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Vol.25190 国民皆保険制度の撤退戦が始まった

医療ガバナンス学会 (2025年10月14日 12:00)


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※この文章は、『ロハス・メディカル』2025年秋号に掲載された記事の本文を抜き出したものです。文中の図・表・コラムを見たい場合は、『ロハス・メディカル』サイトの電子書籍をご覧ください。
2025年10月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

廃止・休止する病院が全国で相次いでいることと、高額療養費の自己負担額見直し、最近ニュースを賑わせている2つの事象の根っこには同じ社会課題があります。
帝国データバンク(以下TDB)の調べによると、病院の倒産が25年上半期だけで9件を数え、既に過去10年の年間倒産件数を上回りました。この他に「休業・廃業・解散」される病院もあり、年間データとして公表されるその数は、最新の24年で17件でした(グラフ)。厚生労働省のデータによれば残っている病院はトータル8000強で、14年から10年間で438施設減っています(診療所は逆に4500施設以上増えているそうです)。

グラフを見る限り、ここ数年で何かが急に変わったとも思えないのですが、TDBは、コストが増えた分を賄うほどには収入が増えず赤字に陥りがち(表)なことと、老朽化した建物の改築を迫られるのに資金を手当てできない施設が多いことから、今後も存続危機に陥る病院が相次ぐ可能性を指摘しています。
大変だ、何とか手を打たないと、と慌てるのは待ってください。

すべての医療機関を救うほど診療報酬をドカっと引き上げるのは、既に50%近い国民負担率(グラフ)から見て無理があります。社会保障の受益者となることの多い高齢者の割合が増え、支え手となることの多い現役世代の割合が減っている以上、すべてを国民皆保険制度で抱え込むことが不可能となり、その守備範囲を狭めていかなければならない時期が来るのは自明のことでした。

ただし守備範囲の縮小は上手にやらないと、昨年12月から今年3月にかけて大騒ぎになった高額療養費の自己負担見直しのように、制度そのものの価値を大きく損なってしまう可能性もあります(図)。
骨太方針に撤退策3つ

国民皆保険制度の守備範囲縮小は避けられないという視点に立って、6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2025(骨太方針2025)」の「中長期的に持続可能な経済社会の実現」内の「全世代型社会保障の構築」の項を読むと、患者・国民も協力して上手になし遂げたなら、制度の価値をほとんど棄損しないだろうと思われる策が3つ挙げられています。ぜひとも上手に着地してほしいとの願いを込めて、それぞれ個別に解説していきましょう。
①OTC類似薬の保険給付の在り方の見直し

この問題は2段階あります。
まず、医療用医薬品としての実績から海外では処方箋なしに買えるスイッチOTC薬となっている成分の多くが、日本では処方箋の必要な状態に留まっています(コラム)。23年12月に規制改革推進会議から示された中間答申によれば、海外2カ国以上でスイッチOTC化されているのに我が国でそうなっていないものが58成分もあります。一方で83年から始まったスイッチOTC化が済んでいるのは98成分です。

一義的にはメーカーが申請しないからスイッチOTC化されないのですが、たとえ申請しても関門となる厚労省の「医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」(スイッチ検討会議)で、医師が関与しないと安全性を担保できないなどと却下されることも多く、メーカーの意欲を削いでいるようです。こうした反対論は薬剤師や国民をバカにし過ぎでないかと、規制改革推進会議の議論では問題視されていました。実際のところ、処方箋なしに買えるようになると逆に医師の客は減りかねないから嫌、という本音を隠して屁理屈をこねているだけでしょう。

続いて2段階目。スイッチOTC化が諸外国並みに進んだ後も問題として残るのは、成分や効能の似た「OTC類似薬」も医療用医薬品として存在し、医師からそうした薬の処方を受けた場合には健康保険の給付対象となって自己負担額が1~3割で済み、薬局でOTC薬を買うより安くなりがちなことです。医師の診察料も込みの費用総額は明らかに高いのに、うち7~9割を保険者が支払うため、患者本人には医師から処方を受けたいインセンティブが働いてしまいます。保険の守備範囲から外すのに、これほど適した対象も、そうはないと思われます。

