医療ガバナンス学会 (2025年9月25日 08:00)
この原稿はAERA DIGITA(2025年7月9日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/articles/-/261412?page=1
内科医
山本佳奈
20259年月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
私自身もそうでした。以前は水をあまり飲まず、日常的に口にするのはカフェラテがほとんどで、飲んでも食事時にお茶をほんの少し。コーヒーやお茶には利尿作用があることは知っていても、「喉が渇かないから、まあ飲まなくてもいいだろう」とどこかで油断していました。
アメリカ・サンディエゴに移住してから、そんな意識に変化が訪れました。こちらの夏は気温こそ高くなるものの、空気はカラッと乾燥しています。汗をかいてもすぐに蒸発してしまうため、体から水分が抜けていてもそれに気づきにくい。日本にいた時よりも頻繁に喉の渇きを自覚するようになり、「もしかして水分が不足しているのでは」とようやく気づいたのでした。
日本にいた頃の高温多湿の夏ももちろん暑かったのですが、外にいるのは移動時くらいで、1日の大半を冷房の効いた室内で過ごしていました。そのため、汗をかく機会は少なく、喉の渇きを感じることもあまりありませんでした。しかし、そうした「快適すぎる」環境こそが、静かに脱水を進行させていたのかもしれません。
●涼しい室内ではのどの渇きが感じにくい
実際、冷房の効いた涼しい室内では、体が脱水状態にあってものどの渇きを感じにくくなることがわかっています。2010年に発表されたレビュー論文では、涼しい環境下では体内の水分が減っていても“渇き”を感じるまでに時間がかかると報告されています(Kenefick et al., Nutrition Reviews, 2010)。つまり、快適さがかえってリスクを見えにくくしているのです。
さらに近年では、気道からの「隠れ脱水」現象にも注目が集まっています。2025年に発表された最新の研究では、相対湿度の低い室内環境に長時間いると、鼻や喉の粘膜が乾き、炎症や防御機能の低下につながることが明らかになりました(Johns Hopkins Medicine, 2025)。これは日本のような高温多湿の地域であっても、冷房や除湿の効いた室内では十分に起こりうるといえます。
また、2024年の研究では、若年成人が軽度の脱水状態で認知課題を行った場合、Go/No-GoやStroopテストといった反応速度や正答率が有意に低下することが示されています(Watanabe et al., 2024)。軽度の水分不足が思考力や判断力、集中力に与える影響は、学生や働く世代にとって決して見過ごせないものです。
●「知らぬ間の脱水」が進行
私たちの日常生活の中で脱水が進行しやすいシーンは、いくつかの典型パターンに分けられます。たとえば、オフィスや自宅で冷房の効いた環境に長時間いる人は、外気の暑さを感じにくいため、水分補給の意識が低くなりがちです。しかも、コーヒーやエナジードリンクを頻繁に摂取していると、利尿作用により体内の水分がさらに排出され、「知らぬ間の脱水」が進行してしまいます。
一方で、運動習慣がある方も油断は禁物です。「汗をかいた分、水を飲んでいるから大丈夫」と思いがちですが、実際には水分だけを補給して、ナトリウムなどの電解質が不足してしまうケースが増えています。特にランニング、サウナ、ホットヨガなど、汗を多くかく習慣がある人は注意が必要です。水と一緒に塩分やミネラルも意識して補うことが大切になります。
これらの最新の研究結果を考慮すると、「喉が渇いたら水を飲めばいい」という考え方は見直す必要があるのではないでしょうか。なぜなら、喉が渇いたと感じた時点で、すでに体内はある程度の水分を失ってしまっているからです。特に日本のように冷房が完備された涼しくて乾いた室内では、意識的なこまめな水分補給が欠かせません。
水を常に携帯し、1時間に1杯を目安に飲む。カフェイン飲料を頻繁に飲む習慣があるのなら、その一杯を「水」に置き換えてみるだけでも、脱水の予防になります。こうした小さな工夫が、集中力や体調の維持につながります。年齢を問わず、私たちにこの夏求められるのは、「隠れ脱水」への気づきと、日常の中でのほんの少しの習慣の変化なのかもしれません。