医療ガバナンス学会 (2025年8月6日 08:00)
一般社団法人医療法務研究協会理事長
一般社団法人鹿児島県医療法人協会会長
小田原良治
2025年8月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
『医療事故』という言葉は、あまりにも一般的に使用されているため、使う人により意味が異なり、『医療事故』についての議論は錯綜することが多い。まず最初に、説明責任の用語であり、法的責任を問われる有害事象は、『医療過誤』であるということをおさえておきたい。これを前提として、では、『医療事故』の定義はどのように考えるべきであろうか。
法令上『医療事故』の定義は、3つ存在した。年代順に記載すれば、2000年、国立病院宛に出された厚労省通知である「リスクマネージメントマニュアル作成指針」の『医療事故』の定義がある。これは、2015年に国立病院の独法化に伴い、失効している。
次に、2004年に医療法施行規則(医政発第0921001号)医療事故情報収集等事業で定義された『医療事故』の定義がある。この医療事故情報収集等事業は、特定機能病院等を対象としたものであり、現在は、日本医療機能評価機構に引き継がれている。
3番目に、2014年に医療法第3章「医療安全の確保」第1節「医療の安全の確保のための措置」として発足した「医療事故調査制度」上の定義がある。この医療事故調査制度では、医療法第6条の10の条文で『医療事故』が定義されたのであるが、この医療事故調査制度は、病院、診療所、助産所が対象となっており、全医療機関対象の制度であるといえよう。
わが国の医療に関する法体系は、日本国憲法の下、医療法(法律)、医療法施行規則(省令)、通知と3段階になっている。現存している法令上の医療事故の定義は、法律事項である医療事故調査制度上の「医療事故の定義」と省令事項である医療事故情報収集等事業上の「医療事故の定義」の2つである。医療事故調査制度は、病院、診療所、助産所が幅広く対象となっており、医療事故情報収集等事業は、特定機能病院等の限られた大きな病院のみが対象である。
総括すると、法令上、『医療事故』の定義は、上位法令で規定されており、対象範囲も広い医療事故調査制度上の「医療事故の定義」をもって、『医療事故』の定義とするのが当然であろう。
では、医療事故調査制度上の医療事故の定義とは、どのようなものであろうか。この医療事故の定義については、誤解を招かないように、法律条文を正確に把握することが重要であろう。医療法第6条の10で、『医療事故』は、次のように定義されている。すなわち、「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、(かつ)当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」である。
要約すると、「過誤の有無」に関係なく、「医療に起因する死亡」要件(医療起因性要件)と「予期しなかった死亡」要件(予期要件)のみによって判断するものであり、この両要件を共に満たすものが『医療事故』であり、報告対象である。この条文の通り、医療起因性要件と予期要件は、個々別々に検討されるものであり、医療起因性要件を先に検討するか予期要件を先に検討するかは問わない。医療起因性要件を先に検討した場合は、引き続き別途、予期要件の検討を行うのであり、逆に、予期要件を先に検討した場合は、引き続き医療起因性要件を検討することとなる。
このように、医療起因性要件と予期要件で分類すれば、4つの類型が考えられる。①「医療に起因する死亡」であり、かつ「予期しなかった死亡」(医療起因性要件該当、予期要件該当)、②「医療に起因する死亡」であり、かつ「予期した死亡」(医療起因性要件該当、予期要件非該当)、③「医療に起因しない死亡」であり、かつ「予期しなかった死亡」(医療起因性要件非該当、予期要件該当)、④「医療に起因しない死亡」であり、かつ「予期した死亡」(医療起因性要件非該当、予期要件非該当)の4つである。
『医療事故』として報告対象になるのは、①「医療に起因する死亡」であり、かつ「予期しなかった死亡」であり、②③④の類型は『医療事故』に該当せず、報告対象ではない。この4類型については、厚労省Q&AのA2に図示してわかりやすく説明されている。
誤解を招きかねない記載として、『医療事故』を、「医療に起因する予期しない死亡」と要約する解説がみられたが、このように要約すれば、③「医療に起因しない死亡」で、かつ「予期しなかった死亡」(医療起因性要件非該当、予期要件該当)類型が抜け落ちる可能性があり適切ではない。
また、『医療事故』か否かは、医療起因性要件と予期要件のみによって判断するものであり、「過誤の有無は問わない」のであるから、『医療事故』であっても『医療過誤』でない例が存在するのと同時に『医療過誤』であっても『医療事故』でない例も存在し得る。
「医療事故の定義」は、医療事故調査制度の1丁目1番地であり、法令事項である。したがって、『医療事故』を論ずる際には、医療法第6条の10の条文に記載されている『医療事故』の定義を正確に把握しておく必要がある。同時に、医療事故調査制度の論考を評価するに際して、まず確認すべきは、「医療事故の定義」が正しく為されているか否かであろう。医療事故調査制度が施行後10年になり、厚労省に「医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会」が設置された今日、あらためて、「医療事故の定義」を再確認しておきたい。
参考資料
①小田原良治:未来の医師を救う医療事故調査制度とは何か(初版)幻冬舎2018年12月18日
②小田原良治:未来の医師を救う医療事故調査制度とは何か(改定版)幻冬舎2025年2月27日