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Vol.25127 「医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会」が目指すべき課題と対応

医療ガバナンス学会 (2025年7月9日 08:00)


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井上法律事務所所長、弁護士
井上清成

2025年7月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1 厚労省「医療安全に係る検討会」の開催

厚生労働省医政局の所管する「医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会」が、2025年6月27日に開催された。今秋の取りまとめまで続く予定らしい。
森光敬子医政局長の挨拶は、「本検討会では、医療事故調査制度にとどまらず、医療安全に係る政策全般についてこれまでの取り組みを振り返った上で、現状と課題を整理して今後の対策について議論をお願いしたい」というものであった。
開催要綱では、1としてその「目的」を「〇国内で発生した重大な医療上の事故を踏まえ、平成14年に策定された医療安全推進総合対策においては、医療安全を最も重要な課題と位置付け、具体的な解決方策が示された。これを踏まえ、平成14年より病院及び有床診療所に対し、さらに平成19年より無床診療所及び助産所に対し、医療機関内部における事故報告等の医療安全管理体 制の確保が義務づけられた。
〇さらに、平成27年より医療事故調査制度が施行され、医療法で定める医療事故が発生した場合には、医療事故調査・支援センターへの報告や医療事故調査、遺族への説明等を行うことが義務づけられた。〇本検討会は、これらを含む医療安全施策とその課題を整理し、対応策を検討することを目的に開催するものである。」とし、2としてその「検討事項」を、「(1)医療安全に関するこれまでの経緯と現状を踏まえた医療安全施策の課題 (2)医療安全施策の課題を踏まえた対応(3)その他」と設定している。
これらを踏まえると、「検討会」の目指すべき課題と対応は、いかなるものであるべきであろうか。

2 厳しい経営環境下での医療安全の推進

現在は、医療費抑制政策が続き、病院・診療所は厳しい経営環境の下に置かれている。その上に、さらに一層の医療費削減政策も実施されようとしているらしい。少子高齢化が進み、物価高、人手不足、賃上げ圧力などが追い打ちをかけていて、病院も診療所も閉鎖に追い込まれるところが出て来ていて、まことに深刻な経営環境にある。
当然、それでも医療安全は現に推進しつつあるし、より一層に進めるべきであるとは言え、実情としては、そのための時間的リソースも人的リソースも乏しい。
「角を矯めて牛を殺す」という諺もある。「欠点を無理に直そうとして、そのものをだめにしてしまう(新明解国語辞典。三省堂)。」つまり、「時間的・人的リソースが乏しいにもかかわらず、医療安全を無理に推進しようとして、病院・診療所を廃院・倒産させてしまう」恐れがあるとでも評してよいかも知れない。
したがって、目指すべき方向は明瞭である。費用がかかり、手間・手数のかかる対応策は、少なくとも現在の経営環境下では、採用してはならない。経営的側面から圧迫を加えて、公的医療の崩壊を招いてしまうからである。

もちろん、そのような危うい状況下であるから、医療事故責任追及政策を採用してもいけない。立ち去り型サボタージュ(医療崩壊)を招いてしまう。そこで、医療事故の責任追及につながる結果を招いてはならないし、責任追及の恐れを感じさせるものであってもならないのである。ここで言う「責任」は、
刑事責任・民事責任と言った法的責任は言うまでもなく、さらには、社会的責任や道義的責任も含む。つまり、昔から繰り返し叫ばれていることではあるが、医療安全と責任追及は峻別されなければならない。責任追及の恐れがあったのでは、医療安全が進まないからである。

以上の次第であるから、今後の課題への対応は、時間的・人的リソースが乏しい中で、費用がかかり、または、手間・手数のかかることは避け、かつ、責任追及の恐れを感じさせることのないようにしなければならない。(なお、念のため付け加えれば、時間的・人的リソースの乏しさは、経営資源の全体ない し基盤に関するものであるから、当該医療安全施策のための局所の診療報酬加算や補助金交付だけによって補えるものではないことは、特に留意すべきである。)

3 院内医療安全管理体制の重点目標の絞り込み

まず、「病院等の医療安全管理体制(医療法)(院内の事例報告・学習のための仕組み等)」については、中小病院と診療所において、院内の事例報告(特に、ヒヤリ・ハット事例の報告)を手堅く実践することが要請されるであろう。法令の条文で言えば、 医療法第6条の12(当該病院等における医療の安全を 確保するための措置)、医療法施行規則第1条の11第1項第四号(医療機関内における事故報告等の医療に係る安全の確保を目的とした改善のための方策)が、それに該当する。

ヒヤリ・ハット事例の報告範囲として、通常、「・医療に誤りがあったが、患者に実施する前に発見された事例・誤った医療が実施されたが、患者への影響が認められなかった事例または軽微な処置・治療を要した事例。ただし、軽微な処置・治療とは、消毒、湿布、鎮痛剤投与等とする。・誤った医療が実施されたが、患者への影響が不明な事例」などが挙げられている〔日本医療機能評価機構の「医療事故情報収集等事業」のうちの「ヒヤリ・ハット事例情報の収集」(注・院内の事例報告ではなく、第三者への報告のものではあるが、便宜上ここで取り上げる)より〕。

