
医療ガバナンス学会 (2025年11月11日 08:00)
この原稿はAERA DIGITA(2025年9月03日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/articles/-/264283
内科医
山本佳奈
2025年11月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
私は2年前、アメリカで避妊用インプラントを選びました。月経痛の軽減が期待できると聞き、魅力的に思えたからです。
しかし、昨年の秋ごろから胸の張りや頻発月経、むくみなどに悩まされ、最終的に除去してIUD(子宮内避妊用具)へ切り替えることになりました。幸い、私の場合はどちらも保険でカバーされ、費用は無料でした。ただ、それは「運が良かった」にすぎません。米国の医療制度は複雑で、同じ選択肢にアクセスできない人も少なくないのです。
実際、最新の研究によれば、避妊用インプラント使用者の6〜62%が月経異常を経験し、除去理由の59%が「膣出血」だと報告されています(Frontiers in Medicine, 2025)。副作用は「私だけの不運」ではなく、多くの人が直面する現実です。さらに、薬理学的な研究では、ホルモンの血中濃度に遺伝的な個人差があることも示されており(OG Open, 2025)、同じ避妊具を使っても副作用の強さが異なる理由の一端と考えられます。
制度面の壁も深刻です。アメリカでは、無保険の女性の約5人に1人が「費用を理由に避妊を断念した経験がある」と報告されています(Guttmacher Institute, 2023)。また、プライマリケア受診の平均待ち時間は約20日(Merritt Hawkins, 2022)。私も予約が1カ月後しか取れず、その間に症状が落ち着いたため受診を見送った経験があります。今回は偶然キャンセル枠があり、すぐに診てもらえましたが、これは例外にすぎません。長い待ち時間は、患者にとって大きな負担です。
●日本は皆保険ではあるが
一方、日本では「国民皆保険制度」により、保険証さえあれば、基本的に誰でも受診できます。これは世界的に見ても大きな強みです。しかし、受診できる制度があるからといって、実際に必要なケアにアクセスできるとは限りません。婦人科は都市部に集中しており、地方や離島では選択肢が限られます。さらに私自身もそうでしたが、仕事を休みにくい環境では、制度があっても実際には受診が難しいのです。
避妊や月経に関する情報不足も課題です。国連の統計によると、日本の経口避妊薬(ピル)の使用率はわずか2〜3%にとどまり、欧米諸国の30〜40%と比べて極端に低い水準です(UN, 2022)。背景には、学校や職場で性や生殖に関する知識を得る機会が少なく、オープンに語りにくい文化があります。日本家族計画協会の調査(2023年)でも、高校生のうち避妊法について正確な知識を持つのは約3割にとどまるとされ、知識不足のまま悩む若者が少なくありません。
●経済的負担もハードル
経済的な負担も無視できません。国民皆保険の下でも低用量ピルは自己負担が必要で、月3,000~4,000円前後の費用がかかります。決して小さくない金額であり、「飲み続けたくても経済的に難しい」という声もあります。さらに、生理用品の価格も大きな負担です。ナプキンやタンポンは生活必需品でありながら軽減税率の対象外で、「生理の貧困」という言葉も広がりました。日本財団の調査(2021年)によると、10代女性のうち約2割が「経済的理由で生理用品の入手に苦労した経験がある」と回答しています。
つまり日本でも、制度があるから安心とは限らず、地域格差・知識不足・経済的負担・職場環境が、健康管理の大きな壁になっています。
国際的な視点から見ても、月経は教育やキャリアに直結する課題です。ユネスコは、世界で10人に1人の少女が月経によって学校を休んだ経験があると報告しています(UNESCO, 2021)。女性の健康は個人の体調管理にとどまらず、教育格差や社会的機会の不平等とも密接につながっています。
●すぐに受診できなくて我慢
私自身、当初は「そのうち治るかもしれない」と期待して症状を我慢しました。日本であれば比較的すぐに受診できますが、アメリカでは予約が取りにくく、受診までに数週間かかることも珍しくありません。その「すぐに受診できない環境」が、私に我慢を後押ししたのです。
しかし症状は改善どころか悪化し、最終的に受診と除去に至りました。この経験を通じて痛感したのは、女性の健康を「自己責任」に押し込めてはならないということです。月経管理は、働き方や教育、制度設計とも直結する社会のインフラです。日本もアメリカも異なる課題を抱えていますが、共通して言えるのは「我慢しなくてよい環境づくり」が必要だということです。女性が安心して健康を守れる社会は、誰にとっても生きやすい社会につながるはずだと私は思います。