
医療ガバナンス学会 (2025年12月22日 08:00)
加藤 華
2025年12月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
私は Session 1 において、「教育・医療に根付く競争構造が医師の価値観や医療のあり方にいかなる影響を及ぼすのか」、そして「医療人を育てる社会のあるべき姿とは何か」をテーマに話題提供を行った。
過度の競争、効率偏重、序列化された価値観のもとでは、医師としての倫理や使命感が十分に育まれにくい。実際、競争が先鋭化した韓国では救急科・産科・小児科医の不足が深刻化し、国民の生命に直接影響を及ぼす事態が生じている。医療倫理とは、本来、技術や制度以前に、社会全体の価値選択に根差すべきものであり、医師を志す学生がいかなる環境で学び、社会がどの価値を重んじるのかが、医療の未来を大きく左右する。
発表では、医療ガバナンス研究所での経験を通じて痛感した「学生が社会を知り、他者と協働し、多角的視点を育む教育環境の必要性」を強調した。シンポジウム終了後、「日本でも学力偏重の価値観から医学部を選択する学生は少なくない。今回の発表は、これから医療の道を歩み始める学生たちに大きな示唆を与えたのではないか」との声をいただき、問題提起の意義を改めて実感した。
他のセッションでは、医師のみならず多様な職種・地域・立場の登壇者が、それぞれの現場における改革の取り組みや葛藤、成果と課題を具体的に紹介していた。変革には往々にして長い年月がかかり、その陰で、課題に真正面から向き合い、ときに既存の組織と衝突しながらも尽力してきた人々がいることを再認識した。議論を通じ、自らの視野にはなかった観点に幾度も触れ、医療を支える仕組みの複雑さと、それでも改革を進めなければならない必然性を強く感じた。
とりわけ、小野俊介先生の「理想と現実の狭間でもがき続け、いわば“泥沼前線”とも言える現場で数十年間同じ課題と向き合ってきた」という言葉は、鮮烈に胸に刻まれた。その瞬間、私は医療ガバナンス研究所でインターンとして過ごした日々と、あの頃抱えていた理想や葛藤が鮮明に蘇った。
私は大学で公衆衛生を専攻し、社会全体で人々の健康と暮らしを守るというテーマに強い関心を抱いていた。インターンでは福島医科大学の坪倉正治医師のもとで災害医療を学び、与えられたデータを分析し、日本が災害大国としていかなる医療体制を構築すべきか、そして研究成果をいかに世界へ発信すべきかを考え抜いた。最終日には上昌広医師らの前でプレゼンテーションを行った。しかしその後、上医師から「理想主義的で、きれいごとに聞こえる。もし自分が投資家であればあなたに投資したいとは思わない」と率直な指摘をいただいた。その言葉は今も鮮明に記憶に残っている。実際、坪倉医師と現場へ向かう道すがらお話を伺いながら、私自身も、自分の考えが“理想論”に留まっているにすぎないことに気づき始めていた。しかしそれを改めて突きつけられた瞬間、自分が医師や研究者として理想と現実の狭間でもがき続ける覚悟を持ち得ていないことに気づかされた。そして私は、医師を志す道を降りる決断をした。
今回のシンポジウムを通じ、悩み葛藤しているのは決して自分一人ではなく、多くの医療者が同じ問いを抱えながら歩み続けていることを知った。一方で、私は目前の現実という高い壁を前に意欲を失い、その道を退いたのだと痛烈に自覚させられた。この自覚は苦いものであったが、同時に「誠実でありたい」と願う自分を再発見する機会でもあった。
さらに、多くの専門家や実務者が現場で誠実に声を上げ続けている姿に触れ、「現場の声は決して弱いものではなく、適切に積み重ねれば制度そのものを動かす力となり得る」という確信を新たにした。理想を掲げるだけでは届かず、現実に埋没していても前へは進めない──その両者の間を往復しながら歩みを止めない人々の姿に、深い敬意と感謝を抱いた。
今回の登壇と参加は、私にとって単なるイベントではなく、「いかに成長し、いかに意義ある人生を築くのか」を改めて見つめ直す契機となった。今回得た学びと気づきを、今後の仕事や取り組みに丁寧に反映しながら、私自身の方法で医療のより良い未来へ、微力ながらも継続的に貢献していきたいと強く思っている。
結びに
第20回「現場からの医療改革推進協議会シンポジウム」にお招きいただきましたこと、また MRIC への寄稿に際し多大なるご指導を賜りました上昌広医師に、ここに慎んで御礼申し上げます。さらに、シンポジウムの準備・運営において昼夜を問わずご尽力くださったスタッフの皆様、並びに学生の皆様のご支援に深く感謝申し上げます。