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Vol.25166 医療現場における「医療事故」の意味の混乱を考える①

医療ガバナンス学会 (2025年9月3日 08:00)


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この文章は長文ですので2回に分けて配信いたします。
こちらから全文お読みいただけます。
http://expres.umin.jp/mric/mric_25166-7.pdf

日本医療法人協会理事
鹿児島県医療法人協会会長
医療法務・政策研究協会会長
小田原良治

2025年9月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

医療事故調査制度の1丁目1番地は、『医療事故』の定義であろう。『医療事故』は、医療法で明確に定義されている。すなわち、『医療事故』とは、「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、(かつ)、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」である。
これは、明確な規定であって、「医療起因性」に「疑い例」は含むが、『医療事故』そのものに「疑い例」は含まれていない。また、「過誤の有無は問わない」と明記されており、「過誤」とも切り離されている。『医療事故』は、医療起因性要件と予期要件の2つの要件のみによって判断されることが明記されている。

このように『医療事故』は、医療法で明確に定義されているにもかかわらず、未だに医療現場で混乱がみられる。この一因が、医療法施行規則第1条の11に規定された医療安全管理委員会の立ち位置にあるのではないだろうか。医療安全管理委員会で「インシデント・アクシデント」の管理を行っているが、各病院が、ほゞ、類似した基準を使用しているようである。この基準自体に問題があるわけではないが、この基準が頭を離れないことから誤解が生ずるのではないかと思われる。インシデント・アクシデント分類の死亡事例を短絡的に医療事故調査制度と結びつけると「医療起因性」要件該当性の検討が不十分になる。ここに誤った理解に陥るポイントがあるように思われる。
今回、法令で規定された「医療事故」の意味を再確認し、現状の誤解の原因がどこにあるのかを考察してみたい。

1.法令で規定された「医療事故」

「医療事故」という言葉は、「過誤」を含む言葉として一般に安易に使用されている。このため、誤解を生じかねない言葉であると言えよう。しかし、われわれ医療者としては、誤解をまねかないように正確に表現し、正しく意味を伝える必要があろう。したがって、法令に基づいた「医療事故」の定義について、把握しておく必要がある。

法令上、「医療事故」には、3つの定義が存在した。2000年に国立病院宛に出された「リスクマネージメントマニュアル作成指針」、2004年に出された特定機能病院等が対象の医療事故情報収集等事業上の「医療事故」の定義、それと2014年、全医療機関が対象となった医療事故調査制度上の『医療事故』の定義の3つである。

このうち、「リスクマネージメントマニュアル作成指針」は、2015年国立病院独法化により、失効している(2015年7月6日厚労省に確認)。したがって、現在、存在している『医療事故』の定義は、2つである。このうち、医療事故情報収集等事業は、特定機能病院等が対象の制度であり、省令事項であるのに対して、医療事故調査制度は、全医療機関が対象であり、法律事項であることを考えると、当然、「医療事故」とは、医療事故調査制度の『医療事故』の定義をもって、『医療事故』と用語・用法の統一を図るべきであろう。

2.厚労省通知で規定され、既に失効した「医療事故」

「リスクマネージメントマニュアル作成指針」は、東京都立広尾病院事件の係争中に出された通知であり、「法医学会異状死ガイドライン」とともに臨床現場に悪影響を及ぼした。同作成指針は、次のように記載している。「医療に関わる場所で、医療の全過程において発生するすべての人身事故で、以下の場合を含む。なお、医療従事者の過誤、過失の有無を問わない。ア.死亡、生命の危険、病状の悪化等の身体的被害及び苦痛、不安等の精神的被害が生じた場合。イ.患者が廊下で転倒し、負傷した事例のように、医療行為とは直接関係しない場合。ウ.患者についてだけでなく、注射針の誤刺のように、医療従事者に被害が生じた場合」。このような広い意味で「医療事故」が使われている。

