医療ガバナンス学会 (2025年10月21日 08:00)
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( https://www.genbasympo.jp/regist )
2025年10月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
11月2日(日)
【Session 11】 格差問題を考える 14:15 – 15:05 (司会:上 昌広)
●岡本 雅之 医療法人倫友会 岡本内科医院 理事長
医療機関の財政的崩壊についての考察
2024年6月からの慢性疾患指導料の事実上の廃止(225点、月2回)で7割のクリニックは赤字に転落したといわれるが、その予兆は、マイナ保険証や電子請求などデジタル化に翻弄された医療機関の哀れな姿に見ることができる。電子請求になって、クリニックへの振り込み額が減った。査定という名の、役所側による振り込み額の一方的カットを、確認できないところが増えている。つまり同じ仕事をしても一方的に値切られている。その事実に気づかない事務能力の低いクリニックが多数あったということだ。
たしかにレセプト請求は、一見すると煩雑な事務手続きでしかないと感じるかもしれない。しかしその本質は、医療機関と審査支払機関、そして保険者との間で行われる重要なコミュニケーションだ。質の高い医療行為が、なぜ必要でありいかに適切であったかを、レセプトという公的な文書を通じて明確に伝えることが求められる。この制度のルールと論理を深く理解することは、単にコンプライアンスを守るだけでなく、クリニックの経営基盤を強化し、最終的にはより良い医療を患者さんに提供し続けるための力となるだろう。
こうした状況は、日本がダメになった有様と重なる。いろんな思いつきを丸投げしても現場は動かないということだ。いい例が、9兆円が溶けた(!)こども保険庁だ。制度設計に予算がかかりすぎ、命令される方にはもはや予算がない。無駄の極致だ。
無駄な薬を削れ!と政治家は声高に叫ぶが、制度疲労に手を入れないとダメだろう。
●松井 彰彦 東京大学大学院経済学研究科 教授
●紅谷 浩之 医療法人社団オレンジ理事長・ほっちのロッヂ共同代表
●塩崎 恭久 元厚生労働大臣
「実親の愛に恵まれない子どもたち」への公的責任と、格差是正に資する里親制度の改革
我が国では、実親の愛に恵まれず逆境体験をした、社会的養育を必要とする子どもたちの約8割以上が依然、施設養育に委ねられています。平成28年の児童福祉法改正で「家庭養育優先原則」が法律上明記され、特別養子縁組や里親委託の推進が国是として位置付けられました。しかし、里親等委託率の改善ペースに何ら変化はなく、国家目標の75%達成には、さらに80年かかる見込みという、先進国として想定しがたい状況です。
私は大臣在任中から、「家庭養育の充実こそが、負の連鎖を断ち、子どもの人間・人格形成、将来の教育機会・就労機会・社会的自立の可能性を決定づける格差是正の根幹」と確信し、制度改革を進めてきました。実親の愛に恵まれず代替的な家庭を得られない子どもたちが「出発時点」(主に乳幼児期)から困難を背負わされる構造が続けば、いかに教育政策や雇用政策を工夫しても格差は再生産されます。
里親・養子制度は、児童相談所による措置の単なる手段でなく、「実親の愛に恵まれない子どもたちの人生の再起と可能性を決定づける重要な社会政策」であり、有効性の担保には以下3点が必要です。
児童相談所の措置先として「家庭(里親・養子)」を原則とする法的転換】
→愛着形成に最重要な乳幼児期の乳児院入所措置を止め、児童養護施設への措置は「ケアニーズの高い児童」に限定すべき。法制度を抜本的に見直すべきです。
里親・養子養育の質を支える仕組みの整備】
→里親推進の大前提として、里親支援センターへの措置費は「登録里親の数」ではなく「実際の里親委託数」に応じて支払う仕組みとすべき。
社会的認知と制度支援の強化】
→里親・養子制度の普及には、里親等の人材育成が決定的に重要。プロフェッショナルな「職業里親」を含む制度改革と、国民の理解・支援が不可欠。実親の愛に恵まれない子どもを自分の家庭で受け入れることが、「社会的に誇らしく、意義ある社会貢献」として尊重される風土づくりが求められます。
格差とは、単に経済的格差にとどまらず、「生まれ育つ環境によって未来が規定される構造」と考えます。里親・養子制度の充実と制度的再設計・人材育成は、そうした構造的不公正に対する、極めて実効性の高い社会政策です。
私たちは今、「子どもの心」を中心に、制度の理念を現実に引き寄せ、実現させる決断をしなければなりません。子どもたちの「出発点の平等」の実現が格差社会の根本解決につながると確信しています。
●小山 万里子 ポリオの会 責任者
“忘れられた”疾患と医療を守る受診のあり方
ポリオとポリオ後症候群への理解と医療を訴えた患者会「ポリオの会」も結成から30年経ちました。このシンポジウムでポリオ不活化ワクチン切り替えを訴える機会をいただいて15年です。
2012年9月1日より日本は不活化ポリオワクチン接種に切り替えられ、新たなポリオ患者は発生しないとされました。ポリオは忘れられた病気、克服された過去になっています。「死んだ女よりもっと哀れなのは忘れられた女です」(マリー・ローランサン)
ところが昨今、先進国として根絶したはずのポリオが米国ニューヨーク、カナダ、英国ロンドン、ドイツ諸都市、北欧で患者が発生し、下水からウイルスが検出されています。
何より、忘れられた疾患は「もう地上に存在しない疾患」ではありません。患者は今ここに居ます。ハンセン病と同様、治療法は見つかっても治癒は無い。ワクチンで発生を防げるが、罹患した四肢はiPS細胞でも復活しない。それなのに「現物のポリオ患者は診たことがない」と、医学書に一行だけ書かれた疾患は、恐竜化石ほども目を向けられません。
私たちは忘れないでほしいと訴えて活動してきました。日本での最年少ポリオ患者14歳の子どもの将来の医療が確保され、世界のポリオが根絶されることを願っています。「根絶」とは、「もう患者が出ないこと」ではありません。最後のポリオ患者が息を引き取って地球上からポリオが消え去ることです。
一生走れない我が子を「背負って力一杯走って風を切ることを教えたい」と母親。幼い仲間に泣きながら「僕が最後のポリオ患者であるべきだったのに」という青年。病に立ち向かうとは、病にさせないことです。誰一人として、私たちと同じ辛さを味わわせたくない。
さて、OTC類似薬の保険適用除外について、患者として不安があります。ロキソニンは処方薬なら医師が指導し胃薬と併用、適用量を守る指導がある。この枠が外れるとどうなるか。売薬対応では「効かないので追加服用」があり、命の危険もある。身近な薬こそ医師の指導が必要です。
医療資源を大事にする第一歩は、受診を大事にすること。受診の心得10条:1.医師は易者ではない。言わなければ伝わらない。2.病歴・症状を書き出し持参。3.診察しやすい服装。4.いつもの靴・装具で。5.診察終了時に「ところで…」は言わない。6.他医からの資料は事前に事務へ。7.前回処方について伝える。8.医師の時間を大切に。9.前医の愚痴は言わない。10.医療は患者と全医療者のチーム。
よい受診は全ての人を守ります。
※パネルディスカッション形式