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Vol.151 想定外の事態が続く中での危機管理 舛添議員vs管総理

医療ガバナンス学会 (2011年4月29日 06:00)


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虎の門病院血液内科 谷口修一
Save Fukushima 50

http://www.savefukushima50.org/?lang=ja

2011年4月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


平成23年4月25日参議院予算委員会において前厚生労働大臣舛添要一参議院議員が原発作業員のための幹細胞採取プロジェクト(1、2参照)について管直 人総理に直接質問された。舛添さんは、「福島原発において既に想定外の事故が立て続きに起こっている中で危機管理について総理の強いリーダーシップが必要 とされている」ことを強調しつつ、「作業員の命がけの作業や劣悪な生活環境と健康管理」に触れながら、「万が一の大量被爆に備え、幹細胞を採取すべきだ」 と明確に主張した。私の思いがそのまま乗り移ったようで不思議な気分であった。お会いしたことはない。

事故から40日以上経過したにもかかわらず、作業員の食事はいまだにレトルト食主体、入浴は介護用の拭き取りや水なし洗髪、休養、睡眠などの劣悪な生活環 境に加えて、ずさんな累積被爆線量や内部被爆測定のwhole body counter検査が行われていなかった実態も既に国民は知っている。被曝量がわからないなら500mSy相当の被爆で起こりうる白血球減少に備えた血液 検査は定期的に実施すべきだがこれも行われていない。被災者の生活支援に一瞬の遅延があってもならないことは当然として、放射能の恐怖と闘いながら原発事 故収束のため日夜努力されている作業員の生活や健康管理が二の次だと思っている国民はもはやいまい。

管総理は幹細胞採取の必要性に関して、もう一ヶ月も過ぎた3/25の原子力安全委員会の現段階でとの条件付の助言をそのまま引用された。
1)作業従事者にこれ以上の精神的・身体的負担をかける問題
2)国際関連機関における合意がない
3)国民の十分な理解がない
の3点である。
答弁中にご自分の考えが全く語られていないことは極めて残念である。舛添さんは、「虎の門病院で既に採取・保存の体制が整っている」、「日本造血細胞移植 学会で107施設(現時点で119施設)が採取・保存に協力を表明している」(3/17には学会で迅速にアンケート調査が行われた)、「ヨーロッパ骨髄移 植学会も日本だけでは無理ならばヨーロッパの50施設が協力すると3/25の段階で表明している」ことも例に出して、管総理に決断を求めたが、やはり万が 一の事態にならないようにすることも含まれるとして「必要ない」と断じた。
万が一の事態を引き起こさない万全の対策は当然であるが、それが約束できない状況であることは作業員も国民も知っている。あまり無茶なことは発言されない方が良い。

事故から40日を超え、原発での作業は長期化することも明らかとなった。幹細胞プロジェクトは当初不測の事態としての大量被爆を想定して企画したが、もは やその対応だけではすまなくなった。確実に低線量被爆者が増えてくる中、晩期障害のことも憂慮せざるをえない。原発作業者だけでなく地域住民のお一人お一 人の健康状態や既往歴、家族歴ひいてはゲノム時代に合わせた個別のfollow up systemの構築およびその開始が急務となっていることはお気づきであろうか?最近の研究では、累積被爆線量が100mSvを超える当たりから白血病発 症リスクが上昇し始め、早い人では2年目頃から白血病が発症してくるとされている。

今回我々が提案した原発作業員のための幹細胞採取プロジェクトの帰趨は、世界からも非常に注目を浴びている。我々がイギリスの高名な臨床医学専門誌 (The Lancet)にこの問題に関する意見書を投稿したところ、編集部は尋常ならざる対応を取った。投稿の即日に論文を受理したばかりか、通常の掲載枠の3倍 以上のスペースを用意したうえ、直ちに校正に入り、我々が返信を返すや否や同雑誌ウェブサイトのトップページに写真入りで掲載した。通常の医学論文の発表 には数ヶ月から年単位の時間を要することを考えると、編集部の並々ならぬ意気込みが我々にも伝わった。おまけに全世界のメディアに向けたプレスリリースま で発信してくれた。

権威ある医学雑誌からのプレスリリースにより、我々の主張はまさに全世界のメディアで報道された。ロイター、AFP、ニューヨークタイムズ、ル・モンド、 ガーディアン、LAタイムズなどなど欧米のメディアは勿論のこと、中国、韓国、インド、台湾、タイやブルネイからイスラム圏のメディアまで報道は広がっ た。雑誌タイムなどからの直接取材もあり、夜中にほろ酔い状態の中、覚束ない英語で電話インタビューまで受けるはめになった。
世界随一のがん専門病院であるテキサス大学MDアンダーソンがんセンターのチャンプリン博士や、移植治療の世界的権威であるイスラエルのスレイビン博士らも我々にメッセージを寄せてくれた。
この一事でも、福島原発の問題と日本の対応が世界から如何に注視されていることか理解できる。我々の主張は日本と同様、世界の専門家の間でも議論を巻き起 こしており、原発を推進するオバマ政権下の科学専門誌サイエンスは反対の論陣を張った。オープンに議論することは素晴らしいことだ。我が国とでは彼我の差 を感じる。
我々のプロジェクトの正否は歴史が証明するしかないのだろうが、十分な議論と検討を踏まえ、それでも敢えて必要なしとの判断なのか、世界や後世へ向けての説明責任も自覚した上で、現代日本の国民の誇りを持って決断する必要がある。

ロイター通信で報じられた我々のニュースには面白いコメントが寄せられた。第一次世界大戦中のドイツ軍本部は、当初パイロットにパラシュートを装備させる のを拒んでいたそうである。その結果、木製の飛行機で多くの飛行士が焼け死ぬか空中から飛び降りるかの道を選んだという。原子力安全委員会も歴史を学んだ 方が良い。先人の失敗から多くの教訓が得られる。原発作業員の放射線防護のために、二重三重の方策を設けても決して損はないと考える。我々医学専門家が、 工学分野における信頼性設計(フェイルセーフ設計、冗長性設計)の話を持ち出すまでもないだろう。最後に約2500年前の兵法を引用し、私の漫談は終わ る。

孫子曰、昔之善戰者、先爲不可勝、以待敵之可勝。昔の善く戦う者は、先ず勝つ可からざるを為して、以て敵の勝つ可きを待つ。

参考
1 http://medg.jp/mt/2011/03/vol85.html
2 http://medg.jp/mt/2011/04/vol107.html

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