医療ガバナンス学会 (2025年10月15日 12:00)
報道機関「Tansa」 記者
記者 中川七海
2025年10月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
Tansaは、2025年9月8日にダイキンが実施した説明会の記録を入手。工場近隣の一部住民を対象にした説明会だ。ダイキン化学事業部の小松聡部長が、従業員の高濃度曝露を伝えていた。
これまでダイキンは、従業員の高濃度曝露を明らかにしてこなかった。
なぜ、ここに来て従業員の高濃度曝露を認めたのか。
小松部長は住民説明会で言った。
「4桁、5桁の従業員でも、当時、健康影響が出ているというのは確認できませんでしたので、一安心をしたというのが本音でございます」
京都大学の研究チームは、2021年の時点で住民の血液から非汚染地域の約70倍のPFOAを検出。以後、住民の高濃度曝露が次々に判明し不安が募っている。それに対して、工場の従業員は平均値の500倍から5万倍の曝露でも、健康影響がない。だから安心できる。小松部長の発言はそういう趣旨だ。
だがこれは、詭弁である。
●25年前に従業員の高濃度曝露を予見
小松部長の発言が、いかに矛盾しているか。順を追って説明する。
淀川製作所近くの地下水からは、2020年に国内最高値のPFOAが検出されている。環境省による全国調査の結果だ。2021年には、京都大学の小泉昭夫名誉教授らが近隣住民の血液検査をし、最も高い人で非汚染地域の70倍のPFOAを検出した。
工場の外でこの状況なのだから、工場で働いていた人は、かなりの高濃度を曝露しているのではないか?
そう考えていた矢先の2022年4月、Tansaはダイキンの社外秘文書を入手した。文書には、ダイキンが従業員のPFOA曝露を予見していた事実が記されていた。
「データとして粉を扱う箇所、特に粉の状態で取り出しを行う箇所については測定濃度が高く、暴露(=曝露)が問題となるであろう。」
文書が作成されたのは、2000年。四半世紀も前に、ダイキンは従業員の高濃度PFOA曝露を予見していたことになる。
予見した後、ダイキンはどう対応したのか。実際に高濃度曝露はあったのか。健康影響はどうか。Tansaの質問にダイキンは、次のように答えた。
「毎年の健康診断の中で過去のPFOA従事者の健康状態を把握していますが、PFOAに起因する健康影響は認められていません」
よくわからない。定期的な会社の健康診断で、PFOAによる健康影響を把握できるとは思えない。そもそも、高濃度曝露があったのかどうかに答えていない。
2022年6月、Tansaは大阪市にあるダイキン本社で、役職員らを直接取材した。その一人が、化学事業部の小松聡部長だ。ここから、小松部長の迷走が始まる。
●「全員を調査したわけではない」
健康調査の実施期間を質問すると、「2003年から、PFOAの製造をやめた2015年」とダイキン側は答えた。(ダイキンは現在、製造停止年を2012年と公表している。)
これはおかしい。なぜなら2016年以降は調査していないことになるからだ。PFOAの健康影響は、癌や肺疾患など時間が経過して発症する病気が少なくない。調査を継続していないのに、「健康影響はない」と回答できるはずがない。
では2015年まで実施していた健康調査はどんなものだったのか。PFOAによる健康影響を調べるには、従業員の曝露状況を測った上で、国際的な知見として定まっているPFOA起因の疾患を調べなければならない。それらを調査したのか。
「それは言えない」
なぜ言えないのか。
「従業員の個人情報だから」
個人情報が出せないことくらい、こちらも承知している。曝露した人の人数や濃度の結果を開示するよう迫っても「それらの情報も開示しないという前提で調査した」。
だが、「全体的な情報も開示しない」という前提で調査をしたなど、にわかに信じられない。誓約書を従業員に提出したのか。
「提出していない」
ならばどうやって、全体的な情報も開示しない旨を従業員に伝えたのか。
「私(小松部長)が口頭で一人一人に説明した」
本当か。検査を受ける全員に小松部長が、説明したのか。
「全員ではない」
これが、PFOAの世界8大メーカーだった企業の回答だろうか。あまりにいい加減だ。
●小松部長「PFOAは危険なんですか?」
そもそも従業員の健康など何とも思っていないのではないか。
2000年、米国環境保護庁(EPA)は、PFOAの人体への影響を懸念し、調査の必要性があると公表。世界8大メーカーの一つである米国の3Mは、人体への危険性を理由に2002年に製造を打ち切った。
ところがダイキンは、2000年に従業員の高濃度曝露を予見する社外秘文書を作成していたにもかかわらず、製造をやめたのは2015年だという。
その点を突くと、小松部長がまともに答えられない。
「それはあの〜、何年に危険性を認識したかっていうのは、あの〜、それはわからないです」
話にならない。こちらが「なんでわからないんですか。わかる人を連れてきてくださいよ」と言うと、小松部長は逆質問してきた。
