医療ガバナンス学会 (2025年7月10日 08:00)
常磐病院
安次富愛結
2025年7月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2025年の春、私は青森県三戸郡五戸町にある五戸総合病院で、5週間の地域医療研修を行いました。五戸町は、かつて南部藩の城下町として栄えた歴史を持ち、現在は約1万5千人が暮らす、農業と畜産が盛んな小さな町です。馬肉文化が深く根づき、自然に囲まれた穏やかな風土が残るこの地域で、五戸総合病院は町内唯一の中核的医療機関として、地域住民の健康を守っています。
許可病床数は165床あるものの、実際に稼働しているのは約90床。私は主に内科病棟で約30名の入院患者さんを担当しつつ、高血圧や糖尿病など生活習慣病の患者さんが多く訪れる外来診療にも関わらせていただきました。入院されていたのは肺炎や尿路感染症、心不全の方々が多く、退院調整が必要な方や、人生の最終段階に寄り添うケアが求められる方にも向き合う機会がありました。
実は私が初めて五戸総合病院を訪れたのは2年前、医学部6年生のときの地域医療実習でした。そのときの2週間の実習で、病棟や外来、手術の見学に加えて、インフォームドコンセントの場にも立ち会わせていただきました。
とりわけ印象に残っているのは、当時の2年目研修医の先生が、迷いながらも責任感を持って診療に取り組む姿です。学生だった私は、その姿に憧れを抱き、「2年後、自分もこんなふうに患者さんに向き合えているだろうか」と想像したことを覚えています。その思いが心に残っていて、昨年4月に常磐病院へ入職した際、自ら希望を出して、地域医療研修の行き先に五戸総合病院を追加していただきました。
2年ぶりに五戸を訪れてみると、いくつかの変化がありました。以前はすべて紙カルテだった病院が、現在は電子カルテに切り替わっており、日常業務が少し便利になっていました。ただし、半年前以前のデータは紙を参照する必要があり、情報の一貫性に戸惑う場面もありました。また、地域の高齢化の影響でしょうか、手術件数は減少し、訪問診療や退院調整、看取りのケースが増えていました。さらに、2年前に内科の常勤医が引退された後は後任が決まらず、現在は全国から交代で来る研修医たちが内科を支えています。
研修期間中には、内視鏡検査の介助や胃瘻造設の実施、昇圧剤の配合設計、感染性粉瘤の摘出といった手技も経験しました。皮膚潰瘍を生じた患者さんでは、シャーレで検体を採取して顕微鏡で真菌を発見し、同期と感激した場面も印象に残っています。
都会の病院では専門医に引き継がれるような診療でも、自分で考え、調べ、判断しなければならない状況に立つことが多く、研修医として大きく鍛えられました。訪問診療では1人で患者さんのもとを訪れたこともあり、看取りを経験した往診では、ご家族と過ごす時間の大切さを改めて実感しました。
そうした日々の中で支えとなってくださったのが、院長先生です。消化器外科医で、50代と比較的若く、首都圏の大学医局から派遣されて以来、約15年にわたり五戸の医療に従事されています。ノリが良くユーモアがあり、とても話しやすい方で、困ったときにはいつでも相談に乗ってくださいました。外科だけでなく、内視鏡検査や内科診療にも幅広く対応されていて、地域医療の多様なニーズに1人で応えられる姿に、多くを学ばせていただきました。
研修の合間には青森県内の観光も楽しみました。五戸ではチューリップ園や温泉に行き、名物の馬肉料理店には3回も足を運びました。八戸では港の人気店でヒラメ丼を食べ、蕪島神社ではウミネコのフンを浴びるという洗礼(?)も受けました。
三沢市では航空自衛隊の戦闘機を眺め、米軍基地の周りで異国の雰囲気を感じ、青森市ではねぶた祭の展示を見学。弘前では桜の名所・弘前城で満開の花に囲まれました。そして、十和田では院長に誘っていただき、ゴルフコンペに参加しました。医療現場だけでなく、地域の方々とのこうした温かな交流があったからこそ、五戸での時間はより豊かで思い出深いものとなりました。
こうして振り返ると、確かに私は自分なりに努力をしたと思いますが、医師としてまだ1年ちょっとの私が、患者さんにとって常に最善の判断ができていたかと問われれば、きっとそうではない場面もあっただろうと思います。都市部の病院では、複数の専門医や指導医がいて、相談しながら治療方針を立てることができますが、五戸のような地域では、自分がその場で責任を持って判断する必要があります。簡単ではないけれど、医師として大切な力を養うための貴重な経験だったと思っています。
現在の研修制度では、すべての初期研修医に対して、1ヶ月以上の地域医療研修が義務付けられています。もしこの制度がなかったら、私はこの地を再び訪れることもなく、貴重な経験を積むこともできなかったかもしれません。地域医療には、都市にはない魅力と課題が混在しています。医療資源の少なさ、担い手の不足といった厳しさもありますが、それでも、患者さんとより近い距離で向き合えるやりがいや温かさがあります。
私自身、この研修を通じて、地域医療の現場で得られる学びの深さと、人とのつながりの豊かさを実感しました。そしていつか、私も地域医療の一端を担える医師になりたいと強く思うようになりました。少しでも多くの若い医師が、地域医療に目を向けるきっかけになればと願いを込めて、この経験を記しておきたいと思います。