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Vol.25232 指定管理者変更と「移行ガバナンス」——柿生学園から考える

医療ガバナンス学会 (2025年12月8日 08:00)


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神奈川県議会議員
小川久仁子

2025年12月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

川崎市立柿生学園は、重度の知的障害や強度行動障害のある方々が生活する入所型障害者支援施設である。ここは、支援員との信頼関係、医療との連携、日常の習慣が積み重なり、“生活そのものが成立している場所”であると同時に、川崎市が設置者として公的責任を負う施設でもある。

今回、この柿生学園の指定管理者が変更されることになった。この変更経過に私は違和感を感じている。
柿生学園に入所されている約75%の方々は、強度行動障害と診断されている。日常生活の小さな変化や刺激に対し、激しい行動反応を示す方が多く、特に「信頼できる支援員」との関係形成が、その方の生命安全と生活の安定に直結する。他施設で苦しい経験を重ねた末に、やっと柿生学園で“安穏な生活”を取り戻した方も少なくない。
私は入所者のご家族から深い不安の声を受け、可能な範囲で支援を続けてきた。政治とは、制度を語るだけではなく、生活を守ることであると私は思っている。

【1.指定管理者変更までの経過】
令和7年1月21日、市の外郭団体が一定の評価を得て、柿生学園の「指定管理予定者」となった(従来は非公募・更新制)。しかし翌2月中旬、市長決裁により予定者にはしない判断が下され、急遽、公募が開始された。4月22日、再び選定委員会が開かれ、新しい指定管理予定者が決定された。
6月の川崎市議会で新指定管理者が議決され、結果として、約40年間にわたり運営してきた市の外郭団体は退くこととなった。7月以降、市および法人による家族説明会が断続的に実施された。
私は10月4日の説明会に同席した。当日の資料は新法人の概要のみであり、最も重要な職員体制や経験については口頭説明に留まった。新指定管理予定者は高齢者福祉を主事業としてきた法人であり、障害者支援の経験は乏しい。また、数年前に市内で問題となった社会福祉法人の事業を承継した法人でもある。

【2.「指定管理者制度」と生活の連続性】
今回、指定管理料はこれまでの約3分の1になると説明されている。行政的には「コスト縮減」「効率性向上」と見えるかもしれない。しかし、重度障害者支援は単純な人件費や施設管理費で評価できない。“数字化できない支援”を土台に成立している。
拒食、自傷、激しい行動反応。それまで支えてきた支援員との関係が失われれば、生活の安定は崩れる。支援は競争の対象ではない。価格が低い方が評価される制度が成立すれば、それは本来の理念から外れてしまう。
強度行動障害の特性は、制度設計の視点だけでは理解できない部分がある。支援の核心は「人間関係の維持」「信頼の蓄積」であり、これは価格競争に乗せられない。
この変化に最も強い不安を抱いているのは、ご家族の方々である。高齢となった親御さんは、「亡くなった後に、この子はどう生きるのか」と眠れぬ夜を過ごしている。兄弟姉妹もまた深刻な悩みを抱えている。「親亡き後、生活をどう支えるのか」という葛藤である。
ここで私は「移行ガバナンス」という言葉を提示したい。それは、運営主体が変わる際に、入所者の生活の連続性と信頼関係を守る統治のあり方である。制度上の変更は行政の都合でも、生活の継続は入所者の人生そのものだ。

【3.神奈川県での取り組みと、学ぶべき視点】
神奈川県立障害者施設では、悲惨な津久井やまゆり園事件以降、虐待事案が相次いで表面化した。県は抜本的な再生を目指し、中井やまゆり園を新設の地方独立行政法人に移行することを決定した。その過程で最大の論点は「生活の継続性」である。
私は令和8年4月の移行前から新職員が既存の支援員と共に支援する「ダブルケア」を求めた。移行後も必要に応じて入所者に慣れた支援員を派遣することも求めた。県は質疑でこれを認め、対応する方針を示した。県はこの答弁を川崎市担当部署へ共有した。

【4.結びに】
指定管理者制度は全国に広がり、公園や市民館のように利用者が運営者を“選べる”施設では効果を発揮する。しかし、柿生学園のように“生活が成立している”施設では、制度の仕組みだけでは支えきれないものがある。
生活の継続を守ることを、制度の中心に置く。それが移行ガバナンスである。
制度の変更は行政の都合でも、生活の継続はその方の人生そのものである。移行期の不安と緊張を抱えるご家族に寄り添い、環境の変化を最小に抑え、生活の連続性を守ることは、障害福祉に携わる自治体の責務であると私は考えている。
神奈川県が中井やまゆり園で示した「生活を守る移行ガバナンス」という姿勢は、自治体が共有すべき基本である。柿生学園においても、同じ視点と配慮を川崎市が示すことを期待している。

注釈
1. 障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成17年法律第123号)第42条参照。
2. 神奈川県当事者目線の障害福祉推進条例(令和7年6月6日公布)第3条、第4条参照。

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