最新記事一覧

Vol.25208 「百日咳」が最大規模の流行 アメリカで定着「ワクチン追加接種」はなぜ日本では進まないのか

医療ガバナンス学会 (2025年10月31日 08:00)


■ 関連タグ

この原稿はAERA DIGITA(2025年8月20日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/articles/-/263259?page=1

内科医
山本佳奈

2025年10月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

「咳が止まらない」「子どもが感染した」──いま、日本で百日咳が過去最大規模の流行を見せています。7月中旬には累計報告が 約5万2千件 [※1] に達し、2019年の年間最多(約1万7千件)をも上回る、緊急事態ともいえる規模です。感染の中心は10代の若者[※2] 。乳児の死亡例も[※3] 確認されており、深刻さを増しています。

私が現在暮らしているカリフォルニアでは、病院に行くたびに「Tdapワクチン(百日咳を含む追加接種)を接種しませんか」と勧められます。アメリカではCDC([※4] 米疾病対策センター)が、ライフステージごとに定期的な接種を推奨しており、学校や医療機関を通じて追加接種が社会的に定着しています。

乳幼児は生後2カ月から6歳までに5回、思春期の11〜12歳で追加接種、成人は10年ごとの追加接種、さらに妊婦は毎回の妊娠で接種を行うことになっています。つまり、「定期的な追加接種」が社会に組み込まれているのです。一方、日本では乳幼児期の4回接種以降は「任意」にとどまり、公的な推奨や支援は乏しい[※5] ままです。この違いが、現在の大流行の一因になっている可能性があります。

もっとも、米国でも「百日咳だけを狙った定期的な追加接種」までは推奨されていません。CDC[※6] によれば、Tdapワクチンによる免疫は数年で低下しますが、それを補うために繰り返し追加接種を打ち続けても、感染予防効果は限定的であるとされています。

したがって、免疫を維持するために繰り返し行う形での追加接種は推奨されていないのです。代わりに、妊婦への接種で乳児を守ることや、思春期・成人期での一定のタイミングでの接種といった、「戦略的な接種」に重点を置いています。

●アメリカでも流行は止められていない
そんなアメリカでも流行は止められていません。24年には感染報告数が前年の約6倍に増え、3万5千件[※7] に達しました。25年もすでに1万件[※8] を超える勢いです。つまり、「制度が整っても流行は起こる」。

その理由の一つは、現在主流のDTaP(ジフテリア・破傷風・百日咳三種混合/無細胞ワクチン)の免疫が数年で低下すること、そして百日咳菌が麻疹並みに強い感染力を持つことにあります。社会の予防の網にわずかな隙間があれば、一気に広がってしまうのです。

しかし、追加接種には大きな意味があります。妊婦が接種すれば、生まれた赤ちゃんの感染は約8割減少、入院は9割減少、死亡もほぼ防げるとCDC[※9] は報告しています。思春期代での追加接種は感染自体を7割前後防ぎ、成人の[※10] 追加接種も、感染自体は完全に防げなくても、重症化や入院を大幅に減らす効果が確認されています。つまり、「百日咳の感染をゼロにはできなくても、追加接種があれば救える命がある」のです。

●日本では初期接種後の追加は任意
日本でも乳児期の初期接種はしっかり行われています。しかし、その後の追加接種は任意です。費用もかかってしまうため、追加接種率は低いままです。結果として免疫が切れてしまった10代が家庭や学校で感染源となり、最も守られるべき乳児にまで感染が広がる構造が放置されています。追加接種を任意とする日本の状況が、結果として悲劇を招いている現実があります。

百日咳は「完全には防げない病気」です。けれども、追加接種を打てば重症化や死亡を大きく防ぐことができる病気です。けれども、日本では、制度が整っていないために、乳児が命を落とす流行が繰り返されています。

この状況を「しかたない」で済ませていいのでしょうか。守れるはずの命を失わないためにも、追加接種の制度化や公的支援を急がなければならない時にきているのではと思います。

【参照URL】

[※1]https://sj.jst.go.jp/news/202508/n0806-01n.html#:~:text=It%20brought%20the%20cumulative%20total,gradually%20progresses%20to%20severe%20coughing.

[※2]https://id-info.jihs.go.jp/diseases/ha/pertussis/020/250422_JIHS_Pertussis_en.pdf

[※3]https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20250623_jyushouhyakunitizeki.pdf

[※4]https://www.cdc.gov/diphtheria/hcp/vaccine-recommendations/index.html

[※5]https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5930190/

[※6]https://www.cdc.gov/pertussis/hcp/vaccine-recommendations/index.html

[※7]https://www.cdc.gov/pertussis/media/pdfs/2025/01/pertuss-surv-report-2024_PROVISIONAL-508.pdf

[※8]https://www.vax-before-travel.com/global-pertussis-outbreak-includes-us-2025-06-03

[※9]https://www.cdc.gov/pertussis/hcp/vaccine-recommendations/vaccinating-pregnant-patients.html

[※10]https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/rr5517a1.htm

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