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Vol.25125 分断された医療をつなぐ、小児科の小さな外来から

医療ガバナンス学会 (2025年7月7日 08:00)


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ナビタスクリニック小児科
小林茉保

2025年7月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

日本の少子化は深刻さを増しており、2024年には歴史上初めて出生数が70万人を下回った。
子どもが減れば、小児科の診療所の絶対数も減っていく。とくに地方ではその傾向が顕著で、もはや「かかりつけ」という言葉が実情にそぐわない地域もある。こうした状況から病気のときに行き場を失ってしまう、いわゆる「小児科難民」になっている親御さんもいまや珍しくない。
ただでさえ、体調が悪く不機嫌な子どもを連れての外出は困難である。子どもから感染してしまい、自分の体調まで悪かったら、そのつらさは想像以上だ。

「母は強い」とはよく言ったものだが、母も鉄人ではない。うつるときはうつるし、体調だって悪くなる。とはいえ、熱のある子どもをどこかに預けて自分の受診までこなす余裕がある親御さんは、決して多くないのではないか。そのような親御さんのために、私たちは「母と子(父と子)の外来」を少しずつ稼働させてきた。

ある日10か月の男の子を連れた若いお母さんが来院した。初めての子で一生懸命な様子はすぐに伝わってきた。オムツやミルク、着替えも入っているのだろう。大きなマザーズバッグを抱え、診察室に入ってきた。
子どもは元気そうで、軽い鼻水と咳がある程度だった。しかし、お母さんの顔を見て驚いた。両目がぱんぱんに腫れ、真っ赤になっていたのだ。機嫌よく抱かれている子どもを横目に、思わず「お母さん、どうしたんですか!」と大きな声をあげてしまった。
すると彼女は少し笑って、そして少し困ったような顔で言った。「実は私のほうが体調が悪くて…目もこんなだし、喉もすごく痛くて。でも、まずは息子を受診させようと思って…私もできたら受診したかったのですが…」と。母の愛は偉大だと感心してしまうと同時に、これが育児の現実なのだと、いたたまれない気持ちになった。

お母さんの姿を見ていると、かつての自分と重なり、心に刺さるものがあった。私にも、同じような経験がある——。

生後2か月から保育園でお世話になった娘は、通い始めの頃、数週間おきに熱を出した。当時医学生だった私は、勉強と慣れない育児、家事をひとりでこなさなければならず、疲れはピークを超えていた。

あるとき娘から風邪がうつったと感じたのだが、娘を優先して受診させた。自分の体調がどんどん悪化することに気づかないふりをしていたのだ。気づけば私の熱は40℃近くなり、保育園に「私の熱が高くて連れていけないので休みます。」と電話したことを今でも覚えている。その経験があったからこそ、今、目の前にいるお母さんたちの大変さが痛いほどわかるのだ。
先のお母さんだが、話を聞いてみるとやはり息子の保育園でアデノウイルス感染症が流行しているとのことだった。彼女の目と喉の症状はアデノウイルスによる咽頭結膜熱(プール熱)の典型的な症状だった。「ここでお母さんの診察もできますよ。検査しませんか。」と提案したところ喜んで受けてくれ、迅速検査でアデノウイルス陽性、上記の診断となった。

後日別の症状で受診した際に話を聞くと、その後軽症ではあったものの子どもにも目の症状が出てきたそうだが、「あのとき私が検査していたから焦らずに対応できました。」と言ってもらえた。

お母さんの診察を一緒にできたメリットは、実はお母さんに薬が処方できたことだけではない。子どもの症状は非常に軽く、目の症状も喉の赤みもなかったため、子どもだけだったら検査していなかったか、あるいはお母さんの症状を鑑みて念のために喉の奥を擦るというつらい検査を10か月の赤ちゃんにしなくてはならなかったかもしれない。

母を診たことが、子を診たことになったのだ。お母さんも子どもも、そして私たち医療者にとってもいいことはたくさんあるし、きっとあのお母さんは次親子で同じような症状が出たとき、また安心して受診してくれるだろう。

現代医療は、専門性を高めるために診療科ごとの分業が進んでいる。これは必要なことではあるが、一方で患者の立場からすれば、その「縦割り」が大きな負担となることも多い。
小児科と内科が分かれていれば親子の情報は共有されず、カルテが別なら診る目も別になる。患者である親子はその都度、同じ説明を繰り返さなければならない。説明は疲労となり、疲労は放置へと変わる。
そして、感染経路や家庭内での注意点に関するアドバイスも不充分になる恐れがあるのだ。
私たちは考えている。小児科のあり方がほんの少し変わるだけで、救われる親子は確実にいるはずだと。

10余年前を思い返し、あのとき私も一緒に受診できたら、と思う。しかし、今同じようなお母さんたちの助けになれるなら、あのときの経験にも意味があったのだと思える。「母の愛」でお母さんたちが限界を迎えないよう、私はこれからも診療に臨んでいきたい。

筆者略歴
国際基督教大学教養学部社会科学科卒業。ひとり娘を育てながら東海大学医学部に学び、同大学を卒業、医師免許を取得。聖マリアンナ医科大学病院などで初期臨床研修および小児科の研鑽を積んだのち、現在、ナビタスクリニックにて小児科医として勤務。

 

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