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Vol.25119 Vol.25119 Burn the Heat-not-Burn ④ バース大学、TBIJなどについて、正義

医療ガバナンス学会 (2025年6月27日 08:00)


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小沼士郎

2025年6月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

【エルピス】
―「しがらみがなければ、担当したいと思う。信頼できる弁護士を紹介する。」―

19年11月、武見議員事務所のある参議院議員会館を出て、私は空を見上げた。10月31日、嬉しそうににやついたフィリップモリス副社長から解雇通知を受け取り、会社のある溜池山王パークタワーを出て、外堀通り斜め向かいの喫煙スペースで一服した時、これで社内でなく社会の正義に賭けることができると安堵したことを覚えている。しかし、国権の最高機関の権力を付託された議員が、フィリップモリスによる解雇は当然だと言い放ったとき、私は日本の社会正義の現実に触れ、待ち受けるだろう試練を悟った。

参議院議員会館前の歩道から妻に電話し、「もしかしたらと思っていたが、その通りとなった。」と伝えると、彼女は、ある閣僚経験者の名を挙げた。私は、衆議院第一議員会館の議員事務所に向かった。2大学のような事案に知見のある弁護士の子息を紹介すると約束してくれた。翌日、弁護士から連絡があり、電話で状況説明をすると、手短にこう話した。

「しがらみがあり、具体的助言はできないが、オヤジが世話になったから、あくまで一般的なことを伝えたい。東大と京大の事案は、ともに米国の外国公務員腐敗防止法違反と思う。こうしたケースでは、法的代理人を立て、不当解雇だと会社側に通告すれば、すぐに本社が介入し、和解合意に進む。だが、子会社が本社に対し事案の隠蔽を行って、進まないことも多い。その場合、米国Securities and Exchange Commission(SEC)に通報すればよい。米国当局は制裁金を取りに、ニューヨーク株式市場上場(NYSE listed)企業の捜査へ動くと思う。言葉は悪いが、面白い案件だ。しがらみがなければ、担当したいと思う。信頼できる弁護士を紹介する。」
(注:NYSE上場し、publicly traded American company と米国当局によって位置づけられるフィリップモリスは、米国の司法権の対象である。)

後日、弁護士は、利益相反のないことが確認できたと言って、フィリップモリスによる解雇について、私の法的代理人となる弁護士を紹介してくれた。

こうして決定的な指針と支援を得ることができて、私は、エビデンスなき日本の歪んだたばこ行政を正すために役立つことができるなら、それを、医師、外交官として国際保健に取り組んだ自分の運命と受け止め、たばこ業界にいた時、去った後、目の前で繰り広げられていく日本の問題に対し、自分にできることの全て、自分にしかできないことをしようと決めた。

だから、1年半弱にわたって職に就かず、貯金が底をついて借金に手を出しても、通報を続け、厚労省、財務省、報道機関がやり過ごしていく有様を観ながら、私は、日本の企業人の贈賄という刑事事案について、米国の当局に、たばこに汚染された日本人研究者という公衆衛生の問題について、英国の学術機関に協力を求めていった。

20年5月、私はSECから召喚状を受け取り、オンライン事情聴取に応じた。当局は、捜査の一貫性維持のため、通報者に対し、捜査の有無は伝えない。だから20年末、英国バース大学の公衆衛生学教室が論文公表のため本格的な準備を始めたことを確認し、臨床医に戻ろうと再就職活動を始めた。

22年11月、バース大学から論文完成の目途がついたとの連絡があり、北海道で医師になっていた私は上京した。24日、私は、元財務次官と懇意な元大使と朝食をとって、あるたばこ外資の不正を財務省理財局が黙認したことが、いずれ海外から公表されると伝え、20年6月5日付不開示決定通知書を渡した。その夜、その外務省の先輩と同期の元大使と夕食をとった。元大使は、「彼は、君の話を聞いて、そのまま財務省に行ったぞ。」と教えてくれた。加熱式の蔓延に加担する理財局には失望したが、理財局だけが、財務省でたばこの政策に関わっているわけではない。元国家公務員として財務省に仁義は切った。

