臨時 vol 69 高久通信「階段を歩き、生き甲斐を見つけて健康な長寿を」
■ 関連タグ
高久史麿
※この記事は月刊誌「安全と健康」よりご許可を頂き転載させていただいており
ます。
野菜や果物の摂取や定期的な運動の励行が寿命の延長をもたらすことはよく知
られた事実である。その理由として、健康的な生活習慣による体重の減少、それ
に伴う血圧の低下、糖尿病の原因となる体細胞のインスリン抵抗性(インスリン
が十分に作用できない状態)の低下等、さまざまなことが挙げられてきた。最近
になって、健康的な生活習慣が、比較的短期間であっても、病気の発症や進展を
防ぐ特定の酵素の活性を上昇させることが報告され、注目されている1)。この
酵素はテロメレースと呼ばれ、細胞の中の染色体の末端部分のテロメアと呼ばれ
る個所のDNAの長さを延長させるように働く。逆にテロメレースの活性が低下す
るとテロメアが短くなり、細胞が死滅してしまう。しかし最近になって、テロメ
アの長さが個人の寿命にも関係することが報告されるようになった。すなわち、
テロメアが短い人は、乳がんの転移率が高い、膀胱がん、頭頸部がん、肺がん、
腎がん、大腸がんの罹患率が高い、手術後の前立腺がんの再発率が高い、あるい
は心臓の冠動脈疾患や感染症による死亡率が高いこと等が報告されている。この
ような臨床研究では、テロメアの長さやテロメレースの活性の測定に、末梢血液
中の白血球が使用され、特に、その中でもDNAの量が多いリンパ球が専ら対象と
なっている。もともと、個々の細胞の寿命に関係するテロメアの長さやテロメレー
スの活性が、なぜ病気へのかかりやすさや寿命と関係するかについてはよく分かっ
ていない。しかし、免疫反応に直接関係しているリンパ球のテロメアが短い、す
なわちリンパ球の寿命が短いことは個体の免疫能が低く、そのことががんや感染
症のなりやすさに結びついていると推定されている。
今回報告するのは、アメリカのカリフォルニア大学の研究者が、治療を必要と
しないごく初期の前立腺がんの患者を対象とした研究である。初期のがん患者を
対象にしたのは、食事や運動その他の注意をよく守り、かつ経過中医師の所を定
期的に訪れると考えたからである。実験参加者は49~80歳(平均62.2歳)
の30人の男性で、これらの患者に3カ月間、野菜、果物、全粒穀物(加工度が
低く、ほぼ自然のままの穀物:玄米、麦類、とうもろこし、キビ、粟、ヒエ、蕎
麦、豆類(大豆製品含む)等)を多く食べること、1日30分の歩行、ストレス
の解消(例えば1日1時間の瞑想)を続けてもらったところ、白血球中のテロメ
レースの活性が29%も上がったとのことである。この研究は未治療の初期前立
腺がんという特殊な人を対象としてはいるが、健康な人にも当てはまると考えら
れる。また、今回の研究では、健康的な生活習慣に、食生活と運動だけでなく、
ストレスの緩和も含めている。このことは、ストレスの多い人は白血球中のテロ
メレースの活性が低い2)という従来の報告とも一致しているといえよう。
1)Ornish D et al. Lancet on line, Sept.16, 2008
2)Epel ES et al. PNAS 101:17312, 2004
●プロフィール・たかく ふみまろ
1954年東京大学医学部卒。72年自治医科大学教授、82年東京大学医学
部教授、88年同医学部長、95年東京大学名誉教授、96年自治医科大学学長、
04年日本医学会会長。医療の質・安全学会理事長。