医療ガバナンス学会 (2025年8月21日 08:00)
この原稿はAERA DIGITA(2025年6月11日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/articles/-/258394?page=1
内科医
山本佳奈
2025年8月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
つい先日のことです。頭頂部の頭皮に強いかゆみが出現し、次第に耳や足、背中など全身に広がっていきました。気がつくと、無意識にかきむしってしまっていました。
「どうして、こんなにかゆいのだろう?」と不思議に思っているうちに、今度は激しい下痢が続くようになりました。食後しばらくするとお腹が張り、突然の腹痛とともに激しい下痢に襲われます。しばらくしても腸の違和感が残り、トイレから出た後もスッキリしない感じが続きました。ほんの少し食べただけでもお腹が張るようになり、食事をするのが怖く感じるほどでした。
「もしかして、卵が原因かもしれない…」
そう思い至ったのは、5年ほど前の経験があったからです。当時も頭のかゆみから始まり、今回と同様の腹部の症状が続きました。採血によるアレルギー検査の結果、「オボムコイド」と「ミルク」で陽性判定が出たのです。
「オボムコイド」とは、卵白に含まれるタンパク質の一種で、卵アレルギーの原因となる代表的な成分です。オボムコイドに特徴的なのは、加熱しても構造が壊れにくいという性質を持っていることです。そのため、ほかの卵白タンパク質よりも免疫反応を起こしやすく、卵アレルギーのある人は、生卵はもちろん、加熱したゆで卵や卵焼きなどでも症状が出ることがあります。卵アレルギーの中でも重症化しやすいタイプの原因とされており、医療現場では、アナフィラキシーなど重篤な反応につながるリスクが高い成分として警戒されています。
●カフェラテ、ゆで卵、卵かけご飯の日々
5年ほど前の当時の私は、牛乳をたっぷり入れたカフェラテを毎日飲み、ゆで卵や卵かけご飯など、卵も日常的に摂取していました。偏食気味の私は、気に入ったものを食べ続けてしまう傾向があり、知らず知らずのうちにアレルギー症状を引き起こしてしまっていたのです。
アレルギーというと、花粉症のような鼻水やくしゃみ、目のかゆみ、発疹などを思い浮かべがちですが、実際には腹痛や下痢、吐き気、咳、息苦しさといった消化器や呼吸器の症状も出ることがあります。
過去に「オボムコイド」で陽性と出ていたにもかかわらず、ここ半年ほどは毎日卵を食べる生活を送っていました。朝食のスクランブルエッグや運動後のゆで卵など、1日1〜2個は確実に食べていたと思います。すると、以前と同様のかゆみや腹部症状が再発したのです。
成人してからアレルギーを発症するというと意外に思われるかもしれませんが、実はそれほど珍しいことではありません。米国の研究によると、成人の約10.8%が何らかの食物アレルギーを持ち、そのうちおよそ半数が成人期に初めて発症したと報告されています(Gupta RS, et al. JAMA Netw Open. 2019;2(1):e185630)。
●成人してから発症の背景は?
その背景にはさまざまな要因があると考えられています。加齢に伴う免疫系の変化や、抗生物質の使用、生活習慣の変化による腸内環境の乱れなどが、アレルゲンに対する防御機能を弱めてしまうことがあるといわれています。
2021年に発表された論文(Keet CA, et al. Curr Opin Immunol. 2021;72:136–142)では、大人になってから食物アレルギーを発症する理由として、いくつかの仕組みが考えられると紹介されています。たとえば、皮膚や腸の粘膜からアレルゲン(アレルギーの原因となる物質)に繰り返し触れることで、体がそれを「異物」として認識し始めることがあります。また、抗生物質の使用やストレス、生活習慣の変化によって腸内環境(腸内フローラ)が乱れると、免疫のバランスも崩れやすくなり、アレルギーを起こしやすくなるともいわれています。さらに、もともと別のアレルギーがあった人が、似たような構造の食品に反応してしまう「交差反応」も、その原因のひとつとされています。
子どもの頃にアレルギーがあった場合でも、大人になるにつれて症状が出なくなることがあります。しかし、そうした体質が完全に治ったわけではなく、大人になってから再びアレルギー症状が出てくることがあります。さらに、長い間食べていなかった食品を久しぶりに食べたときに、体がその食べ物を“異物”とみなして反応してしまい、症状が現れるケースもあるのです。
●日常的に食べていたものが反応
私の妹は、子どもの頃から卵や牛乳、小麦などさまざまなアレルギーがあり、日々とてもつらそうでした。見守る親も、もちろん本人も、とても大変だったと思います。私は幸いにも大きな問題なく育ちました。ところが30代になってから、日常的に食べていたものに身体が反応するようになったのです。
5年前の時は、牛乳や卵を控えるようにしたところ、かゆみも腹痛も自然と治まり、下痢も改善されました。カフェでは豆乳やアーモンドミルクを選び、自宅でも同様に変更。整腸剤も継続していましたが、しばらくすると飲み忘れるほど調子が安定していました。ただ、また最近になり、「少しなら大丈夫かも」と卵を再び食べるようになった結果、美味しいからといつの間にか少しずつ量が増えていたことに気づかず、結果的に再発を招いてしまったのです。
大人になってからのアレルギー症状は、風邪や胃腸炎と間違えやすく、気づきにくいものです。でも、「なんとなく体調が悪い」と感じたら、それは体が発しているサインかもしれません。子どもだけのものと思われがちな食物アレルギーが、実は大人にも起こる——そのことを私は、身をもって実感しています。かゆみや腹痛は、日常生活にも大きな負担になります。もし同じような不調に悩んでいる方がいれば、ひとりで抱え込まず、ぜひ一度相談してみてください。