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Vol.25151「されど、卒業論文」-チームでこそ成し得た国際論文採択への道のり―

医療ガバナンス学会 (2025年8月12日 08:00)


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岡山県立大学(音楽教育学・ヴァイオリン)
安久津太一

2025年8月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

卒業論文は、大学4年間の学修の集大成として位置づけられる。通常、卒業研究は、大学内の教員が受け持ち学生の研究指導と評価を担う。成果は学内の卒業論文発表会や要旨集の中でのみ発表する場合が多い。クローズな研究発表を前提としていることもあり、ともすると最新の研究動向よりも、教員個人の経験則や権威に依存して、テーマ設定や研究方法等が選択されるケースも散見される。いずれにしても、学部生の卒業研究の内容が、学外の研究の世界、とりわけ国際的な研究の舞台に向けて発信されることは、大変珍しいことである。
このたび、岡山県立大学の卒業研究の内容が、国際的な医学雑誌に掲載された。本稿では、論文の概要を示しつつ、今回の成果につながる鍵となった、チームでこそ成し得た、国際論文執筆体験談を示すこととする。

本研究は、令和6年度に、岡山県立大学保健福祉学部子ども学科大月由芽さん(令和7年卒業)による、子ども時代の生活・音環境と現在苦手に感じる音に関する卒業論文の調査が出発点となった。当時筆者が大月さんはじめ4年生の卒業論文の指導を担当させていただいていた時期に、教育・研究上の課題意識に関して、医療ガバナンス研究所理事長上昌弘先生にオンラインで助言をいただくチャンスをいただいた。
学生が手掛けている卒業研究のトピックスを基に、研究の国際発信を目指せないか、単刀直入に相談すると、研究チームを立ち上げる、力強い具体的なご示唆をいただくことができた。医療ガバナンス研究所・公益財団法人ときわ会常磐病院乳腺甲状腺センターの尾崎章彦医師は、日頃から研究のみならず、保育・教育や音楽の話題を共有させていただいてきていたが、即時にチームの立ち上げを、快く受けてくださり、一気にチームによる国際論文の執筆がはじまった。

最終的に、岡山県立大学、医療ガバナンス研究所、大阪大学、ノッティンガム大学(英国)の研究者から成るチームが、幼少期の環境や性格特性が、どのように成人の日常生活で接する音の感受、とりわけ多くの人にとっては必ずしも気にならない音が、一部の人には不快感をもたらす事象に関する予測因子を特定するに至った。成果は、国際的な医学雑誌Cureus Journal of Medical Scienceに掲載された。
特に幼児期の保護者の大きな声や、厳格な姿勢、家庭環境が、苦手な音、気になる音の発現に影響し得るという知見は、保育・教育場面での保育者の援助や、家庭における音環境を考察するうえでの、有用な示唆となる。以下が研究の概要である。

[研究の背景]
私たちが日常接する音に対する感受性には個人差があり、環境や、性格特性の影響を受ける。本研究では、多くの人にとっては必ずしも気にならない音が、一部の人には不快感をもたらすことに着目し、幼少期の生活環境や性格特性が、どのように聴覚過敏傾向の発現に影響するのかを検証した。

[研究の方法]
380名(N=380)の日本人成人(18~56歳)を対象に質問紙調査を行った。参加者には39種類の日常接する音に対する感情を評価してもらった。因子分析により、潜在的な聴覚感受性の要素を抽出した。重回帰分析により、幼少期の音環境と、標準化された心理尺度で測定した性格特性が、聴覚過敏傾向が発言する予測因子としてどのように影響しているかを検証した。

[結果と考察]
音の感受が過敏になる傾向性は多因子的であり、発達段階における音環境と性格特性双方によって形成されることが明らかにされた。39種類の音に対する評価から、音への敏感さに関連する2つの側面(WLS1およびWLS2)が特定されました。WLS1は微細で目立たない音への感受性を反映し、幼少期の親からの影響、感情の反応、自己主張性などによって予測された。
対してWLS2は、大きな音や鋭い音への感受性を示し、例えば心配による不眠、疲労、衝動性といった要素とは強い相関が見られた。微細な音および強い音に対する反応は、それぞれ異なる心理的メカニズムによって影響を受けていることが示唆された。音の感受性は、発達段階における経験、とりわけ家庭での保護者の大きな声や厳格さが、聴覚過敏傾向の形成に影響を与えることが示唆された。

