医療ガバナンス学会 (2025年10月20日 08:00)
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2025年10月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
11月2日(日)
【Session 10】 人口構造の変化と医師のキャリアパス 13:40 – 14:10 (司会:尾崎章彦)
●尾崎 章彦 公益財団法人ときわ会常磐病院乳腺甲状腺センター長・臨床研究センター長、医療ガバナンス研究所 理事
乳腺甲状腺センターにおける内科系入院の受け入れがもたらしたもの
常磐病院乳腺甲状腺センターでは、本来の専門である乳がんや甲状腺の診療に加え、2025年1月から内科系患者の入院受け入れを本格的に開始した。背景には、2年前に病院の中核を担っていた内科医が退職し、外来や救急患者の入院を担当できる医師が不足するという深刻な問題があった。新たな内科医を確保することが極めて困難で、「自ら担うしかない」と発想を切り替えたのが契機である。
その結果、今年1〜5月の延べ月平均入院患者数は、前年の184人から451人へと2.5倍に増加した。内科ケアの質の確保のため、内部の内科医と週1回カンファレンスを実施し、必要に応じて外部専門医にもコンサルトを依頼することで診療を継続している。
内科医との連携強化や病院全体の診療力向上への寄与を実感するとともに、副次的な効果も大きい。診療報酬収入は1ヶ月あたり1000万円以上増加し、病院経営への貢献が明確になった。さらに、誤嚥性肺炎、尿路感染症、糖尿病性ケトアシドーシス、ワレンベルグ症候群といった多様な症例を経験する機会を得て、乳がん終末期患者に対する全身管理や緩和ケアの質の向上にもつながっている。
救急医療においても効果が表れている。私自身は救急車受け入れの責任者も務めているが、2025年7月には月間応需率88.7%と過去最高を記録した。実数で見ても、救急搬送221件のうち196件と、2019年以降で2番目に多かった。19年の年間応需率は39.8%、24年でも55.9%にとどまり、この改善は顕著である。196件の受け入れのうち74人が入院へとつながっており、内科系入院の積極的な取り組みが救急対応拡充の一助となった。
地域の課題に対する理解も深まった。高齢患者では入院を契機にADLが低下し、自宅復帰が困難となる場合が多い。家族が同居していても、フルタイム勤務や介護力不足から在宅療養を支えきれない例も少なくない。療養病床や介護施設への転院も待機や手続きの煩雑さから滞りがちで、「家に帰れない患者」が増加している現状に直面している。
こうした経験を通じ、外科医としての専門性を基盤にしながら、地域全体の課題にどう応えていくかという意識がいっそう高まり、視野が広がった。変化の激しい社会において、医療者に求められるのは病気を治すことだけではない。地域に根ざし、生活を支える存在として広く役割を担うことが、次の時代の医療に不可欠であると考えている。
●小坂 真琴 ナビタスクリニック医師、福島県立医科大学放射線健康管理学講座大学院生
後期研修(在宅診療)、福島医大大学院生、そしてこれから
初期研修を終えたあとの後期研修では、一般的には内科の各専門を病棟で回ることが多いと思います。私は昨年の能登半島地震をきっかけに、医師3年目から福井のオレンジホームケアクリニックで在宅診療を中心に活動してきました。まさに、高齢化社会の最前線です。「どのような方が在宅医療を利用し、どのような経過をたどるのか」、また「高齢のご家族が一緒に安心して暮らしていくために何が必要か」といった点をテーマに、日々の診療を続けながらデータをまとめる研究や、ケースを紹介する発信にも取り組んできました。本日は、その一部を皆さんにご紹介できればと思っています。
福島県立医科大学の大学院生としては、齋藤宏章先生のご指導のもと、東日本大震災の前後で疾患ごとの死亡率や平均余命がどう変化したかを死亡小票に基づいて解析し、原著論文として発表しました。また、尾崎章彦先生のご指導をいただき、2024年の能登半島地震後に設置された福祉避難所について、立ち上げから運用、そして撤退に至るまでの課題と対応をまとめ、短報として報告しました。
現在はナビタスクリニックで外来診療を行いながら、将来的に在宅診療を立ち上げていく準備を進めているところです(予定)。
●北原 茂実 医療法人社団KNI 理事長
崩壊の危機に瀕する現代社会を救う「トータルライフサポートシステム」
現在1億2000万人の日本の人口は、今世紀末までに5000万人を切ると推測されている。その間も、世紀半ばには高齢者人口が4割に迫り、経済社会の衰退は間違いなく進むだろう。恐らく地政学的リスクの増大や気候変動、南海トラフなどの天変地異も生じる。かくして生活困窮者が激増し、悪くすれば国としての存続が困難になりかねない。
そんな時代にあって我々は、独自に医療者が主導権を持つ生活プラットホームを開発し、運営を開始した。行政の手を煩わせることなく、社会保障財源の浪費を避けながら高齢者や低所得層、特に独居者が安全安心快適な生活を営めるよう工夫された、医療や介護をも含む「トータルライフサポートシステム」となっている(北原グループHP参照)。我々が現在直面している多くの社会課題を、根本的に解決する能力を有すると自負している。
運転免許を所持し続けるなら、いざというときのために安全な運転技術を身に着けることが望ましいが、職業ドライバーになる必要はない。同様に、医師免許を取得したなら「直産」「直美」など安易な道に走ることなく基本的技術を身に着けるべきだが、さりとてゴッドハンドやノーベル賞級の研究者、若しくはもっと身近なところで教授や病院長を目指すことが全てではない。ましてや、個人的意見で申し訳ないが、閉塞状況にある医療に見切りをつけて医療系のコンサルやテックエンジニアに活路を見出そうとするのもいかがなものかと思う。
今アメリカでは、テックライトに支えられたイーロンマスクが、USAIDや様々な研究機関など国家の良心を代表する機関を解体に追い込んでいる。効率化とトレードオフの関係にある民主主義については、非効率な官僚システムの肥大化を助長するとしてこれを排し、“王”の下に彼らの求める永続的な繁栄を謳歌できる社会に作り替えようとしている。
「小医は病を癒し、中医は患者を癒し、大医は国を癒す」という言葉があるが、全ての医師が大医を意識して行動せねば小医が生きる道さえ閉ざされる、今はそんな時代であることを自覚するべきである。
※パネルディスカッション形式