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Vol.25160 医療事故調査制度と管理者の責務

医療ガバナンス学会 (2025年8月25日 08:00)


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(一社)鹿児島県医療法人協会会長
(一社)医療法務研究協会理事長
小田原 良治

2025年8月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2014年(平成26年)6月25日、「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」が成立し、医療法が改正された。改正された医療法では、第3章「医療の安全の確保」の第1節「医療の安全の確保のための措置」として、医療事故調査制度が位置付けられた。同制度は、2015年(平成27年)5月8日に省令・通知、同25日には、厚労省Q&Aが出されることによって創設された。この医療事故調査制度は、改正医療法附則第2条第2項の規定により、2016年(平成28年)6月24日に見直しが行われた。この医療事故調査制度に関連した病院等の管理者の責務について、認識しておくべき重要な部分を、若干確認しておきたい。

1.医療法第6条の10(報告)関係

医療法第6条の10では、報告すべき『医療事故』の定義について述べている。報告すべき『医療事故』とは、「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、(かつ)当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」とされている。この『医療事故』が発生した場合には、当該管理者は、遅滞なく、当該医療事故の日時、場所及び状況その他を医療事故調査・支援センター(センター)に報告しなければならない。また、病院等の管理者は、センター報告をするに当たっては、遺族に説明することとされている。

この報告すべき『医療事故』か否かについて、「医療に起因する死亡」要件と「予期しなかった死亡」要件を併せて検討し、報告すべき『医療事故』に該当するか否かを管理者が判断しなければならない。
「予期しなかった死亡」要件については、医療法施行規則第1条の10の2の第1項、第1号から第3号までに規定されており、該当性を管理者が組織として判断しなければならない。「医療に起因する死亡」要件についても、医療安全委員会の意見を聞いて管理者が判断することされている。

医療事故調査制度が、医療現場中心の医療安全の制度である以上、これらの責務は当然のことであり、管理者は死亡事例を把握しておく必要があろう。この『医療事故』か否かの判断は、病院等の管理者の責務であると同時に管理者の裁量とも言うべきものである。この『医療事故』か否かの判断を避け、外部に丸投げするがごとき意見があるようであるが、管理者の責務は同時に管理者に判断権限があるということだと考えれば、このような意見は大きな間違いであろう。

「予期しなかった死亡」要件の判断が困難であるとの意見も、誤解である。省令・通知で規定されているからこそ判断が行いやすいはずである。実際ある程度までは事務的に判断が可能であろう。管理者としては、「予期しなかった死亡」要件が明確に示されているので、事前に、患者・家族への説明、診療録等への記載を医療現場に徹底させることによって、『医療事故』の発生を予防でき、全体的に医療安全のレベルが向上すると考えるべきであろう。

医療法施行規則第1条の10の2第4項は、「病院等の管理者は、法第6条の10第1項の規定による報告(センター報告)を適切に行うため、当該病院等における死亡及び死産の確実な把握のための体制を確保するものとする。」と記載されている。この第4項は、2016年6月24日の制度見直し時に追加された重要規定なので、あらためて説明を行いたい。

2.医療法第6条の11(院内医療事故調査)関係

管理者は、『医療事故』が発生した場合には、「医療事故調査」を行わなければならない。また、管理者は、「医療事故調査」が終了したときは、遅滞なくセンター報告を行わなければならない。また、報告に当たっては、あらかじめ遺族に説明を行わなければならないこととなっている。

センター報告を行うに当たっては、管理者は、当該医療事故に係る医療従事者等の識別ができないように加工した報告書を提出しなければならない(医療法施行規則第1条の10の4第2項、3項)ことに留意すべきである。医療安全部会等の院内組織から提出された報告書をそのままセンターに報告してはならないのであって、管理者は、顧問弁護士等とも協議して、当該医療事故関係者等の識別ができないように報告書を加工しなければならない。この作業を怠ると、万一、係争等になった場合、当該医療事故関係者から責任を問われる可能性があることを認識しておくべきであろう。

3.医療法第6条の12他

医療法第6条の12では、医療安全を確保するための指針の策定、従業者に対する研修の実施その他の医療安全の確保のための措置を講ずることが義務づけられている。

また、医療法第15条では、「病院又は診療所の管理者は、この法律に定める管理者の責務を果たせるよう、当該病院又は診療所に勤務する医師、歯科医師、薬剤師、その他の従事者を監督し、その他当該病院又は診療所の管理及び運営につき、必要な注意をしなければならない。」と規定されている。医療法は、直接管理者に責務を課すと同時に、管理者に従業者の管理監督義務を課している。

4.2016年(平成28年)6月24日の医療事故調査制度見直しについて

2016年(平成28年)6月24日、改正医療法附則第2条第2項の規定に基づき、医療事故調査制度の見直しが行われた。前述した、医療法施行規則第1条の10の2第4項関係事項である。
前述したとおり、「病院等の管理者は、法第6条の10第1項の規定による報告(センター報告)を適切に行うため、当該病院等における死亡及び死産の確実な把握のための体制を確保するものとすること。」とされた。同日付で、厚労省医政局総務課長通知(医政総発0624第1号)が出され、以下の通り「病院等の管理者について」詳細が記載されている。