これらの状況をメモにまとめ、北海道に帰る日、私の説明で電子たばこの導入の必要性に頷いた自民党閣僚経験者の秘書に対し、もし、海外からの報道によって場が荒れたら、喫煙者にとって、疾病リスク削減が認められている電子たばこという選択肢がない日本の歪んだたばこ行政を変えるため、いかしていただきたいというメッセージを添え、渡した。

23年4月、性被害を告発したカウアン岡本氏の記者会見を見て、私は、それまで実名を出すことを避けたいと考えていたことを恥じた。私は、バース大学の責任者に、論文に役立つのなら、実名を出して構わないと伝えた。後日、会わせたい人たちがいるからロンドンに来るよう言われた。8月、ロンドンで、その責任者は、調査報道機関のThe Bureau of Investigative Journalismと、不正告発という言論の自由を支援するBlue Print for Free Speechを紹介した。

そして24年6月、バース大学公衆衛生学教室のグループは、2つの不正に関する論文をランセットオンコロジーなどに発表し、米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校は、事案の不正を証明する書証をウェッブアーカイブに掲載した。7月、The Bureau of Investigative Journalismの記者は、私のインタビュー映像とともに、公表された書証を踏まえた記事を発表した。記者は、関連する別の記事の見出しで、日本をTobacco Stateと表現した。

Tobacco State 日本のたばこ事業というパンドラの箱の中では、たばこ企業に配慮し、企業の不正を黙認した財務省理財局たばこ事業室、たばこ企業による医師法違反の企てを支持し、加熱式の屋内喫煙を堅持して企業利益を守り続ける厚労省医系技官、加熱式が喫煙による疾病リスクを減らすと誤解し、たばこ企業の販売戦略の走狗となる自民党厚労閣僚経験者たち、たばこ企業の金に跪き、企業支援の記事を拡散する活字マスメディアが蠢いていた。

【日経新聞グループとフィリップモリス協賛】
―「公表するのは、私たちだけになったか。良いニュースだ。日経のことは任せてくれ。」―

日経新聞グループもそうだった。20年9月、知人の紹介で日経新聞法務報道部の記者と会った。日経新聞には、私が関わったような企業法務事案を報道する部署がある。日経新聞本社の会議室で会った記者は、「日本人の通報によって米国当局による捜査が入っている可能性のある事案だ。面白い。自分も喫煙者でチャンピックスを使った。」と言って喜んだ。それまで接触した複数の大手新聞社が取り上げようとしなかったので、「大丈夫ですか。記事にできますか。」と私は尋ねた。記者は、「簡単だ。記事を仕上げ、掲載前日、フィリップモリスに送り、コメントを求める。コメントが来たら、当日、記事と一緒に掲載する。年内には出す。」と言った。

巨大たばこ企業による監視を受けているバース大学との情報連絡の時と同様、秘匿のかかるメッセージツールを使い、やり取りが始まった。ところが、年内に記事は出ず、年が明け21年、私のメッセージへの返信の頻度が減り、やがて来なくなった。最後に私は、「書かないなら、書かないと教えてほしい」とメッセージを送ったが、回答はなかった。

21年5月7日、北海道の介護施設で医師として働き始め1カ月が過ぎ、新しい生活と仕事に慣れてきた時、私は、日経新聞がフィリップモリス社長のインタビューを掲載したのを見つけた。5月19日から開催される日経アジアの未来会議の特別協賛には、国際交流基金とともにフィリップモリスが並んでいた。インタビューを掲載された社長のオンライン特別セッションも、会議初日に予定されていた。

私は、バース大学の責任者にこれを伝えた。彼は、「公表するのは、私たちだけになったか。良いニュースだ。日経のことは任せてくれ。」と言った。そして、会議参加予定だったパキスタン首相、ニュージーランド貿易大臣、世銀幹部の3名が、たばこ企業の資金の入った会議に出ないと日経に通告し、会議直前、特別協賛からフィリップモリスは消え、初日の同社社長のセッションも中止となった。バース大学と同様、ブルームバーグ財団から支援を受けて活動する米国NPOは、たばこ企業が日経の会議から退場したことを歓迎するというステートメントを発表した。

