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Vol.25197 オールド・メディアの偏向報道と医療安全推進

医療ガバナンス学会 (2025年10月20日 12:00)


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この原稿は月刊集中10月末日発売号掲載予定です。

弁護士 井上法律事務所所長
井上清成

2025年10月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1.高市新総裁の「支持率下げてやる」発言

時事通信社は、2025年10月9日付けで「◎本社カメラマンを厳重注意=『支持率下げてやる』発言=」と題する謝罪文を、同社公式HPに掲載した。
原文は次のとおりである。
「自民党本部で7日午後、高市早苗総裁の取材待機中、報道陣の一部が『支持率下げてやる』などと発言した音声が収録され、インターネット上で拡散されたことについて、当社は映像センター写真部所属の男性カメラマンの発言であることを確認し、本人を厳重注意しました。男性カメラマンは自民党本部で他社のカメラマンらと、写真撮影のため高市総裁の取材対応を待っていた際、雑談で『支持率下げてやる』『支持率が下がるような写真しか出さねえぞ』と発言し、ネットの生中継で収録された音声がSNSで拡散しました。
SNSではこれ以外の発言もありますが、このカメラマンの発言ではないことを確認しました。 藤野清光(ふじの・きよみつ)取締役編集局長は、雑談での発言とはいえ、報道の公正性、中立性に疑念を抱かせる結果を招いたとして、男性カメラマンを厳重注意しました。
時事通信社の斎藤大(さいとう・まさる)社長室長の話 自民党をはじめ、関係者の方に 不快感を抱かせ、ご迷惑をおかけしたことをおわびします。報道機関としての中立性、公正性が疑われることのないよう社員の指導を徹底します。」

2.報道機関の表現の自由の保障

時事通信社は、謝罪文の中で、「報道機関としての中立性、公正性が疑われることのないよう」と述べている。
けれども、この表現には違和感を覚えざるをえない。法律で放送の政治的公平が唱われているNHKはともかく、報道機関の報道はその表現の自由(憲法21条)に基づいて行われるものであるから、その思想、信条等の意見表明となって然るべきである。必ずしも「中立性、公正性」が重要なのではない。現に当該カメラマンのように考えているマスコミ人がいるのも、そこそこ普通であろう。
そういう観点で見れば 、「オールドメディアの偏向報道」と言うほどのことではなく、むしろ現実に存在する思想・信条・意見などの「偏向」こそが当たり前である。それを敢えてことさらに「中立性、公平性」などとセールスするならば、あたかもステルスマーケティングの類いのように感じてしまう。

3.院内事故調査結果のマスコミ公表

医療安全推進に携わる関係者の中には、当該事故に係る医療行為の「医学的評価」を行い、それをマスコミに公表することによって、医療安全管理を浸透させたがる方々が少なからず存在しているように感じる。
たとえば、愛知県愛西市の新型コロナワワチン接種後死亡の事例が、その一例と言えよう。
事例の概要は、次のとおりである。
「2022年11月5日、愛西市の新型コロナウイルスワクチン集団接種会場において、42歳女性がワクチン接種後に体調が悪化し、救急搬送されたが、 同日死亡した。
愛西市は、同年12月15日に医療事故調査・支援センターに報告し、医療安全管理の専門家を委員長とする愛西市医療事故調査委員会を設置した。 翌2023年9月に事故調査委員会は報告書を公表し、体調が急変した際、『早期にアドレナリンが投与された場合、救命できた可能性を否定できない』『アドレナリンが迅速に投与されなかったことは標準的ではなかった』とする記者会見を行った。
遺族は市を相手取って損害賠償を求める裁判を起こした。」

「偏向」した報道を指向するオールドメディアは、医療者の責任追及をするような衝撃的かつ刺激的な記事を掲載し、放映をした。当然、それまで新型コロナ対応に熱意を持って取り組んでいた医師や看護師の少なからずの方々は、その偏向的な報道を見て、考え込んでしまったのではないかと思う。医療安全管理をそのような偏向報道に絡めて推進しようとする方法が、本当の医療安全推進にとって良いことなのかどうか、甚だしく疑わしい。

