医療ガバナンス学会 (2025年8月13日 08:00)
この原稿はプレジデントオンライン(2025年5月2日配信)からの転載です。
https://president.jp/articles/-/94861
ナビタスクリニック川崎 副院長
小林千春
2025年8月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
実際に、働く女性の月経関連症状による経済損失は1年あたり6828億円という試算があります。そのうち75%(4911億円)はプレゼンティーズムといって、出勤はするものの効率が低下するために生じる労働損失によるものです。PMSや月経痛により仕事のパフォーマンスが半分以下になる人は44%いるものの、月経異常に対して何もせずに働く女性が多い(44%)と報告されています。低用量ピルへの潜在的な需要は大きいのです。また、試験や大会などでのパフォーマンスへの影響も考えれば、ホルモンバランスを調整できることは女性が社会で今よりもっと活躍することにもつながります。
そんなときに、「体のリズムを整える手助け」として使えるのが、低用量ピルです。
実は、欧米では10代の若者が医師の指導のもとで低用量ピルを使って体調管理をすることはごく普通のことですが、日本では低用量ピルへの理解が進まず、普及が遅れていました。例えば世界保健機関(WHO)が公表している避妊方法としての低用量ピルの服用率は先進国29カ国で22.4%ですが、日本は2015年時点で0.9%でした。1999年にようやく日本でも低用量ピルの使用が認可され、2015年からオンライン診療が始まったことで近年少しずつ服用率が上昇しており、低用量ピルの出荷量に基づく推定では6.1%ほどの女性が服用しているとされています(https://smaluna.com/assets/pdf/PILL-FACTBOOK_V2.pdf ネクイノの調査)。
本稿では低用量ピルの正しい知識や、どんな場面で使えるのか、どこで相談すればよいのかといったポイントを、わかりやすくお伝えします。
低用量ピルには自費の経口避妊薬(OC: oral contraceptive)と月経随伴症状の治療として保険適用される低用量エストロゲン・プロゲスチン(合成プロゲステロン)配合薬(LEP: low dose estrogen-progestin)の2種類があります。近年はエストロゲンの量が「超低用量(ULD)」のものもあり、むくみや吐き気などの副作用が減っています。
低用量ピルは、少量のエストロゲンと少量のプロゲスチンが合わさった薬です。内因性のホルモン分泌を低下させることで、子宮内膜がそれほど分厚くならないため、剥がれる子宮内膜の量が減ることで生理痛を軽減させ、子宮内膜症を改善させる効果があります。出血量が減ることで貧血の改善や予防にもつながります。
また、低用量ピルを飲むことで、ほぼ28日周期で一定に生理が来るようになり、スケジュール管理もしやすくなります。生理前のイライラ、気分の落ち込み、集中力の低下などの心身の不調はPMS(月経前症候群)とよばれますが、低用量ピルを使うことでホルモンの波が穏やかになり、症状が和らぐ方も多いです。一部のピルには、ニキビの原因となる男性ホルモンの働きを抑える効果もあります。さらに卵巣がん、子宮体がん、大腸がんのリスクを減らすことが報告されています。
このように、低用量ピルは避妊目的だけでなく、「日常の体調を整える薬」としても多くの女性にとって心強い味方になります。
低用量ピルの具体的な飲み方は、月経1日目から飲み始めるのが原則ですが、妊娠していないことが確実であればいつから開始しても構いません。基本的には21日間飲んで7日休むと休薬期間中に消退出血(月経)が起こります。例えば週末の月経を避けたい場合は日曜日から低用量ピルの内服を開始することを勧めます。
高校3年生のAさんは、中学時代から月経痛が強く、月経のたびに鎮痛薬が欠かせませんでした。加えて、月経前には情緒不安定や頭痛、下痢などのPMS症状もみられ、学校生活に支障を来すことが度々ありました。大学受験の試験日程が確定し、第一志望の国立大学の入試日付近がちょうど月経と重なる可能性があり、不安を感じて内科クリニックを受診しました。相談のうえ低用量ピルを開始して服薬スケジュールを調整し、結果として試験日当日は月経が起こらず、PMSや生理痛に悩まされることなく、集中して試験に臨むことができました。現在も月経痛の改善を目的に継続服用しており、日常生活も安定しています。