この通知は、医療機関すべてに対して出された通知であると解釈され、永年、医療現場を苦しめた。解決の糸口が見えたのは2012年10月26日の田原克志医事課長の、本通知は、国立病院に宛てた通知であり、他の医療機関は縛られない旨の発言である。リスクマネージメントマニュアル作成指針は、結局、国立病院が独法化されたことによって、対象医療機関が無くなり、失効した。

3.医療事故情報収集等事業で規定された「医療事故」

2004年(平成16年)9月21日、特定機能病院等を対象として、医療事故情報収集等事業(医政発0921001号)が開始された。本制度では、「医療事故」を次のように規定している。「医療機関における事故等の範囲」は、「①誤った医療又は管理を行ったことが明らかであり、その行った医療又は管理に起因して、患者が死亡し、若しくは患者に心身の障害が残った事例又は予期しなかった、若しくは予期していたものを上回る処置その他の治療を要した事案。
②誤った医療又は管理を行ったことは明らかでないが、行った医療又は管理に起因して、患者が死亡し、若しくは患者に心身の障害が残った事例又は予期しなかった、若しくは予期していたものを上回る処置その他の治療を要した事案(行った医療又は管理に起因すると疑われるものを含み、当該事案の発生を予期しなかったものに限る)。③前2号に掲げるもののほか、医療機関内における事故の発生の予防及び再発の防止に資する事案。」となっている。

同通知には、参考1として、「報告範囲の考え方」及び、参考2「事故報告範囲具体例」が示されている。同通知は、特定機能病院等に対する報告義務だけでなく、その他病院についても、医療法第25条第1項に基づく立入検査(医療監視)時に、医療事故事例の情報提供が求められている。

4.医療事故調査制度上の『医療事故』

医療事故調査制度上の『医療事故』は、「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、(かつ)、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」と定義されている。「過誤の有無」に関係なく、「医療に起因した死亡」か否かと「予期しなかった死亡」か否かの2つの要件のみによって『医療事故』の判断が為されるのである。この両要件を共に満たすものが『医療事故』であり、報告対象である。
医療起因性要件と予期要件は、個々別々に検討されるものである。医療起因性要件を先に検討した場合は、引き続き別途、予期要件の検討を行うのであり、逆に、予期要件を先に検討した場合は、引き続き医療起因性要件を検討することとなる。

このように、医療起因性要件と予期要件で分類すれば、4つの類型が考えられる。①「医療に起因する死亡」であり、かつ「予期しなかった死亡」(医療起因性要件該当、予期要件該当)、②「医療に起因する死亡」であり、かつ「予期した死亡」(医療起因性要件該当、予期要件非該当)、③「医療に起因しない死亡」であり、かつ「予期しなかった死亡」(医療起因性要件非該当、予期要件該当)、④「医療に起因しない死亡」であり、かつ「予期した死亡」(医療起因性要件非該当、予期要件非該当)の4つである。
『医療事故』として報告対象になるのは、①「医療に起因する死亡」であり、かつ「予期しなかった死亡」(医療起因性要件該当・予期要件該当)である。②③④の類型、すなわち、医療起因性要件該当・予期要件非該当類型、医療起因性要件非該当・予期要件該当類型、医療起因性要件非該当・予期要件非該当類型は『医療事故』に該当せず、報告対象ではない。

一方、『医療事故』か否かは、医療起因性要件と予期要件のみによって判断するものであり、「過誤の有無は問わない」のであるから、『医療事故』であっても『医療過誤』でない例が存在するのと同時に『医療過誤』であっても『医療事故』でない例も存在し得る。

このように考えてくると、医療事故調査制度の『医療事故』の判断は、他の要素を念頭に置かず、医療起因性要件と予期要件のみによって判断するのであるから、医療安全あるいは紛争に関連する他の制度とは関係なく、別途、独立して判断すべきということになろう。
つづく

 

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