4.医療事故調査・支援センターのセンター調査報告書のマスコミ公表

院内医療事故調査委員会の事故調査結果だけでなく、医療事故調査・支援センターのセンター調査報告書も結果としてマスコミに公表されて、波紋を投げかけることがある。
近いところでは順天堂大学医学部附属順天堂医院の説明義務違反の東京地裁判決の事案が著名であろうか。

時系列を簡略に整理すると、次のとおりである。

①2020年12月 70代女性に対して、消化器内科教授「胆管炎が疑われるため、しっかりと検査したい。」
②2021年2月15日 検査入院 患者への説明について「文書には病院で定めた必要項目がすべて記載されており、死亡に至る可能性 も説明していて問題ない。」(注・11月の院内事故調査結果報告書の記載より)
③2月17日  内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)と共に、胆道鏡検査(2回目にはより圧力の強いバルーンを使用) 約10時間後、腹痛
④2月19日  死亡。胆管炎は無し。死亡診断書「死因は急性膵炎」
⑤3月~4月 教授は遺族と面会した際に、「(死亡するリスクに ついて)事前に説明するべきだった。そこまで目を向けていなかったことを反省している。」という書士のことを述べたらしい(?)
⑥その頃院長は、医療事故調査制度に基づく「医療事故」と判断し、院内事故調査開始
⑦11月 院内調査結果報告「検査の実施は適切で、検査中に 死亡に関わる有害事象は発生していない。」
「患者への説明について文書には病院で定めた必要項目がすべて記載されており、死亡に至る可能性も説明していて問題ない。」
⑧2022年4月頃 遺族が「医療事故調査・支援センター」に調査依頼(医療法第6条の17に基づく)
⑨12月 遺族が東京地裁に、医院側と教授を共同被告として損害賠償請求訴訟を提訴
⑩2024年7月 医療事故調査支援センター」が調査報告書を医院側と遺族に提示。「胆管に負荷がかかり、急性膵炎の発症につながったと考えられる。」「胆道鏡検査の選択は適切とは言い難い。」「病院の説明同意書には胆道の検査の記載がなく、説明をしなかったことは適切ではない。」「説明時に家族の同席がなかったことは改善の余地がある。」
⑪12月 遺族が教授を業務上過失致死罪で刑事告訴
⑫2025年7月18日   東京地裁が医院側と教授に約6300万円の賠 償を命じる判決言渡し。
「今回の検査には死亡するリスクがあったが、医師は、女性に対して検査のリスクは胃カメラと同程度のものだと理解させる説明をし、その誤信を解かないまま検査を行ったという点で説明義務違反がある」
「女性が検査を受ける緊急性は必ずしも高くなく、死亡の危険性が適切に説明されていれば、家族と相談して検査を見送っていた可能性が高い」として、説明義務違反と、死亡との因果関係を認めた。
⑬(遺族側の代理人弁護士のコメント)「遺族が第三者機関に調査を申し立てていなければ、真相究明は妨げられていただろう。判決は説明義務違反と死亡との因果関係を認めていて、画期的で高く評価できる。」

と整理できようか(読売新聞オンライン「内視鏡検査2日後に女性急死、順天堂医院教授が実施…外部調査『胆管損傷の可能性』」、「順天堂医院で胆管の内視鏡検査後に女性死亡、6300万円の賠償命令…『リスク説明なく』」)。

しかしながら、センター調査報告が結果として上記のようにマスコミや裁判と絡んで活用されてしまったことは、本当に医療安全推進にとって良いことなのかどうか、甚だ疑わしい。偏向的な報道にかかると、あたかも医療事故調査・支援センターが 「正義」で診療現場が「不正義」であるかのような、錯覚に陥ってしまう。
医療安全はあくまでも「医学的」「医療的」「科学的」に推進されるべきことであって、「不正義」とか「違法」といった倫理的もしくは法的な価値判断で推進されるべきことではない。

医療安全の推進は、オールドメディアなどの思想・信条・意見に基づく「偏向的な」報道とは関わらない形で、あくまでも医学的・医療的・科学的に行われるべきものであろう。

 

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