
医療ガバナンス学会 (2025年12月23日 08:00)
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http://expres.umin.jp/mric/mric_25243-3.pdf
匿名
2025年12月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
感染症学会の中枢である理事会は、理事長を含む18名の理事および監事から構成されるが、そのうち7名(38.9%)が長崎大学の出身である。他大学では慶應義塾大学が2名を占めるものの、東京大学、九州大学、東京医科歯科大学(現・東京科学大学)など主要大学は各1名にとどまり、京都大学や大阪大学など他の旧帝大出身者は0名である。(表1)まさに「長崎大学」対「それ以外」という構図が成立していると言ってよい。(図1)
http://expres.umin.jp/mric/mric_25243-1.pdf
表1. 感染症学会理事会役員名簿
感染症学会理事会役員名簿はhttps://www.kansensho.or.jp/modules/about/index.php?content_id=11より作成。
製薬企業からの受取額に関しては製薬マネーデータベース『YEN FOR DOCS』(https://yenfordocs.jp/)より作成。
3年間の受取額が1,000万円を超える場合は太字となっている。
http://expres.umin.jp/mric/mric_25243-2.pdf
図1
通常、医学系学会の理事会は学閥・地域・専門分野(臨床・基礎・疫学等)のバランスを考慮して構成されるもので、特定の学閥に著しく偏ることは想定されにくい。しかし感染症学会に関しては、長崎大学出身者の一強体制が実質的に成立している。環境感染学会など感染症関連の他学会でも長崎大学関係者の影響力は大きい。
さらに、コロナ禍を通じてメディアに頻繁に登場した感染症専門家にも長崎大学出身者が多い。舘田一博氏(元感染症学会理事長・東邦大学教授)、松本哲哉氏(現理事長・国際医療福祉大学教授)らは、とくに2020〜2021年の初期コロナ禍において連日のようにメディアに登場し、多くの国民にとって「顔なじみ」の存在となったが、いずれも長崎大学第二内科の出身である。
長崎大学医学部の起源は幕末にさかのぼる。安政4(1857)年、長崎奉行所西役所医学伝習所において、オランダ海軍軍医ポンペ・ファン・メールデルフォルトが医学伝習を始めたことがその始まりであり、日本最古の医学校である。伝統的に熱帯医学、とりわけ感染症学の分野で強みをもち、長崎大学熱帯医学研究所(熱研)は、日中戦争下の1942年(昭和17年)に、コレラ、チフス、赤痢など風土病研究のため「長崎医科大学附属東亜風土病研究所」として設立された。
原爆で甚大な被害を受けながらも、長崎県には古くからフィラリア症、成人T細胞白血病(ATL)など多くの風土病が存在したため、研究所は戦後も存続した。五島列島でのフィラリア症、戦後の彦根でのマラリア、久留米・山梨で流行した住血吸虫症など、国内の風土病の撲滅に寄与し、1960年代までに他機関と協力して多くの成果を上げている。熱帯医学研究所は国際保健の拠点でもあり、アジア・アフリカに海外研究拠点を有する。さだまさし氏の曲「風に立つライオン」(後に大沢たかお主演で映画化)のモデルである柴田紘一郎医師も、同研究所の医師としてケニアに派遣され現地医療に従事した。
こうした歴史的背景から、長崎大学が日本の感染症分野に多大な貢献をしてきたことは確かであり、多くの同大学出身者が感染症学会の理事として強い影響力をもつことも一定の合理性がある。また、理事選出が正規の規則に基づいて行われている以上、それ自体を批判するのは適切でないという反論もあり得る。
さらに、これはやや俗な視点かもしれないが、東京大学のような国内トップレベルで大きな権威を有する大学を批判することには抵抗が少ない一方、地方大学を批判する行為は「弱者いじめ」に映るという社会心理的なバイアスが働く可能性もある。同じ構図で東京大学が圧倒的多数を占めていたとすれば、もっと強い批判にさらされていたかもしれない。
では、特定の学閥が学会で圧倒的な力を持つと、どのような問題が生じるのか。緊急時には意思決定が迅速に進むという利点がある一方、支配的学閥に反対しにくくなり、誤りや利益相反(COI)があっても内部批判が起きにくくなる。ガイドラインや政策提言が「学閥の見解」と「科学的合意」を混同しやすくなる危険性もある。さらに、支配学閥が特定企業・機関と密接な関係を持つ場合、政策提言や学会声明が中立性を欠くおそれもある。
なお、表1には製薬マネーデータベース「YEN FOR DOCS」を用い、コロナ禍(2020~2022年)において各理事個人が製薬企業から受け取った講師謝金、コンサルティング等の業務委託費、原稿執筆料・監修料等の合計額と、そのうちコロナワクチン関連企業(ファイザー、Meiji Seika。なお、モデルナについてはデータを確認できなかった)に由来する合計額とを示している。