そして、以下が執筆体験談である。大変ありがたいことに、全共著者から所見を得ることができた。著者順で、ここに原文のまま供したい。

2025年のはじめ、尾崎先生から任せていただき、迷わず着手しました。音という入口から子どもの成長を読む試みは、質問紙を因子分析で形にするたびに手応えがありました。執筆・解析として最初に結果が立ち上がる瞬間の高揚が、次の一歩を押してくれます——気づけばすぐに尾崎先生、村上先生へ共有したくなるほどに。途中、村上先生から「多くの人は平気でも一部にはつらい音」や受け手の像を考える視点をいただき、見えていなかった問いが開けました。このチームで働けて本当に良かった。成長の機会をくださった先生方に感謝します。(医療ガバナンス研究所・原明美)

研究にあたり、まず自身のこれまでの経験を振り返る中で「自分が本当に知りたいことは何か」という問いに向き合い、テーマを考えました。その後の質問紙調査では、明らかにすべき課題を明確にした上で、それを知るためにはどのような問いをどのような順序で、どのように分析すべきかを論理的に検討し、調査を進めてまいりました。この過程を通して、問題を順序立てて考える力の重要性を再認識し、貴重な学びを得ることができました。ご協力いただいたすべての方々に心より感謝申し上げます。(岡山県立大学令和6年度卒業 大月由芽)

日常生活をしているときのささいな苦しみは、日々絶えず迫ってくるにもかかわらず、他人にはなかなか理解しづらいものかもしれません。これは、日常生活で経験する音に対する敏感さについても当てはまることで、それがこの論文で扱った内容です。この論文の調査・執筆を通して、病院にかかるほどではないが音に対する敏感さゆえに苦しんでいる人が多くいることに気付かされました。明確に名前がついていなかったり、強く認知されていなかったりする症状に特有の苦しみについて、私自身多くのことを学ぶことができました。(清水敬太 医療ガバナンス研究所)

大月さんの卒業論文をもとに、論文化のお手伝いをしました。多くの人が苦手とする音の特徴は何か、どのような人がそれを苦手とするのかという点に焦点を当てて書かれており、私からは統計解析および論文全体へのコメントに加えて、「多くの方は苦手にしていないが、一部の方が苦手とする音は何か」という視点を取り入れた解析も提案しました。
尾崎さんが優れた研究者をつなぎ、原さんが解析の洗練と原稿執筆を担当し、それぞれが得意分野から貢献するというスタイルで、チームが一丸となって取り組みました。安久津さんのご指導のもとで、のびのびと書かれたことがうかがえる、とても思いのこもった素晴らしい卒業論文でしたので、共著者として貢献できたことは何よりの喜びでした。(村上道夫 大阪大学感染症総合教育拠点)

本研究は「日常音への感受性」というユニークで興味深いテーマを扱っており、初めて読んだときから強く印象に残りました。私はこの分野の専門ではありませんが、論文の構成や結果の見せ方について協力させていただきました。ぜひ多くの方に読まれ、また世界でこのテーマを研究する研究者の方々の今後の研究に貢献することを願っています。(小寺康博 ノッティンガム大学)

安久津先生とは、以前より個人的にご縁があり、懇意にさせていただいております。音楽家としてのご活躍に加え、学術的な分野にも真摯に取り組まれているお姿には、常に感銘を受けてまいりました。このたびは、大月さんと安久津先生のご研究を論文としてまとめるお手伝いをさせていただく機会に恵まれ、私にとっても非常にありがたく、光栄な経験でした。もっとも苦労したのは、掲載先のジャーナルを見つけることでしたが、最終的には無事に掲載へと漕ぎ着けることができました。中でも、安久津先生に大変お喜びいただけたことが、私にとって何より嬉しいことでした。
(尾崎章彦 医療ガバナンス研究所、公益財団法人ときわ会常磐病院乳腺甲状腺センター)

最後に筆者から、最初の一歩を丁寧に指南してくださった上先生、そして尾崎先生、執筆の中心を担ってくださった原先生はじめ、素晴らしいチームの先生方に心からの感謝を表したい。一線の研究者等が頻繁なLINEでの意見交換を行い、紆余曲折を経て、しかし一気に国際論文に到達できたプロセスに、感銘を受けた。また卒業研究に取り組む過程でも、学科外、学外の多くの貴重なアドバイスを得た。就実大学教育学部教育学科飯田智行先生、岡山県立大学情報工学部人間情報工学科大山剛史先生、同デザイン学部建築学科原田和典先生に、ゼミナールの学生等共々ご指導いただいた。有益なご助言をいただいた先生方に心からの感謝の意を表したい。
新しい知見をもたらすのは、ひょっとすると、ある学生さんによる一編の「卒論」かもしれない。今回の貴重な経験を基に、「されど」卒業論文と、自身の指導への自戒も込めて、日本の次世代に、ひそかに期待をしている一人である。

論文リンク:
Individual Differences in Sensitivity to Everyday Sounds: Developmental, Environmental, and Personality Predictors of Auditory Processing | Cureus

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