医療ガバナンス学会 (2025年9月24日 08:00)
常磐病院初期研修医
金田侑大
2025年9月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
壁に貼られた、ただの数字かもしれない。けれど、私は立ち止まって、その数字をしばらく見つめていた。
そうか。俺は、医者になったんだ。
知識も経験もまだ足りない。けれど、自分の判断が、誰かの“助かった”につながったと実感できるとき、研修医であることの意味が、確かに手の中に残る。
常磐病院はこの春、「救急車を断らない病院」に生まれ変わった。2019年時点では年間応需率39.8%(2706台中1078台)、24年でも55.9%(2863台中1603台)にとどまっていた数値が、今年7月には、221件の救急要請のうち196件を受け入れ、応需率は88.7%に到達し、過去最高の数値を記録した。
もちろん、本当に専門的な介入が求められるケースや、患者の処置による対応の遅れが懸念される場合などはお断りとなってしまうこともあるものの、入院患者の増加、病棟稼働率の上昇(7月以降90%超)という具体的な成果も現れ始め、研修医目線でも、診療科を問わず様々な患者に触れさせていただくことができ、初期研修医に経験が求められている55の主要疾患・病態のレポートのうち、開始から半年で既に、52を終えることができた。ただの業務成績ではなく、「誰かの命を諦めない」という覚悟の数字だ。
先日、夜間救急の現場で忘れられない症例に出会った。重度の腎機能障害を抱える80代男性が、突然の腹痛を訴えて救急搬送された。一見すると典型的な腹部疾患に見えたが、腹部のCT画像に大きな異常はなく、炎症マーカーの上昇も軽度、なのに血圧は220を超えている。
「なにかがおかしい」、直観的にそう感じた。
しかし、造影CTを撮るには腎機能のリスクが高い。もし造影剤で腎機能がさらに悪化したら…そんな迷いが頭をよぎった。
それでも、“まずは降圧が必要だ”と思えたのは、常磐病院で何度も当直に入って、自分の足で患者を診て、判断し、苦しむ人に寄り添う経験を積ませてもらっていたからだと思う。
後に、腎臓内科の先生のご判断で造影CTが行われ、「Stanford B型大動脈解離」という命に関わる疾患の診断に至った。不幸中の幸いだが、結果的に、あの時の初動が命をつないだ。
地域の医療の砦として構えるいわき市医療センターの循環器の先生方に紹介させていただき、命を繋ぐことができた。初期対応を一緒に行った研修医とハイタッチし、心からの「良かったぁ」という声が出た瞬間だった。
もちろん、私一人の力ではない。常磐病院の強みのひとつは「医師が多くない」ことだ。ホームページで紹介されている常勤の医師は、30名に届かない。だが、裏を返せば、診療科を超えて医師同士の距離が近いということでもある。どんな時間帯でも、「教えてください」とLINEを送るとすぐに駆けつけてくれる環境。私はその安心感の中にいるために、恐れることなく救急の第一線に立つことができている。
「専門の先生に診てもらわなければだめだ」という考えも理解できる。むしろ、正しい。しかし、常磐病院があるいわき市のような、医者が足りていない地域では、医師がその言葉を口にしてしまったら、患者さんはどこを頼ればいいのだろうか。そう思う自分もいる。
大切なのは、「診るべきか」ではなく、「診ようとするか」だと感じる。常磐病院がくれた自由と責任、月に7回でも8回でも当直に入らせてもらえる機会は、私にとっての学びの宝庫だった。その中で私は、診断に迷い、震える手を支えていただきながら、患者さんの命に触れてきた。
「自分なら診れる」という傲慢さではなく、「自分たちで診ようとする」姿勢を持ち続けたい。それが、研修医としての私を支え、これから先も、地域で医師として生きていくための羅針盤になると信じている。常磐病院で日々、救急患者を受け入れる先輩たちから学んだ、私にとっての医師像である。
【略歴】
金田侑大(かねだゆうだい)
常磐病院初期研修医1年目。北海道大学医学部卒業。医師国家試験に辛くも勝利し、医者にはなったものの、”医者っぽさ”はまだ探し中。それでも、この違和感ごと抱えて現場に立っています。最近は縫合に超音波、内視鏡、釣りにウェイクボードに登山にと、医療現場を超えて人生を教材に勉強中です。