製薬企業から大学教授などの医師に支払われる謝礼が高額である例として、しばしば話題に上るのが日本高血圧学会である1)。高血圧や糖尿病といった生活習慣病、循環器領域などは患者マーケットが極めて大きいことから、これらを対象とする学会では、製薬企業との関係性や利権がしばしば取り沙汰される。こうした見方の背景には、過去に臨床研究不正の象徴とも言える大スキャンダルであったディオバン事件の
記憶が影響していることも否定できないだろう。
高血圧学会理事への謝礼については、5年間で16人が1,000万円超、最多では1億円超と報じられているが、金額の規模という点では感染症学会の理事も決して引けを取らない。コロナ禍の3年間において、受取額が最も多かったのは、メディアにも頻繁に登場していた三鴨廣繁氏(愛知医大教授)である。また、他に3年間の受取額が1,000万円を超えていた理事は三鴨氏の他に6名存在するが、そのうち5名は長崎大学の出身であった。
受取額には個人間で極めて大きなばらつきがあるため、平均値で評価することには疑問も残るが、あえて平均値を算出すると、長崎大学系理事の平均は、非長崎大学系理事の平均を大きく上回っている。さらに、コロナワクチン関連企業(ファイザー、Meiji Seikaファルマ)由来の謝礼に限定した場合でも、同様の傾向が認められる。これらの集計額は、Web上のデータベースを二次利用して算出したものであるため、一部に漏れや誤りが含まれている可能性を否定することはできない。しかし、全体的な傾向としては大きな誤りはないものと考えられる。
一般に大学教授の本給は、大学からの給与のみで見れば年1,000万円台前半であることが多い。これだけ多数の講演をこなしていれば、他の業務に割ける時間が限られるという側面もあり、こうした謝礼額が彼らの労働量や能力に比して法外に高いかどうかについては、議論の余地があるだろう。また、正当な手続きを経て支払われた謝礼金について、過度に問題視するのは適切ではないとする考え方もある。しかし、製薬メーカーとの間に利益相反(COI)が存在する場合、とりわけコロナワクチンのようなテーマに関しては、メーカーに少しでも不利となり得る情報の発信がしづらくなる傾向が生じる可能性は、否定できないのではないだろうか。
長崎大学関係者を中心とする感染症学会の専門家らは、コロナ禍初期から徹底した感染対策を訴え、コロナワクチンの有効性と安全性を強調し、接種推進を積極的に後押ししてきた。長崎大学が主導した研究として、コロナワクチンの有効性を評価する「VERSUS研究」がある。本研究では、ワクチン追加接種が重症化を大幅に減少させた一方、症状のある感染を明確には阻止できなかったことが示されている 2)。
ただし、本研究では受診者のみが対象であるため、受診バイアスの影響を受ける可能性が指摘されている。ワクチン接種者は軽症でも受診しやすい一方、未接種者は重症化するまで受診を遅らせる傾向がある。この相違は比較結果を歪め得るため、VERSUSのようなテスト陰性デザインは慎重に解釈されるべきである。また、研究の症例選択に恣意性があるとの批判も提示されている 3)。こうした論点については、研究を主導する長崎大学側も根拠を示して反論すべきだと考えられるが、現時点では公式の場で議論されている様子は見られない。
なお、2025年9月、日本感染症学会理事長・松本哲哉氏を筆頭に「新型コロナワクチン定期接種に関する見解」が公表された 4)。そこでは、「COVID-19の高齢者における重症化・死亡リスクは依然として高く、免疫を逃れるウイルス変異も続いているため、冬季の流行に備え、2025年10月から開始される新型コロナワクチンの定期接種を強く推奨する」
と明記されている。さらに、接種推奨の根拠として、「わが国でも、もし新型コロナワクチンが導入されていなかったとすれば、2021年2〜11月の感染者数は報告数の13.5倍、死亡者数は36.4倍に達したと推定されている」と、西浦博氏らによる研究成果が引用されている 5)。しかし、この論文については、直前の実測値に基づく短期予測をつなぎ合わせることで、あたかも高精度な長期予測が成立しているかのように見せているのではないか、という重大な懸念がすでに指摘されている 6)。本論文の評価については現時点で結論が出ておらず、今後の検証が必要である。
学会執行部のバックグラウンドに多様性が乏しい場合、異なる視点が十分に反映されにくく、また多数派の支持を得た意見であれば、偏りや誤りを含む場合でも容易に通ってしまうのではないかという懸念は、どうしても拭えない。コロナワクチンに関しては、メーカーが2025年秋も接種促進のオンラインセミナーを多数開催しており、その演者には長崎大学関係者が多い。接種推進派にとって 利益相反(COI)が避けがたい点は否定しようがない。
つづく