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Vol.25149 再評価すべきメトホルミン

医療ガバナンス学会 (2025年8月7日 08:00)


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※この文章は、『ロハス・メディカル』2025年夏号に掲載された記事の本文を抜き出したものです。コラムなども読みたい場合は、『ロハス・メディカル』サイトの電子書籍をご覧ください。

2025年8月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

その安さと安全性・有効性から欧米で2型糖尿病の第1選択治療薬となっているメトホルミンに、有益な働きが新たに次々と見つかっています。

メトホルミンは、ビグアナイド(BG)薬に分類されます。ビグアナイドは、中世から口喝や多尿など糖尿病の諸症状を和らげる作用を知られていたマメ科植物ガレガソウ(フレンチライラック)の薬効成分「グアニジン」を2個結合した化合物です。グアニジン単体では毒性が強過ぎるところ、ビグアナイドなら許容範囲内に収まりました。

このビグアナイド末端に付く分子がそれぞれ異なるフェンホルミン、ブホルミン、メトホルミンが50年代初頭から次々と開発され、BG糖尿病治療薬として広く用いられるようになりました。

このうちメトホルミンが日本で承認されたのは、60年以上前である61年のことです。なお、同じ50年代半ばから70年代はじめにかけて、かつて糖尿病治療に汎用されたスルホニル尿素薬(SU薬)も数多く登場しています。

70年代に入ると、フェンホルミンの服用患者が乳酸アシドーシス(代謝産物である乳酸の蓄積で血液が酸性になる)で死亡するなど重篤な副作用事例が頻発したため、77年に日米欧で使用禁止となりました。その影響を受けて、メトホルミンも処方が避けられるようになりました。実際には脂溶性のフェンホルミン/ブホルミンと水溶性のメトホルミンとでは危険性が大きく異なり、過剰反応だったことが今では分かっています。

98年になって、発症早期の肥満2型糖尿病を対象としたイギリスの大規模臨床試験UKPDS34の結果が発表され、メトホルミンがSU薬やインスリン製剤との比較で心血管イベント、脳卒中、死亡の相対リスクを有意に低下させていたことから、世界では再評価の機運が高まりました。

ただ我が国では、その少し前からα-グルコシダーゼ阻害薬(代表薬:アカルボース、ボグリボース)、速効型インスリン分泌促進薬(同:ナテグリニド、ミチグリニド)、チアゾリジン系薬(同:ピオグリタゾン)、DPP-4阻害薬(同:シタグリプチン、アログリプチン)、SGLT2阻害薬(同:ダパグリフロジン、カナグリフロジン)と、異なる作用機序の内服薬が切れ目なく登場し続け、製薬企業が繰り広げるプロモーション活動に医療界も喜んで乗った結果、メトホルミンの処方は必ずしも増えないまま現在に至っています。日本糖尿病学会編・著の『糖尿病診療ガイドライン2024』でも、治療薬の選択は「それぞれの薬物作用の特性を考慮に入れながら,各患者の病態に応じて行う」と奥歯にモノの挟まった表現です。

●AMPK活性化に抗がん効果を期待

さて60年以上も使われてきた薬なのに、実はメトホルミンの作用機序は未だ正確に分かっていません。働く場所や経路が多岐に渡るからです。
分かっている中で特に重要と見られているのが、肝臓での糖新生抑制と筋肉や脂肪など末梢組織での糖取り込み促進(インスリン感受性改善)で、そのどちらにもAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化が関与しています(コラム参照)。

そして、このAMPKの活性化に抗腫瘍(がんに対する抵抗力が上がる)効果があるのは、ほぼ確実と見られています(コラム)。このため、メトホルミンの服用は発がん予防になるかもしれないと考えられており、一歩踏み込んでがん治療にメトホルミンを使う試行錯誤も世界中で行われています。

24年の我が国だけでも、メトホルミンと抗PD―1抗体(免疫チェックポイント阻害薬)を併用したら腫瘍血管が正常化されて抗がん効果も高くなったと岡山大学のグループから『米国科学アカデミー紀要』(PNAS)に報告されたり、メトホルミンなどミトコンドリア阻害剤を併用したらトリプルネガティブ乳がんにPARP阻害剤が効くようになったと、がん研究会などのグループから『Science Signaling』誌に報告されたりしました。なお、岡山大学のグループは、間歇的絶食とメトホルミンを組み合わせると、さらに効果が高まる可能性も報告しています。

●腸へ糖排泄増やし腸内細菌叢を育む

メトホルミンが血糖値を降下させる驚くべき経路として近年新たに見つかってきたのが、血中から腸管へのグルコース排泄です。
これまでの理解だとグルコースは、食物に含まれるデンプンなどの多糖類が消化酵素による何段階かの分解を受けた結果の最終産物で、それを小腸上皮細胞が取り込んだ後、血中へ溶け込ませて体内循環へ乗せるという一方通行で流れるものでした。

それが実は、血中から小腸の細胞を経て腸管内へという逆方向の流れも存在するようなのです。メトホルミンを服用している人はPET検査で腸管内に糖の集積が見られやすいという現象をヒントに、神戸大学のグループがヒトとマウスを対象とした研究で明らかにしました。

その逆方向の流れは通常時から存在するもので、メトホルミンを服用したら排泄量が4倍に増えたと今年3月の『Communications Medicine』誌で報告されました。排泄された糖は腸内細菌の栄養となり、余った分は便として排泄されるようです。

過去に何度も紹介してきたように、腸管内には100兆個とも言われる大量の細菌群が棲みついて腸内細菌叢を形成、宿主である私たちと共生関係にあります(本誌158号特集参照)。特に善玉菌と呼ばれる菌群の働きで重要なのが、食物繊維を代謝して有用な短鎖脂肪酸(コラム参照)を産生することです。

メトホルミンの服用で腸内に増えたグルコースは腸内細菌の栄養となり、結果として短鎖脂肪酸の産生を増やしているようです。

メトホルミンが下げるのは血糖値だけではありません。

東京医科歯科大学(現・東京科学大)のグループが18年、マウスを使った研究で、メトホルミンによって尿中への食塩排泄量が増えること、それは腎臓尿細管にあるナトリウム-クロライド共輸送体(NCC)のリン酸化が抑制されて食塩再取り込みも抑制されるからだと『Metabolism』誌に報告しました。本態性高血圧の人に対して真っ先に行われるのが減塩指導ですが、摂取してしまったなら、さっさと捨てるのも降圧には役立ちます。

この他にもメトホルミンには血管拡張作用や炎症抑制作用などが報告されており、それだけで効果が充分かという問題はあるにせよ、明らかに血圧を低下させる方向へ働きます。

こんなに有用で、しかも1日500mgを2回という標準服用量なら薬価1日たったの21円弱(3割負担なら6円)でしかないメトホルミン、もっと高く評価してよいのではないでしょうか。

 

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