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Vol.154 被曝者に放射性核種による内部被曝についてインフォームドコンセントを

医療ガバナンス学会 (2011年5月1日 06:00)


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共立耳鼻咽喉科院長 山野辺滋晴
2011年5月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


今回の福島第原発事故では、国際放射線防護委員会(ICRP)の提案に従って、一般人の被曝限度量が年間1mSvから20mSvに緩和されました。同様 に、水道水中の放射性ヨードは300bq/Lに暫定的に引き上げられ、除染基準も1万3千cpmから10万cpmに引き上げられています。これらの措置は 住民の移住を回避するためですが、原発事故では、CT検査のような外部被曝だけではなく内部被曝も伴うため、原発周辺から関東一円に居住する人々の不安を 払拭できていません。いま、こうした人々の不安を拭い去るためには、ストロンチウムなど様々な放射性核種による内部被曝について、医学的な立場から丁寧に インフォームドコンセントすることが必要ではないでしょうか。

昔、私はアイソトープ(放射性核種)実験施設で研究したことがあります。様々な放射性核種が使用される実験施設では、放射性物質は厳しく管理されており、 空間や床面で数十~数μSv/hの放射線量率が計測する状況など許されませんでした。もちろん、そうした放射能汚染状況下での飲食や日常生活など論外でし たが、現在の原発事故周辺地域では、どんな放射性核種が存在しているのかも判らないまま、同様の環境で住民の方々は生活しているわけです。つまり、生活環 境に存在する放射性核種の種類と濃度に関する情報が不足しているために、社会に混乱を招いているのでしょう。いま、如何なる放射性核種が存在するのかしな いのか、地域毎に情報提供する必要があると思います。

原子力安全委員会作成の環境放射線モニタリング指針[1]では、原子力施設において異常事態が発生した場合には、平常時モニタリングを強化し、空間放射線 量率、大気中の放射性物質、気象観測、積算線量の監視を強めて、原子力施設からの予期しない放射性物質又は放射線の放出を早期に検出し、環境における放射 性核種の蓄積状況を把握するよう指示しています。こうした平常時モニタリングでは、ストロンチウムを含む様々な放射性核種が測定対象として取上げてありま す。しかし、今回の原発事故のような緊急時モニタリング時には、測定対象は放射性のヨウ素、セシウム、ウラン、プルトニウムだけに限定され、ストロンチウ ムを始めとする多くの放射性核種が当初の測定対象から除外されています。こうした欠陥が前述の指針にあるため、現時点では情報公開している放射性核種が極 めて少なく、大気中や海中に漂う放射性核種の種類と濃度も公表されておらず、現状の情報公開は人々の不安を払拭するために必要十分とは言えません。

この指針では、内部被曝の原因となる放射性プルームの移流・拡散から人々を守るため、既に開発してあった緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム (SPEEDⅠ)を活用するよう指示されています。けれども、30キロ圏外の一部地域で基準を超える内部被曝の可能性を示唆した予測結果[2]が公表され た後は公表されなくなり、大気中の放射性核種や気象の観測結果から放射性ヨウ素やプルトニウムの飛散予測地図を作成して人々の健康被害を防止するための情 報提供は中止されています。

日本では放射性ストロンチウムは計測対象ではありませんが、EUを始めとする多くの諸外国では、環境試料中の放射性ストロンチウムも計測対象です [3]。(但し、日本では放射性ストロンチウムの濃度は放射性セシウムの一割と想定してあるため除外されています。)さらに、高エネルギー加速器研究機構 (KEK)では、大気中の様々な放射性核種の種類と濃度について実際に測定結果が公表されていますし[4]、フランスの民間機構では、福島第一原発周辺で 採取した土壌などの環境試料を計測し、その中に含まれていた放射性ヨウ素やセシウム以外の放射性核種についても公表しています[5]。このように、様々な 放射性核種について観測結果を公表した上で、現状の内部被曝が危険なレベルにない事を実証してこそ、人々の不安が払拭されると思います。

また、医学的に内部被曝量を把握するのであれば、ホールボディカウンタを使えば内部被曝量を実測することができます。原発事業所では作業員の健康を守るた め、三ヶ月に一回の定期検査が義務付けられていますから、当然、今回の事故では周辺住民にも同様の検査を実施すべきだと思います。JOC臨界事故では、周 辺住民へのホールボディカウンタ検査の実施が遅れてしまい、事故当時の内部被曝状況を把握できなかった事が問題視されています。同じ過ちを繰り返さないた めに、今回の福島原発事故では周辺住民に対してホールボディカウンタの存在を早急に周知して、体内のヨウ素131が測定限界以下になる前に、希望者に対し てホールボディカウンタ検査を行いサンプリングすべきでしょう。さらに、国立がん研究センター嘉山孝正理事長が提案されたように、原発周辺住民にフィルム バッジを配布し外部被曝量を各個人で定量すべきです。現状は間違いなく非常事態ですから、医療関係者が日常的に行っている放射線量管理を超法規的に暫く中 断し、余剰となるフィルムバッジを福島県東部の住民全員に優先して配布することも検討すべきだと思います。

皆さん御存知のように、原爆の被爆者は大量の放射線が晩発性障害を引き起こす事を体験していますから、放射能の危険性を世界に訴えています。ただ、その一 方で、ある程度までの放射線を外部被曝したり内部被曝したりしても、一部の人々を除いて一生を大過なく健康に過ごせることも被爆者は知っています。こうし た知見から類推すれば、被曝しても健康を害さないためには、放射線被曝をできるだけ少なくすべきです。いま、年間累積放射線量が100mSV以下であれば 安全で危険は極めて少ないかのような風潮がありますが、被曝者の安全を守るためには、測定困難なα線やβ線を出す放射性核種による内部被曝も考慮し、でき るだけ被曝しないように十分な被曝防護対策を周知徹底する必要があることを忘れてはいけないでしょう。

私は被爆二世で、放射線影響研究所の健康調査を受けています。ですから、被曝者の健康を守るためには、生活環境の放射線量を正確に計測して危険性の有無を 調べ、必要な検査を確実に実施し継続していくことが大切だと思います。そのためには、いま広く行われている空間線量率の計測だけでなく、大気や放射性降下 物に含まれる様々な放射性核種について計測して地域の危険性を把握しつつ、被曝者各個の被曝線量を管理して頂きたいと思います。原発推進では安全性ばかり が強調されて、危機管理が蔑ろにされました。この過ちを繰り返さないためにも、予期せぬ内部被曝を防止するためにストロンチウムなどの危険な放射性核種に 関する計測体制を整備した上で、計測した情報を全て公開して適切に危機管理し、どこまでが安全で、どこからが危険なのか、原発周辺で生活する被曝者へのイ ンフォームドコンセントの確立をお願い致します。

参照[1] http://www.nsc.go.jp/anzen/sonota/houkoku/houkoku20080327.pdf
参照[2] http://www.asahi.com/national/update/0326/TKY201103260337.html
参照[3] http://www.jetro.go.jp/world/shinsai/20110411_01.html
参照[4] http://www.kek.jp/quake/radmonitor/index.html
参照[5] http://www.acro.eu.org/OCJ_jp

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