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Vol.25167 医療現場における「医療事故」の意味の混乱を考える②

医療ガバナンス学会 (2025年9月4日 08:00)


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http://expres.umin.jp/mric/mric_25166-7.pdf

日本医療法人協会理事
鹿児島県医療法人協会会長
医療法務・政策研究協会会長
小田原良治

2025年9月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

5.医政発第0921001号医政局長通知とインシデント・アクシデント分類

2004年(平成16年)9月21日、医政局長通知(医政発第0921001号)が出され、医療法施行規則の改正が行われた。特定機能病院等に対して、医療事故発生時の報告が義務付けられた(医療事故情報収集等事業)。報告すべき事故等の範囲は、前述した通り、「①誤った医療又は管理を行ったことが明らかであり、その行った医療又は管理に起因して、患者が死亡し、若しくは患者に心身の障害が残った事例又は予期しなかった、若しくは予期していたものを上回る処置その他の治療を要した事案。
②誤った医療又は管理を行ったことは明らかでないが、行った医療又は管理に起因して、患者が死亡し、若しくは患者に心身の障害が残った事例又は予期しなかった、若しくは予期していたものを上回る処置その他の治療を要した事案(行った医療又は管理に起因すると疑われるものを含み、当該事案の発生を予期しなかったものに限る)。③前2号に掲げるもののほか、医療機関内における事故の発生の予防及び再発の防止に資する事案」であり、「過誤」が混在している。

医政発第0921001号医政局長通知に対応する観点から、各医療機関で「ヒヤリハット」あるいは「インシデント・アクシデント」分類が使用されているようであるが、ほゞ、同じような基準が用いられているようである。ただこれらの分類は、過誤事例が混在しているのであって、医療事故調査制度上の「医療起因性」とは異なったものと言えよう。

したがって、医政発第0921001号医政局長通知に基づくインシデント・アクシデント分類の影響レベル5(死亡事例)を医療事故調査制度に流用すべきではない。流用すれば、過誤類型の混入だけでなく、「医療起因性」要件該当性が実質的に十分に検討されず、「医療に起因せず、予期しなかった死亡」類型が抜け落ちてしまうおそれがある。すなわち、報告対象ではない、「医療に起因せず、予期しなかった死亡」類型が、報告事例に混入する可能性がある。要するに、報告事例が不当に増えるということである。

前述したとおり、医療事故調査制度上の『医療事故』の判断に際しては、医療起因性要件と予期要件を個々別々に検討しなければならない。

医療事故調査制度に関しては、インシデント・アクシデント判定とは、別途、個別的に両要件該当性を検討しなければならないのである。この点について、例えば、独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)医療安全管理指針では、本文中に、「※医療事故調査制度における医療事故の定義は、本定義とは異なることに留意のこと。」と明記されており、医療事故調査制度とは別制度であることが示されている。インシデント・アクシデント分類表のみに頼ると、誤りを犯す危険性があろう。

インシデント・アクシデント分類の死亡事例を医療事故調査制度に持ち込むと予期要件についても判断を誤る危険性がある。インシデント・アクシデント分類の影響レベル5から「予期せぬ患者の死亡」に考えを巡らせば、「予期しなかった死亡」を「死因を予期しなかった」と考えがちである。

医療事故調査制度の予期は、死因を予期ではない。死亡を予期である。「死亡するとは思わなかった」というのが医療事故調査制度の予期要件である。インシデント・アクシデント分類を流用することは、医療起因性要件該当性判断に際しても、予期要件該当性の判断に際しても、誤解に陥るリスクがあると言うべきであろう。

6.医療事故調査制度と医療安全管理委員会の位置づけ

医療法施行規則第1条の11は、病院等の管理者に安全管理のための体制の確保を求めており、第2項で、「医療安全管理委員会」の設置を求めている。「
医療安全管理委員会」の業務としては、次の3項目その他の医療に係る安全管理のための業務を行うこととしている。「医療安全管理委員会」の業務として挙げられているのは、「イ.当該病院等において重大な問題その他医療安全管理委員会において取り扱うことが適当な問題が発生した場合における速やかな原因の究明のための調査及び分析、ロ.イの分析の結果を活用した医療に係る安全の確保を目的とした改善のための方策の立案及び実施並びに従業者への周知、ハ.ロの改善のための方策の実施の状況の調査及び必要に応じた当該方策の見直し」が記載されている。
この「医療安全管理委員会」の業務のイ.に「原因の究明」という言葉が用いられている。このインシデント・アクシデント分類に、そもそも「過誤」類型が混在していることから、「原因究明」の文字が用いられているが、医療事故調査制度は、「過誤」から切り離された制度であり、「原因究明」の文字は使用されていない。医療事故調査制度で用いられている用語は、「原因分析」である。

医療事故調査制度は、『医療事故』を、「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、(かつ)、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」と定義している。この「当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」については、厚生労働省令で定めるとされている。
この厚生労働省令(医療法施行規則第1条の10の2)で定める死亡又は死産は、第1号から第3号までの、各号のいずれにも該当しないと管理者が認めたものとされたが、この第3号に、「病院等の管理者が、当該医療を提供した医療従事者等からの事情の聴取及び医療安全管理委員会からの意見の聴取を行った上で、当該医療が提供される前に当該医療従事者等が当該死亡又は死産を予期していたと認めたもの」と記載されており、医療安全管理委員会からの意見聴取を求めている。これは、医療の専門性を考慮して、管理者が『医療事故』の判断をする際に参考とするために行うべき意見聴取規定である。