これが、私がふたの隙間から覗いて見たパンドラの箱の中である。今こそ、電子をたばことして日本に導入すべきではないか。そして、厚労医系技官が論文まで仕立て目論む加熱式の屋内喫煙の継続の是非を検証し、エビデンスに基づいた政策決定を取り戻すべきではないか。

この国の歪んだたばこ行政を正すため、心ある日本人が行動を起こすことを期待する。

【終わりに】
オバマ大統領が政府各機関に送った通知をそのまま紹介する。
A democracy requires accountability, and accountability requires transparency. As Justice Louis Brandeis wrote, “sunlight is said to be the best of disinfectants.” In our democracy, the Freedom of Information Act (FOIA), which encourages accountability through transparency, is the most prominent expression of a profound national commitment to ensuring an open Government. At the heart of that commitment is the idea that accountability is in the interest of the Government and the citizenry alike.
- Memorandum for the Heads of Executive Departments and Agencies

政府の問題に限らず、陽の光の下に晒すこと、すなわち社会に広く知らせることは、民主主義において、社会が問題を正していくために必要である。公益通報者保護法の目的は、その名が示す通報者の保護だけではなく、企業などの不正を知った者を保護し、最終的には報道機関などへの通報/告発を可能にすることによって、不正を社会に知らせ、正し、不正から社会と市民を守ることにもある。そして、通報/告発は、言論の自由の行使である。

しかし、日出ずる国と呼ばれる日本に澄み切った青空はなく、雲が陽射しを遮っている。だから、海外投資家の外圧があって初めて、報道機関である企業が自らのガバナンス不全の調査を始めるようなことが、この国の見慣れた風景になっている。もちろん政府は、国家安全保障上の機密のため始まったグローマー拒否、すなわち存否応答拒否という情報公開請求に対する手段を、国有地払い下げの問題の核心を隠蔽するために濫用した。また、首長の不正を告発した自治体職員は報復人事を受け、首長を支持する地方議員は告発者のプライバシーを知られるべき情報とうそぶいて、晒す裏工作をし、大衆は晒されたプライバシーに狂喜した。

こうした国で、世界最大のたばこ企業に解雇された私の通報が無視されるのは、当然だった。日本人の不正が海外から公表されても、私の期待に反して日本の場が全く荒れなかったのも当然だと、今は理解できる。しかし、19年4月から約6年にわたり、たばこに関わり、私は、死の商人と呼ばれる巨大たばこ企業、死の商人と結託する政治家、官僚、研究者、報道機関の実態を知り、世界中で彼らと闘い続けている人々の支援を得ることができた。喫煙者である私は、国際保健の最後の仕事として、日本におけるたばこの問題を選んで良かったと思う。

そして、今もあらゆる場所で戦いは続いているが、私は、この記録をもって、日本の戦場で自分に与えられた役割は終わったと感じている。

さて、21年7月、日本たばこの知人から連絡があった。ある外資系たばこ会社が、7月中旬の第2四半期業績の発表の日、日本における加熱式に関する研究の不正、具体的には贈賄と論文操作について、プレスリリースを出すという噂が広まっているという。こうしたリリースは、米国当局の捜査が入っている場合、株主に適時開示するために利用される。しかし、リリースは出されなかった。根拠なき噂だったのか、または、出せない事情がその会社に生じたのか。

最後に、論文を発表したバース大学、記事を執筆したThe Bureau of Investigative Journalism、論文と記事のため、私が言論の自由を行使することを支援したBlue Print for Free Speech、その公表にあたり、フィリップモリスに対する法的代理人となっていただいた海渡雄一先生と小川隆太郎先生、英国からの公表を受け、日本で記事や論評を出したフォーサイトと上昌広医師、選択、毎日新聞に感謝を述べ、記録を終える。

経歴
1992年、東京大学医学部卒業。1994年から2年間、東京大学医学部付属病院研修医、1996年、外務省入省(外務公務員一種試験)。外務省では、G7・G8首脳会議、WTOや経済連携協定などの対外経済政策、国際保健を主に担当し、国連エボラ対応緊急ミッション、世界エイズ・結核・マラリア対策基金に出向。2019年4月、フィリップモリスジャパンに就職、同年10月解雇。2021年4月、道南森ロイヤルケアセンター施設長。

 

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