医療ガバナンス学会 (2025年10月3日 12:00)
本稿は、2025年8月20日に医療タイムスに掲載された記事を転載しました。
公益財団法人ときわ会常磐病院
乳腺甲状腺センター長・臨床研修センター長
尾崎章彦
2025年10月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
そこで注目されるのが、救急車受け入れ強化です。
2025年7月、常磐病院は221件の救急車受け入れ依頼のうち196台を受け入れ、応需率88.7%を記録しました。この応需率は当院としては過去最高であり、受け入れ台数も19年以降で2番目に多い実績です。
さらに、2025年8月、常磐病院は224件の救急車受け入れ依頼のうち208台を受け入れ、応需率92.9%を記録しました。応需率、受け入れ台数ともに当院としては過去最高の実績でした。
振り返ると、19年時点では年間応需率39.8%(2706台中1078台)、24年でも55.9%(2863台中1603台)にとどまっていました。
このように、過去のデータと比較すると、最新の救急応需率は極めて高い数字であることがわかります。
さらに、2025年7月は、196件の救急搬送のうち74 名の患者さんが入院となりました。このように、救急車の受け入れは社会貢献にとどまらず、病床稼働率を高める上でも重要と言えるのです。
■特命を受けて就任した救急委員長
実は、当院ではかねてから「ER2000プロジェクト」として、年間2000台の救急車受け入れを目標に掲げてきました。ところが、既にご紹介した通り、長らく、救急搬送の受け入れに消極的な風土が続いていたのが現実です。
私自身も、恥ずかしながら、当初からこの課題に積極的に取り組んでいたわけではありません。しかし、昨年の診療報酬改定が病院経営にもたらした影響を考慮すると、このまま救急車の受け入れ台数が停滞していては、病院の存続にも関わると考えるようになりました。
そこで、25年4月、私は「救急車受け入れ強化」を果たすため、立候補し、院内の救急委員会の委員長に就任しました。それから数ヶ月のうちに、状況は劇的に変化してきました。
まず何よりも強調したいのは、救急車を実際に受け入れているのは当直などで現場に立つ医師一人ひとりである、ということです。彼らの努力なくして、今回の成果は実現し得ませんでした。
一方で、病院として「救急を受け入れる方向」に舵を切るにあたり、さまざまな工夫や仕掛けを講じてきたことも事実です。
■外部ドクターの助け
まず、外部のドクターの存在が大変な助けになりました。着任後、私たちは有志で「救急チーム」を結成し、毎週ミーティングを重ねてきました。ミーティングで中心的な役割を担ってくださってくださったのが、新百合ヶ丘総合病院救命センター長の伊藤敏孝医師です。横浜みなと赤十字病院での救急立ち上げの経験もある彼は、当院にも昨年より勤務され、現在は週2回勤務されています。
伊藤医師は、当院の文化や方法を尊重しつつ、適切なタイミングの的確なアドバイスを通じ、私たちの取り組みに迅速なPDCAサイクルをもたらしてくれました。
■「見える化」が自然な行動変容を促進
私自身がまず着手したのは、救急委員会で使用する資料の再構成でした。月別・年別の依頼数、断り数、受け入れ数、応需率、入院数を正確に把握できるようにし、さらに医師の個人別救急対応データも可視化しました。
このデータから、例えば、脳外科や整形外科など常勤医がいない分野での断り率の高さが明らかになり、その対応として、近隣の医療機関と連携して搬送判断の基準を共有する取り組みを開始するとともに、個別に担当医師と気軽に連絡を取り合えるネットワークが構築されつつあります。
また、データは毎回の医局会で共有しています。もちろんハレーションが生じる可能性は理解しています。ただ、特定の医師が多く受け入れていることや、全く受け入れていない医師がいることが一目で分かる「見える化」により、自発的な行動変容が促されてきたように感じています。
その結果、例えば、25年6月には、常勤医師が連絡を受けた救急搬送依頼63件のうち、62件が実際に受け入れられました。
また、当院では24年より、常勤医師については、救急車の受け入れに金銭的なインセンティブがあります。その仕組みの導入前後で劇的な変化がもたらされたわけではなかったのですが、救急受け入れの負担が増しても不満の声が少なかったのは、この制度が一定の効果を発揮したためとみています。
■病棟稼働率、7月以降は90%超に
一方で、課題は非常勤医師への対応でした。インセンティブの適用外であり、医局会などの機会も持ちにくいため、事務方が1人ずつ丁寧に説明を行い、受け入れの意義を伝えてくださいました。この地道な取り組みは非常に大きな意味を持っていたと感じます。
こうした積み重ねにより、年間2000台受け入れの目標達成が現実味を帯びてきました。また、病棟稼働率は7月以降90%を超えています。
なお、救急搬送による入院患者の多くは内科系です。私は乳腺外科を専門としていますが、25年1月からは院内の内科キャパシティー向上のために内科疾患の患者も診療してきました。救急からの入院患者数増加に従って受け持つ患者が増え、応需率にも貢献できている実感があります。
内科患者の診療ではまだまだ不足が多いのも事実です。そこで、院長の新村浩明医師や同じ乳腺外科の権田憲士医師、内科医師らとチームを組み、毎週カンファレンスを行いながらケアにあたっています。
今回の経験を通じて、「救急」「入院」「病棟」「在宅」といった一見バラバラに見える要素が、すべて1つの線でつながっていることを改めて実感しています。今後の課題は、後方病床や在宅医療との連携強化です。これからも、現場の力と仕組みの両面から、地域への安定的な医療供給に貢献してまいります。