同意されるべき理由を何ら説明しないで国会に上げておきながら、純粋な
権利行使である不同意とした民主党等野党に対し「なぜ反対なのか説明をすべき
だ」とする議論は、単なる”逆切れ”であり、民意を組み入れることなど考えた
こともない厚労省の傲慢な体質が伺われる。


4 本件不同意に対する各方面の意見

史上初の中医協委員人事不同意に対し、早くも各方面から意見が出ているので
紹介する。

まず最初に声をあげたのは、「患者の視点で医療安全を考える連絡協議会」代
表の永井裕之氏であり、本件人事が参議院で採決された同日に厚生労働省で記者
会見を行い、「検討会での前田座長の発言、運営に不適切な点は無い。野党は事
故調に否定的な一部の医師らの見解をうのみにしている」「不同意は事実上、事
故調設置をめざす動きへの妨害だ」と話した(NIKEI,NET 2月23日)。

また同日、国会同意人事案に反対、不同意になったことについて、野党各党に
反対理由や審議の経緯の説明を求める要望書を提出した(共同通信社2月24日)。

この記事で最も重要なことは、「採決同日」に直ちに記者会見を設定し、各種
メディアに告知をしたうえで、反対声明及び野党各党に要望書を提出したこと、
そして、記者会見を行った場所が「厚労省内」であったことである。

なお、法律は唯一の立法機関である国会が制定するということは憲法41条より
明らかであり、一行政府でしかない厚労省内のさらに一委員会の委員や座長が誰
であろうが誰になろうが法案の成否には何らの関係も無い。「霞ヶ関の亡霊」は
死してなお権勢を振るおうとしている。

そして次なる声の主は、2月25日に開かれた診療報酬基本問題小委員会と中医
協の総会において、同じ中医協委員ではあるが公益委員ではなく「支払い側委員」
である対馬忠明氏(健康保険組合連合会専務理事)と勝村久司氏(「患者本位の
医療を確立する連絡会」委員)であった。しかも、同発言は、議題とはまったく
関係が無いにもかかわらず総会中に行われており、二人の強い意思が見て取れる。

中医協は、医療に要する費用を支払う者の立場を適切に代表し得ると認められ
る者(支払い側)と、医師、歯科医師及び薬剤師を代表する者(診療側)を、利
害が対立する関係であると捉え、その委員構成においても、支払い側・診療側の
委員を同数ずつ配置し、その上で両者に属さない「公益を代表する委員」を配置
するということとなっている。

本件不同意に対し、意見を表明したのは共に「支払い側委員」であり、勝村久
司氏は「わたしから考えたら、患者の立場に立って、こういう方に委員になって
ほしい」「前田委員は非常にきちんとしていた。もし、報道で言われているよう
に、医療事故の死因究明に関する検討会の座長をしていることが理由だとすれば、
患者の立場からは非常に残念なことだ」、対馬忠明氏は「不同意は遺憾としか言
いようがない。本当に残念」と述べている(キャリアブレインニュース 2月25
日)。
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/20784.html

このことのみからも、中医協の「公益」委員に前田氏が相応しからぬ人物であ
ることは明らかであるといえよう。


5 霞ヶ関に巣食う「御用学者」

結局、今回の不同意事件は、厚労省が同意権者を無視して強引に子飼いの「御
用学者」をよりにもよって中医協の「公益」委員にねじ込もうとしたところ、う
まくいかなかったというだけの話である。そして、それが失敗に終わるや問題点
の本質を糊塗しようとしたものであり、自民党一党独裁体制時代における”影の
支配者”感覚から抜け切れていない浅はかな官僚の愚行といえよう。

国民のための医療の方向性を決定するのは、決して霞ヶ関の住民やその取り巻
き達ではな
く、私たち国民一人ひとりなのである。

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