この問題は15年以上前から議論されていながら歯がゆいほど少しずつしか制度変更できてこなかった(表参照)のですが、6月の「自公維3党合意」と骨太方針に書き込まれたことから、今回は本格的に動くと見られています。
251012なお受診なしで医薬品を買う患者にも経済的インセンティブが働くよう17年から開始されていた医療費控除の時限的特例が、いわゆる「セルフメディケーション税制」(コラム)で、26年末の期限切れを控えて、その恒久化が関係各団体から要望されています。
②地域フォーミュラリの全国展開

「地域フォーミュラリ」とは、地域で使用が推奨される医薬品リストと使用方針のことで、医師や薬剤師など地域の医療従事者と関係団体が協力、有効性・安全性に加えて経済性も考慮して作ります。地域の特性も考慮されることでしょう。
フォーミュラリの対象として主に想定されているのは、生活習慣病治療薬や抗アレルギー薬など後発薬も含む同種同効薬が多く存在する疾患領域の医薬品です。

これによって縮小される保険の守備範囲は、知識が不十分なのに何となく薬を選んでしまう医師の怠慢です。自信がないならフォーミュラリに従っておけばよいわけで、不十分な知識によって生じる不適切な薬物治療は減ると期待され、そうなれば医原病も減るだろうし、医療の質を損なうどころかむしろ向上させつつ薬剤費も削減できると考えられています。

実際、フォーミュラリ導入の先進地である山形県酒田地区では地区内にある47調剤薬局のうち41薬局のデータで、6領域合計の年間薬剤費が13%弱、6千万円近くも減っていました(表)。

各地でゼロから作るとなると全国に普及させるのは至難の業と思われますが、「日本フォーミュラリ学会」が、モデルフォーミュラリを作成・更新しているので、そこに地域特性のアレンジを加えるだけで済みます。
③新たな地域医療構想に向けた病床削減

慌てて全部の医療機関を助けようとする必要はない、と冒頭に書いた理由の一つです。

前述の「自公維3党合意」で、27年4月の新地域医療構想開始までに病床11万床を削減する方針が決まりました。削減などに応じる医療機関への財政支援として2年で計5千億円ほど要する一方、医療費は年約7千億円減ると試算されています。

地域医療構想は、14年に成立した「医療介護総合確保推進法」によって制度化されたもので、将来人口推計に基づいて二次医療圏を基本とした構想区域ごとに25年に必要となる病床数を推計し、関係者の協議によって病床の機能分化と連携を進め効率的な医療提供体制を構築する取り組みです。ところが現在のところ必要病床の合計推計値と比べて、実際には一般・療養病床で5万6千床、精神病床で5万3千床も多くなっています。

全体としては過剰と分かっていても、誰が削減を引き受けるのか地域の協議では話がまとまらず、廃止できなかったということなのでしょう。

地域に必要以上の病床が存在すると、空きベッド発生によって病院の採算性が悪くなる、病院の経営的要請から退院引き止めなど過剰な医療が提供されがちになる、限られた有資格者が分散してしまうため生産性は低くなり、多くの場合は医療の質も低くなる、といった様々な弊害が想定されます。

ですから病床過剰地域にある経営難の病院は、店仕舞いに財政支援を受けられる絶好の機会と捉えて粛々と退場すべきです。逆に、病床数が適正か過少の地域で病院を潰してしまっては元も子もありません。
まずは、お住まいの地域がどちらなのかを知って、過剰地域なら不便になるとしても病院の退場を許し、適正・過少地域なら当座の公的支援をサポートしたいものです。

これら3つの撤退策が成就した段階で初めて、診療報酬をドカッと上げる選択肢も出てくることでしょう。

 

 

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