一方、管理者は、センター報告あるいは遺族への説明に当たっては、当該医療事故に係る医療従事者等の識別ができないように加工した報告書を提出しなければならない旨、省令で規定されている。院内事故調査後にセンターに提出する報告書は、非識別化することが管理者の責務とされているのであるから、院内の事故調査委員会から管理者に挙って来た報告書をそのまま外部に出してはならない。
院内事故調査委員会から提出された報告書は、顧問弁護士等と協議の上、当該医療事故関係者が特定されないように、非識別化した報告書を作成してセンターに報告しなければならない。それ故、院内事故調査委員会が作成した報告書とセンターに報告した報告書とは文面が同じとは限らないのである。むしろ、異なっている方が適切というべきであろう。

医療法第15条では、管理者は、勤務する医師、歯科医師、薬剤師、その他の従事者を監督する義務が課されており、当然に医療安全管理委員会も管理者の管理下にある。したがって、院内で死亡事故が発生した場合に、管理者は、『医療事故』該当性の判断に際して、当該医療従事者から事情聴取を行うとともに、医療安全管理委員会の意見を聞いた上で、医療チームとしての意見をまとめた上で、あくまでも管理者自身が『医療事故』該当性の判断をしなければならない。また、『医療事故』に該当すると判断した場合には、センター報告に際しては、管理者は、非識別加工した報告書を提出しなければならない。

管理者の責務を考えれば、ここには2つの過程が存在するであろう。①当事者から事情聴取をし、医療安全管理委員会の意見を聞いて『医療事故』か否かの判断をする過程と、②『医療事故』に該当した場合に、院内に事故調査委員会を設置し、報告された院内事故調査報告書案を精査し、非識別化して、院内事故調査報告書として、センターに報告する過程である。①は言わば、平時体制であり、②は戦時体制である。①の平時体制については、常設の医療安全管理委員会が適切であろうが、②の戦時体制については、別途、アドホックな院内事故調査委員会の設置が適切ではないだろうか。

医療安全管理委員会が、『医療事故』該当性の判断をして、事故調査をして、作成した調査報告書を、そのままセンターに報告すべきだとの意見があるようであるが、これは大きな間違いであろう。院内事故調査委員会を医療安全管理委員会が兼務することが否定されているわけではないが、制度上も、院内事故調査委員会は、その都度、別途設けることを前提としているように思われる。
そもそも、院内事故調査委員会は、医療安全管理委員会と同一である必要はないのであって、平時の医療安全の適任者と戦時の事故調査委員の適任者は異なると考えるべきであろう。事故調査委員は、適切な人材を管理者が任命して、アドホックな委員会とした方が適切ではないだろうか。

7.医療安全管理委員会、事故調査委員会と管理者の責務

医療安全管理委員会が作成しているインシデント・アクシデント分類の表の影響レベル5の死亡事例で、「予期せぬ患者死亡」を医療事故調査制度対象とするような記載を見かけた。人間は、意識せずに、自分の慣れた行動を行いがちである。通常の「インシデント・アクシデント」管理を行っている医療安全管理委員会が、死亡事例に遭遇すれば、インシデント・アクシデント分類の影響レベル5に位置づけるとともに、そこから出発して、『医療事故』該当性を検討することとなり勝ちであろう。
これは、要注意である。そのような時、医療起因性要件該当性を再検討することなく、そのまま、「医療起因性要件」該当と判断しかねないからである。通常、インシデント・アクシデント報告には、院内で起こった有害事象は全て検討対象になっており、医療起因性要件該当性は検討していないはずである。

医療事故調査制度は、「インシデント・アクシデント」報告制度とは別の制度である。インシデント・アクシデント報告対象が全て医療起因性があるわけではない。医療起因性のあるものも、医療起因性のないものも含まれている。そもそも、過誤類型から出発しているのが「インシデント・アクシデント」報告制度である。インシデント・アクシデント分類には過誤類型が取り込まれているのである。
また、もう一つの大きな違いは、インシデント・アクシデント分類には「管理」に関する事故が含まれるが、医療事故調査制度では、「管理」に関する事故は含まれていないことである。したがって、医療起因性要件は、インシデント・アクシデント分類から頭を切り替えて、改めて、要件該当性を検討し直さなければならない。

また、インシデント・アクシデント事例検討のなかで、影響レベル5の死亡事例を目にして、予期要件の検討を行おうとすれば、ついつい、「死因を予期していたか否か」との判断に陥りやすいであろう。医療事故調査制度の予期は、「死因を予期していたか否か」ではなく、「死亡を予期していたか否か」である。ここにも落とし穴があると考えるべきであろう。医療事故調査制度の『医療事故』該当性は、インシデント・アクシデント分析とは別に、全く、別途、検討した方がわかりやすい。

管理者は、医療安全管理委員会の意見を聞く必要があるのであって、『医療事故』か否かの最終判断は、管理者が行わなければならない。医療安全管理委員会で『医療事故』該当性を判断するのではない。さらに、その後の院内事故調査を考えれば、常設の医療安全管理委員会とアドホックな院内調査委員会とは別組織の方が好ましいのではないだろうか。とは言え、人材は限られる。結局、『医療事故』か否かを判断する義務のある管理者が医療事故調査制度を理解しておくことが必要との結論にならざるを得ないであろう。

 

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