医療ガバナンス学会 (2025年8月27日 08:00)
本稿は、2025年6月18日に医療タイムスに掲載された記事を転載しました。
公益財団法人ときわ会常磐病院
乳腺甲状腺センター長・臨床研修センター長
尾崎章彦
2025年8月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
常磐病院乳腺甲状腺センターでは、2025年1月より新たな取り組みとして、内科系疾患を抱える患者さんの入院受け入れを本格的に開始しました。
これは、院内の内科診療体制をサポートする試みとして始まりましたが、予想以上の成果と学びをもたらしています。
実際、24年と比較して、25年1~5月の月平均延べ入院患者数は、184人から451人へと2.5倍以上に増加しました。また、入院に関連する診療報酬の月当たり売り上げも、1000万円以上増加しています。
乳腺や甲状腺疾患の患者さんは、基本的に短期入院での手術・治療が中心でした。しかし、内科患者さんの受け入れによって、誤嚥性肺炎や尿路感染症、糖尿病性ケトアシドーシス、さらには脳幹梗塞の一種であるワレンベルグ症候群といった、普段の専門領域では経験しない症例にまで幅広く対応する機会が生まれています。
このような臨床経験の蓄積は、乳がん患者、とりわけ終末期の患者さんに対する全身的な管理や緩和ケアの視点にも好影響を与えており、診療の“解像度”が確実に高まっていると実感しています。
■壁として浮かび上がる「退院調整の困難さ」
一方で、大きな壁として浮かび上がったのが「退院調整の困難さ」です。内科の疾患は手術とは異なり、治療そのものは1~2週間で完了するものの、その後の退院先の確保が容易ではありません。高齢の患者では入院によってADLが低下し、回復しても自宅に戻ることが難しくなるケースが少なくありません。
家族と同居している人であっても、家族がフルタイムで働いていたり、介護スキルや体制が整っていなかったりと、現実的な問題が多くあります。結果的に「家に帰れない」という事態が発生し、在宅復帰が困難になるケースも増えています。
また、療養病床や介護施設への転院も、待機日数や手続きの煩雑さから、スムーズに進むとは限りません。
そこで常磐病院乳腺甲状腺センターが今後特に注力したいと考えているのが、「在宅医療」の推進です。
ある程度まで病状が安定した患者さんに対して、「私たちが自宅に伺ってサポートします」と声をかけることで、退院への不安を軽減し、患者さんや家族が安心して在宅療養に移行できる環境づくりを進めていきたいと考えています。
■「医療モデル」から「生活モデル」への転換
元来、外科単科であった当センターにとって、患者の生活背景や社会的課題と真正面から向き合うことは新たな挑戦でした。しかし、この変化を前向きに受け止め、次の1歩を模索しています。
こうした状況は、現在の「医療モデル」の限界を示しています。今や医療は「治療」だけでは完結せず、患者の生活に踏み込んだサポートが必要とされる時代に入っているのです。
入院から退院、さらにはその後の暮らしまでを一貫して支える体制の構築は、これからの医療に欠かせない視点です。
さらに重要なのは、患者さんが入院する以前の段階から、信頼関係を築き、医療機関への依存を最小限にできるような地域づくりを行うことです。
これは、従来の「医療モデル」から、「生活モデル」「社会モデル」への転換を意味します。つまり、病気を治すことだけでなく、暮らしそのものを支えることが私たち医療者の役割となるのです。
「コミュニティの力」と言葉にするのは簡単ですが、地域ごとの事情や資源は異なり、その実現は決して容易ではありません。
それでも私たちは、目の前の一人ひとりの患者さんと真摯に向き合いながら、地域全体の医療・介護・福祉の課題にも主体的にかかわっていきたいと考えています。そしてその取り組みは、高齢化と人口減少という大きな課題を抱える日本の地方社会の未来にとっても、価値ある一歩になると信じています。