医療ガバナンス学会 (2025年10月23日 12:00)
常磐病院初期研修医1年目
金田侑大
2025年10月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
三豊総合病院の医局に初めて足を踏み入れた時、私は衝撃を受けた。
香川県観音寺市の三豊総合病院は、450床・29診療科を擁し、地域の中核として救急から在宅まで幅広く担う病院だ。そんな三豊総合病院の内科で、私は今年の9月から10月にかけて1か月間、武者修行をする機会をいただいた。
普段、私が研修している福島県いわき市の常磐病院は、200床規模で、地元に密着した病院だ。病棟の空気も、外来の雰囲気も、医局のうわさ話も、顔の見える範囲で完結する、そんな環境だ。そのため常磐病院では、自院で回れない診療科を外部の病院で、最長15か月まで研修することができる。北は青森から南は沖縄まで、医局の垣根に縛られず、多彩な病院で研鑽を積めるのが最大の特徴だ。「かわいい子には旅をさせよ」を体現する初期研修プログラムだ。
今回、三豊とのご縁を繋いでくれたのは、現在は淡路島で、外科医として研鑽を積んでいる遠藤通意先生だ。ここの“卒業生“で、医師4年目になる。「三豊の内科はいいよ」と勧めていただいた。
三豊総合病院のような広域基幹病院では、地域を越えた搬送や高度医療、離島支援といった、より大きな視野で医療を考えることが求められる。自分が今身につけている手技や処方が、社会全体の医療の中でどこに位置づけられるのかを意識しながら学べることは1つの醍醐味だろう。
たとえば内視鏡。三豊では検診やピロリ除菌後の経過観察で受診する患者が多く、単に手技を覚えるだけでは済まない現実に直面する。なぜ今この技術を学ぶのかという問いを抱えながら、早期診断や予防医療にどう貢献できるかを考える。たとえ将来、消化器内科に進まないとしても、微細な所見を拾い上げる視点を持てることは、医師としての厚みを増す。そう思うと、習得にも一層気合が入った。
また、三豊総合病院は、伊吹島や財田、田野々といった近隣診療所に医師の派遣も行っている。研修医は、これらの診療所での診察にも同行させていただくことができる。
「先生、また来てくれたんやね。」
伊吹島の診療所に入ると、住民が笑顔で声をかけてくれた。観音寺港から10km沖合、人口300人のこの島は、香川県の西の端に位置する約1.09平方キロメートルほどの小さな島だ。週3回派遣される三豊総合病院の医師は、島民たちにとっての生命線になっている。私は三豊総合病院での研修中、その輪の中に参加する機会をいただいた。
この島では、島全体の就業者のうち約 28.9% が第1次産業に従事しており、その多くが漁業だ。漁師やその家族は、海からの恵みとともに島の生活を支えてきた。限られた漁期に全力を注ぎ、漁獲されたカタクチイワシは加工場へ直送され、“伊吹いりこ”となる。島の誇りとして語られるその出汁文化は、島の暮らし・健康観と切り離せない。漁業という仕事の季節性、収益の不安定さ、島外とのつながりや物流の制約。そうした“島の制約”を理解しながら医療をするというのは、単なる診察以上のケアにつながる。坂道を歩けば、洗濯物を干していたおばあちゃんが手を止めて挨拶をしてくれるこの島で、医療が地域に溶け込む、とはどういうことか、考えさせられる時間だった。
伊吹島診療所と同じく、三豊から医師が派遣される田野々・財田の診療所も、私にとって貴重な学びの場だった。伊吹島と同じ一次医療の現場でも、所変われば必要とされる診療のリズムも異なる。
島では交通や買い物の課題が日常に直結していたが、人口減少に直面する山あいの集落にあるこれらの診療所では、「道の駅が近くにできたことで菓子パンを食べすぎちゃう」、「子どもが3人も生まれた家は地域の宝だ」など、いろんな声を聴いた。病気だけでなく、そこに暮らす人々の生活の重心をどう支えるかが診療そのものになるのだと、改めて学ばされた。きっとこれは、島でも山でも、そして常磐でも変わらない、“暮らしと医療の交わり”の姿であり、私が医師としてこれから挑戦していくべきところだろう。
そして三豊での日々で何より私を揺さぶったのは、周囲の研修医たちだった。ある先輩は研修2年間で30本以上の論文を書き、内視鏡を100例以上こなし、さらに年間3000件を超える救急カルテすべてに目を通していたという。医局で隣に座った研修医は、朝6時に出勤し、夜も患者の対応に納得がいくまで病棟に残り、患者のもとをお百度参りのごとく、一日に何度も訪れていた。その誠実な姿を目の当たりにして、「自分の家族を診てもらうなら、この人がいい」と心から思った。同時に私は、「まずは何より研修を無難に終えること」を、無意識に最優先にしていたことに、強い反省を覚えた。
冒頭のエピソードが示すように、三豊総合病院の研修医は“ベースラインの意識”が高いと思う。決して、ずっとずっと忙しい、ということではないが、病棟や外来、救急の現場に散っている彼らに、研修医室のソファーは、いつも座り心地が良いとは限らないのだ。
それだけでなく、お世辞にも、車なしでも何にも不便はないです!、とは言えない環境の中でも、“地元を楽しむ”という、ハイパーに働きがちな医師がついつい忘れてしまう部分を補完する力を持っている点も、彼らの大きな魅力だった。
「この時期はここでとれるキスがうまいんよ」と、研修医たちは釣りを教えてくれた。朝6時から近くの一の宮海岸で始まる朝活も、3週目には常連に入れてもらった。別の研修医は、「瀬戸内海は波がないからええで~!」と、ウエイクボートに誘ってくれた。何度も海に沈む私を、乗れるまで時間も忘れて全力応援してくれた。また別の研修医は、「高級車買っちゃったぜ」と笑っていた。きっと次の休みには、すてきな誰かを乗せて、父母ヶ浜に沈む夕陽を見に行くのだろう。
私はまだ高級車は買えないけれど、この1か月で彼らと過ごした時間が、何よりの財産になった。そして、彼らの姿に触れ、自分自身の暮らしそのものを楽しむことも、医師としての成長に不可欠なのだと気づかされた。
三豊での1か月は、自分の甘さを思い知る時間であると同時に、地域に根ざす医療の奥深さを体感する日々だった。異なる文化を行き来する経験が、私を医師として育ててくれるのだと実感している。
この1か月で得た学びを糧に、これからも旅を重ねたい。送り出してもらえる“かわいい子”であり続けながら、医師として、人として。
【金田侑大 略歴】
北海道大学医学部卒。常磐病院初期研修医1年目。
三豊総合病院の癒し担当、たけし(猫)が恋しい今日この頃。三豊の医師宿舎はペット可物件なのです。いいな。かわいい子には旅をさせよ。かわいい猫にはお留守番させよ。
ところで香川の皆さん。なぜうどん屋さんは軒並み朝6時開店・昼14時閉店なのでしょうか。勤務後に讃岐うどんを食べられないなんて、研修の手引きにも載っていない落とし穴でした。