最大の課題は、ヒヤリ・ハット報告をする判断基準として、「誤った医療」が中心に据えられていることであると言ってよい。当然、自らが医療を「誤った」と進んで「自白」する報告であるから、そのまま責任追及に直結しかねず、その判断は慎重になり過ぎがちであろう。現に、警察が介入して捜査をする過程で、ヒヤリ・ハット報告の任意提出を求められることもあるので,その慎重さは故無しとはしない。そのため、責任追及への「萎縮」のみならず、それ以前に、「自白」の報告の決断・判断に「時間がかかり、手間・手数がかかる」ところでもある。

したがって、その課題への対応策としては、「誤った」という規範的視点よりも、むしろ「結果」に重点を置くように改めた方がよい。すなわち、「実施する前」や「患者への影響が認められなかった」場合は、改善の必要性・有効性がいつも必ずしも大きいとは言えないので、それらは重点には考えず、むしろ「軽微な処置・治療を要した事例」に重点を移すべきである。

このようにして、報告の対象範囲を規範的・実質的・複雑なものから機械的・形式的・単純なものに移行して、現在の困難な経営状況に沿ったもの(つまり、限定的な範囲)にするのが妥当だと思う。

4 医療事故情報収集等事業の事故等事案の絞り込み

「医療事故情報収集等事業」は、「医療事故調査制度」と並んで、 「第三者への報告を行う事例報告・学習のための仕組み」の一つとして位置付けられている。ただ、それは中小病院や診療所に課されているものではなく、本来、特定機能病院・独立行政法人・国立研究開発法人・労災病院・大学病院だけを対象とするものであった。任意参加の医療機関も増えているけれども、現状においては余り無理すべきではなく、手堅く進めれば足りるところであろう。

さらに、「事故等事案」(医療事故情報収集等事業で、医療機関内における事故その他の報告を求める事案)は、医療法施行規則第9条の20の2第1項第14号に次のように定められてはいるが、現状においてはそれらすべてを必ずしも無理に進めるべきものではない。
「イ 誤った医療又は管理を行ったことが明らかであり、その行った医療又は 管理に起因して、患者が死亡し、若しくは患者に心身の障害が残った事例又は予期しなかった、若しくは予期していたものを上回る処置その他の治療を要した事例。
ロ 誤った医療又は管理を行ったことは明らかではないが、行った医療又は 管理に起因して、患者が死亡し、若しくは患者に心身の障害が残った事例又は予期しなかった、若しくは予期していたものを上回る処置その他の治療を要した事例。〔当該事案の発生を予期しなかったものに限る〕
ハ イ及びロに掲げるもののほか、医療機関内における事故の発生の予防及び再発の防止に資する事例。」
こうしてみると、特に中小病院等の任意参加医療機関においても、すでに「ヒヤリ・ハット事例の報告範囲」として述べたことがそのまま妥当するものと思う。「誤った医療」を前提とする「イ」 は、現状にそぐわない。医療事故調査制度と同様に「医療起因性」と「予期しなかったもの」で構成された「ロ」に限定しつつ、余り間口を広げずに、手堅く医療安全対策を進めていくべきところであろう。

5 医療事故調査制度を活用したリピート対策

医療事故調査制度は2015年10月の施行以来、ほぼ所期の目的を達して来ていて、現状も良好である。その特徴は、医療安全への特化、医療過誤や責任追及との切り離し、秘匿性の確保など、それまでとは異なった斬新な発想の施策が多数盛り込まれていて、それらが功を奏した結果だと評しえよう。特定機能病院等の大病院に偏しがちであった医療事故対策を、全国にあまねく、中小病院、有床・無床の診療所、歯科診療所、助産所に浸透させていったところに、最大の功績がある。

重要な見直しが一度あった。施行の翌年である2016年6月の医療法施行規則の一部改正である。医療法施行規則第1条の10の2第4項に「病院等の管理者は、法第六条の十第一項の規定による報告を適切に行うため、当該病院等における死亡及び死産の確実な把握のための体制を確保するものとする。」と規定された。

2016年6月24日付け厚労省医政局長通知では、このことが「病院等の管理者は、法第6条の10第1項の規定による報告を適切に行うため、当該病院等における死亡及び死産の確実な把握のための体制を確保する ものとすること。」と表現され、同日付け厚労省医政局総務課長通知では、このことが「改正省令による改正後の医療法施行規則第1条の10の2に規定する当該病院等における死亡及び死産の確実な把握のための体制とは、当該病 院等における死亡及び死産事例が発生したことが病院等の管理者に遺漏なく速やかに報告される体制をいうこと。」と表現されたのである。

もともと医療事故調査制度を基礎付ける医療機関の体制作り に関しては、「すべての死亡症例を管理者の下で一元的に管理すべき」というコンセプトが潜在していて、それがたまたま見直しの際に顕在化したのがその経緯であった。

時折、ある特定の病院で特定の診療料で特定の医師によって医療事故等がリピートしていたという事例が生じる。しかしながら、もしも「すべての死亡症例を管理者の下で一元的に管理すべき」というコンセプトが医療法施行規則や各種通知のとおりに実施されていたとしたならば、そのようなリピート事例は発生せず、未然に防げたことと思う。

そこで、それらのコンセプト・規則・通知のより確実な実施のために、「当該診療科で責任をもってすべての死亡症例を遺漏なく管理者に報告すること」と「管理者がより確実にすべての死亡症例を積極的に把握するべく努めること」を、新たな厚労省医政局地域医療計画課長通知をもって再確認する程度ならば、現状においても、一つの賢明な課題対応策であると評しうるであろうと考えている。

 

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