①改正医療法による改正後の医療法施行規則第1条の10の2に規定する当該病院等における死亡及び死産の確実な把握のための体制とは、当該病院等における死亡及び死産事例が発生したことが病院等の管理者に遺漏なく速やかに報告される体制をいうこと。

②病院等の管理者は、支援を求めるに当たり、地方協議会から支援団体の紹介を受けることができること。

③遺族等から法第6条の10第1項に規定される医療事故が発生したのではないかという申出があった場合であって、医療事故に該当しないと判断した場合には、遺族等に対してその理由をわかりやすく説明すること。

この「病院等の管理者について」の記述は、医療事故調査制度についての管理者の責務を制度見直し時に追加記載したものである。この①項は、管理者が『医療事故』の発生を把握する上で欠かせない部分である。センター報告すべき『医療事故』は、「医療に起因する死亡」要件と「予期しなかった死亡」要件を共に満たす事例であり、「死亡事例」である。このことを考えれば、管理者はまず、院内の死亡事例を全て把握しておくことが重要となろう。医療法施行規則及び通知は、『医療事故』報告を行うためには、管理者が死亡及び死産を確実に把握しておくことが必要であるとしているのである。

しかし、この仕組みは医療現場の負担になってはならない。忙しい医療現場の負担にならない仕組みを構築しなければならないであろう。これらの点を考慮して、日本医療法人協会は、「死亡全例チェックシート」の作成を推奨している。チェックシートの具体的運用方法は、それぞれの病院等の状況に合わせてルール作りをすればいいと考えるが、少なくとも、死亡事例全例について速やかに管理者に報告する習慣こそが重要であり、当該病院等のガバナンスに関わる重要な問題である。
日本医療法人協会が推奨する「死亡全例チェックシート」あるいは、その修正版を利用して、死亡事例全例を速やかに管理者に報告する体制づくりが重要であろう。死亡事例全例を管理者が把握することにより、センター報告すべき『医療事故』が明確になり、管理者及び院内の従業者の認識の共通化も図られるであろう。

死亡事例全例を把握していれば、管理者が、そのなかで特定の傾向に気づきやすくなるはずである。特定の人物周辺で『医療事故』が再発しているようであれば、速やかな対応も可能であり、『医療事故』の再発防止にもつながる。4コマ漫画「脳外科医 竹田くん」のようなリピーター医師の発生も防止可能であり、情報漏洩問題も防げるであろう。

②項は、管理者への支援について述べられている。③項は、肝に銘じておくべき規定なので、以下に、その意味するところを記載したい。

報告すべき『医療事故』ではないと判断した事例について、遺族等から『医療事故』が発生したのではないかという申出があった場合には、遺族等に対して、『医療事故』ではないと判断した理由をわかりやすく説明するように求めた規定である。これは、医療事故調査制度の1丁目1番地とも言うべき、『医療事故』の定義の説明を義務づけたものであろう。一般に「医療事故」という言葉は多様に用いられている。そのなかには「医療過誤」も含まれている。遺族等からの『医療事故』が発生したのではないかという申出は、「医療過誤」だったのではないかとの思いが含まれていると解すべきであろう。
本制度の『医療事故』の定義にあるように、本制度は、「過誤の有無は問わない」のである。『医療事故』か否かと「医療過誤」か否かは別の問題であって、全く、個々別々に決められることである。『医療事故』であっても「医療過誤」でないものが存在すると同時に、『医療事故』ではないが、「医療過誤」という事例も存在するのである。
したがって、本制度の、報告すべき『医療事故』の定義についてわかりやすく説明し、「医療過誤」とは別問題であることの理解を求める必要がある。同時に、「医療過誤」の可能性についても別途説明をすべきであろう。場合によっては、「医療過誤」関係に関しては、顧問弁護士等の同席が必要かもしれない。最も大事なことは、管理者が医療事故調査制度の『医療事故』の定義をしっかりと理解し、説明できるようにしておくことであろう。
おわりに

医療は現場の裁量なくして機能しない。現場の裁量はある面、当然必要なことと考えるが、近年、種々のトラブルが発生していることも事実であろう。警察権の介入も大きな問題であり、これが本制度創設の発端となった。医療事故調査制度は、種々の変遷を経て、医療安全の制度として出来上がった。医療現場中心の制度となり、医療現場に裁量を残すことができたことは大きな成果であり、医療の継続の保障ともなった。しかし、未だに現在の医療事故調査制度に異を唱える人々は存在している。医療現場の裁量を保障することは、反面、責務も存在するということである。医療法は、種々の責務を管理者に負わせている。また、管理者に、医師、歯科医師、薬剤師その他の従業者の管理監督義務を課している。
間接支配構造をとっているというべきであろう。このような法体系になっている以上、管理者は管理者の責務を認識し、院内のガバナンスに気を配る必要があろう。医療事故調査制度に関して言えば、速やかに、確実に『医療事故』を把握することが重要であり、このためには、死亡事例を全例、速やかに把握することが大事になって来る。「死亡全例チェックシート」の作成がこれらの仕組みの回答の一つとなるであろう。医療現場での「死亡全例チェックシート」の定着を期待したい。

 

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