「(PFOAは)危険なんですか?」
自社の従業員にもいい加減な対応をするダイキンとは裏腹に、京大の研究者や有志の医師による研究チームは2025年4月、労働衛生分野の科学誌『Industrial Health』に論文を発表した。
PFOA工場の従業員3人に、呼吸機能が低下する「間質性肺疾患」の症状があると報告した。3人の共通点は、血中のPFOA濃度が極端に高いこと。そしてダイキン淀川製作所でPFOA製造に従事した経験があることだった。
研究チームは警告した。
「間質性肺疾患は、アスベストによる中皮腫のように、PFOA曝露から20年以上経ってから発症する。作業員の健康被害は、5人、10人では済まないだろう」
●20人に満たない「住民説明会」
追い込まれたのは、ダイキンだ。論文についてTansaが質問すると、コーポレートコミュニケーション室 広報グループから以下の回答が届いた。
「弊社は、当該論文の作成に携わっておらず、その分析方法や精度などの詳細を把握していないため、一連のご質問へのコメントは差し控えさせていただきます」
論文の作成に携わっていないのは当たり前だ。科学論争から逃げたいだけだろう。
その一方でダイキンは、2025年9月8日夜7時から、住民説明会を開催。希望する近隣住民全員に開かれたものではなく、淀川製作所がある「一津屋(ひとつや)」地区の、農業協議会に加入している人のみが対象だ。参加者は20人に満たなかった。不安を募らせる住民を、内々に懐柔しようとする意図が透けて見える。
小松部長は「2000年当時に、弊社従業員の血液検査を測定しております」と言い、こう打ち明けた。
「当時の従業員では、4桁、5桁という状況でありました」
「非常に、我々その従業員と地域の皆さんも『それなりにあるのかな?』ということを、一番心配しました」
環境省が示すPFOA血中濃度の国平均(2023年度)は、2.1ng/mLだ。米国政府の指針では、20ng/mL以上は「腎臓がんや精巣がん、潰瘍性大腸炎、甲状腺疾患などのリスクを考慮した処置が必要」としている。
「4桁、5桁」は「1,000ng/mL以上100,000ng/mL未満」。国内平均と比べれば、500倍から5万倍だ。癌などのリスクを踏まえた処置が必要な米国指針の、50倍から5000倍に該当する。
だが小松部長は言った。
「4桁、5桁の従業員でも、当時、健康影響が出ているというのは確認できませんでしたので、一安心をしたというのが本音でございます」
これまで伏せてきた従業員の高濃度曝露をあえて打ち明け、健康影響は出ていないから住民も安心していいということだ。
しかし、従業員の健康影響調査の杜撰さは、先に説明した通りだ。反対に、京大の研究者と医師らによる研究チームは健康被害を突き止め、科学論文として発表している。
●ダイキン「関係者以外への回答は控える」
小松部長の説明では、納得できない。住民からの疑問の声が止まない。
だが説明会が始まってから1時間半が経とうとする頃、ダイキンは時間を理由に説明会の終了を告げた。
Tansaは、ダイキンに質問状を送った。
「4桁、5桁」のPFOA濃度を検出した従業員の健康被害は確認できなかったとのことですが、健康被害がないことをどうやって確認したのですか。具体的にお答えください。
ダイキンの回答は次のとおりだ。
現在、PFOAの人体への蓄積が健康に及ぼす影響については未解明な部分が多い中、弊社は、淀川製作所の周辺の住民の皆様との対話なども通じて、弊社としての対応の検討を続けています。
その一環として2025年9月8日に開催された摂津市の一津屋農業協議会会員を対象とした住民説明会を開催いたしましたが、この説明会は住民の方々との対話を目的としておりますため、本説明会における質疑応答やその他の発言内容について、関係者以外の方へのお答えは控えさせていただきます。
ダイキン工業株式会社 コーポレートコミュニケーション室 広報グループ
●「住民全体に向けた説明会を」
説明会の最後で、ある住民が次のように求める場面があった。
「周辺住民全体が、健康被害を心配しています。住民全体に向けた説明会をやる気があるかどうか」
小松部長は「一言で言えば、前向きに検討中でございます」と答えた。
淀川製作所の汚染は、大阪市を含む広範囲に及んでいる。一部の住民だけを対象に、いい加減な説明をして汚染者責任から逃げ切れるものではない。公明正大にPFOA汚染に向き合うべきだ。
実際、米国では住民と水道局にPFOA汚染で訴えられ、2018年にダイキンが400万ドル(約4億4000万円)を支払うことで和解した。支払金は、PFOAを飲料水から除去する費用にも充てられた。
※この記事の内容は、2025年9月11日時点のものです。
https://tansajp.org/investigativejournal/12088/
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