一方この方法では月経周期をコントロールできますが、月経回数を減らせないため、PMSで困っている方には必ずしも解決法になりません。そこで登場したのが低用量ピルの連続内服です。2017年発売のヤーズフレックスは120日間、2018年発売のジェミーナは77日間連続内服できるようになりました。月経回数を減らすことで、月経関連の不調を減らすことができるのです。
こんなに減らして大丈夫なのかと心配される方もおられますが、現代女性は昔の女性に比べて出産回数が減ったために月経回数が増え、月経困難症や子宮内膜症が増えたと考えられており、出血を止めていることによって体に問題が起こることはないとされています。また内服を止めれば、排卵・妊娠できるようになります。
月経移動では、低用量または中用量ピルが使用されますが、吐き気などの副作用の少ない低用量ピルを使う方法がお勧めです。この場合は大事なイベント予定日の3週間以上前から開始し、14日間内服して内服終了の2~5日後に月経を起こします(イベントの前に月経が終わる)。イベント予定日が2週間以内に迫っている場合は、中用量ピルを予定日が終わるまで内服することになりますが、この方法ではイベント中に中用量ピルによる吐き気などの体調不良が起こる可能性があります。
低用量ピルは医師の処方が必要です。「ピルを使ってみたいけれど、産婦人科に行くのはちょっとハードルが高い……」そんなふうに感じる方は、少なくありません。実は、低用量ピルは産婦人科だけでなく、内科やプライマリケア(かかりつけ)の内科でも処方されることがあります。最近はオンラインでの処方が可能なクリニックも増えており、ピルを服用している女性の6割はオンライン処方を受けたことがあるという統計もあります(https://www.cyberagent.co.jp/news/detail/id=28039 , Lunatomoの調査)。
不正出血などがあれば産婦人科受診が必要なこともありますが、一般的にはピルを処方するために内診は必要ではないのです。「ピルは高い」というイメージを持っている方もおられますが、保険適用の場合、1カ月1000円~2500円程度です。
実際の処方までの流れとして、①チェックシートの記入、血圧測定、必要に応じて血液検査②医師の診察・説明(ピルの有効性・安全性、副作用について)③低用量ピルの処方が決まったら、服用に関する注意事項(飲み忘れ対策など)、1か月後の予約となります。
多くの方は副作用の心配をされるかもしれません。低用量ピルは、正しく使えば多くのメリットがある薬ですが、どんな薬にも「合う・合わない」があるように、確かに副作用や注意すべき点もあります。
服用を始めたばかりの時期に、吐き気、頭痛、むくみ、不正出血(予定外の出血)が生じることがありますが、多くの場合、3カ月以内に体が慣れて自然におさまることが多いです。
まれに、血のかたまり(血栓)が血管につまる「血栓症」という重い副作用が起こることがあります。35歳以上で1日15本以上喫煙している、前兆のある片頭痛がある、過去に血栓症の既往がある方などは服用できません。とはいえ、血栓症が実際に起こる確率は非常に低く、1万人/年あたりピル未使用の場合1~5人程度と比べて、ピル使用では3~9人とわずかに上昇しますが、妊娠中(5~20人)や産後(40~65人)と比べると決してリスクが高いわけではありません。
「命にかかわる病気ではないから」「我慢できないわけではないから」と、自分の不調を後回しにする方も多いですが、月経のトラブルは、生活の質やメンタルにも影響を与える“医療が必要な状態”です。ピルの処方は決して特別なことではなく、今ではオンライン診療や学生向け相談窓口など、より身近な選択肢も広がってきています。
低用量ピルは、単なる避妊薬ではなく、女性が人生をより安心して、自分らしく過ごすための医療ツールです。「月経は我慢するしかない」「つらくても仕方ない」と思い込まず、自分の健康を自分で守るため、世界で当たり前になっているケアを、日本でももっと身近に感じてよい時代になってきています。
ピルには副作用や注意点もありますが、それらを正しく理解し、信頼できる医師と相談しながら使うことで、安心して活用することができます。
「なんとなく怖い」「周りに使っている人がいない」と思っていた方も、今回の情報をきっかけに、“自分の体をもっと大切にできる選択肢”があることを知ってもらえたら嬉しいです。
まずはかかりつけの先生、学校の保健室や養護教諭、家族や信頼できる大人に、自分の体調のことを話してみてください。