医療ガバナンス学会 (2025年10月4日 08:00)
本稿は、2025年9月17日に医療タイムスに掲載された原稿を改変したものです。
公益財団法人ときわ会常磐病院
乳腺甲状腺センター長・臨床研修センター長
尾崎章彦
2025年10月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
9月6日、東大阪市の岡本内科医院を訪ねました。院長の岡本雅之医師は灘高校から京都府立医科大学に進学、卒業後は母校での勤務を経て、地元の東大阪市にクリニックを開業しました。
岡本先生は、医療ガバナンス研究所理事長である上昌広氏の高校の先輩であり、医療ガバナンス学会が主催する「現場からの医療改革推進協議会」の常連でもあります。今回は機会をいただき、クリニックを見学することができました。
朝6時に品川を出発し、新幹線で新大阪へ。最寄り駅には岡本先生が軽自動車で迎えに来てくださり、車内では事前に購入されていたアイスコーヒーを振る舞われました。最初から細やかな心配りに触れ、温かな気持ちになりました。
午前中は外来を見学しました。土曜日だったこともあって患者さんの数はまばらでしたが、看護師を中心としたスタッフの動きは非常に機敏です。
■「応援したい人を応援する」との思い
岡本先生は要所で呼ばれて丁寧に診療を行っていましたが、合間に先生自身の考える「経営」や「社会貢献」についてじっくり伺うことができました。
根底にあるのは「やりたいことをやる」「応援したい人を応援する」という、とても率直で誠実な姿勢でした。一見シンプルに聞こえるこの方針が、午後に同行した在宅診療の現場で、より具体的な形として理解できました。
午後はそのまま先生夫妻と在宅診療へ。クリニックで事務も担う奥様が助手席で訪問先の情報を整理しながら、先生の運転で地域を回ります(先生が自ら運転をするという点にも驚かされました)。
最初に立ち寄ったのは近隣のレストラン。ここで用意された弁当を患者さんに配布する“工夫”を見せていただきました。大阪では在宅診療の競争が活発で、こうした取り組みが患者さんの満足度や安心感につながっているそうです。「2つ配るクリニックもある」と先生が笑いながら話される様子からは、患者さんに寄り添う気持ちと柔軟さが伝わってきました。
■福祉の仕組みを生かすことが不可欠
さらに、提携する「五月会おかクリニック」に立ち寄り、理事の松村吉晃さんも加わって訪問を続けました。松村さんは福祉分野で豊富な経験を持ち、「医療だけでなく福祉の仕組みを生かすことが不可欠」と強調されていました。
例えば就労継続支援B型などの制度を活用すれば、患者さんには生活保護の基準額(大阪では単身世帯で約12万円/月)に上乗せがあり、支援所には安定した収入が入ります。
実は、弁当をピックアップしたレストランも就労継続支援B型事業所であり、障害を持つ方々をそこで受け入れているとのことでした。様々なピースが繋がっていることに驚かされます。
松村さんは200人規模の事業所を複数運営し、福祉を通じて地域全体を支えているとのことでした。「介護と違って福祉には柔軟な仕組みがあるからこそ重要」との話が印象的で、医療と福祉をつなぐ視点が地域医療の持続性を高めていることを実感しました。
■随所に見られた在宅医療の工夫
在宅訪問ルートは、分刻み。次の現場への移動中に奥様が前の診察の記録をつけるとともに、クリニック、薬局に情報を流します。また、松村さんは、次の訪問先に電話連絡をして、スムーズな診療が行われるように支援します。
在宅診療の現場には、効率と丁寧さを両立させる工夫が随所に見られました。集合住宅では患者さんに1度に集まっていただくことで、訪問の流れがスムーズになります。さらに、複数のクリニックが連携して診療体制を整えることで、地域全体をきめ細かくカバーしていました。
岡本先生は、奥様が丁寧に整理されたメモを手に次々と訪問をこなしながらも、それぞれの患者さんにしっかり寄り添っている姿が印象的でした。
午前中に「なぜ軽自動車なのだろう」と思った疑問も、午後の訪問で納得がいきました。東大阪の細い路地は軽でないと入れない場所も多く、実際に何度も軽だからこそ最短で到達できる場面がありました。
先生は冗談めかして「イメージ戦略だよ」と話されましたが、実際的な利点は大きく、患者さんにとっての安心感にもつながっているように感じました。
■制度の適正活用で地域を支える
診療を続けていく上で経済面の工夫は欠かせませんが、それは決して利益追求のためではなく、「地域の人を支えるために、制度を正しく活用する」姿勢に基づいていました。無料のお弁当や効率的な訪問設計も、その根底にあるのは患者さんに安心を届けたいという思いです。
終日ご一緒して感じたのは、岡本先生の人柄そのものが地域医療の力になっているということです。豪放磊落に見えて、実際はとても繊細で誠実。時代に合わせて制度を学び、工夫しながら現場で実践する姿に大きな力を感じました。
「在宅医療は、全人的対応が必要だと思いますので、医師、看護師、サービス管理責任者が 薬局、事務などと連絡取りながら、スムーズな対応をしていくことが大切だと思います」とは岡本先生のお言葉です。
厳しい時代にあっても工夫と努力で地域に根を張る。そんな開業医のあるべき姿を、東大阪で目の当たりにした1日でした。