最新記事一覧

Vol.25245 長崎県・壱岐島沖ドクターヘリ事故 原因究明と対策の間の違和感

医療ガバナンス学会 (2025年12月25日 08:00)


■ 関連タグ

JA尾道総合病院 / 田辺クリニック / 合同会社MONSHIN
田邊 輝真

2025年12月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

【本編】

2025年4月、長崎県・壱岐島沖において、福岡和白病院を基地とする医療搬送ヘリが墜落し、3名の尊い命が失われました。
34歳、志半ばで逝った後輩医師の無念を想うとき、生きている私たちがすべきことは、単に冥福を祈ることではありません。 二度と同じ悲劇を生まないために、徹底した原因究明を行い、そこから学び、未来へ活かすことです。

事故から半年が過ぎた11月26日、国土交通省は、エアバス EC135/EC635 系列機(製造番号1999まで)を対象とした耐空性改善通報(TCD)を改定しました。 その内容は、テール・ローター・コントロール系統の一部(ボール・ピボット等)について、原則3か月ごとの繰り返し検査を追加し、不具合が確認された場合には交換や是正処置を求めるものです。
現場を少し離れた一人の医師として、この対策に対し、私はある種の「理解」と、それを上回る強い「違和感」を覚えます。

●序章:行政の「苦渋の決断」を理解する ― なぜ「運航停止」にならなかったのか ―
まず、冷静に事実を整理する必要があります。
今回の事故機は、国の補助事業である「ドクターヘリ(HEM-Net管轄)」ではなく、民間病院が独自に契約した「医療搬送ヘリ」でした。制度上、厚生労働省の直接的な管理下にはありません。
しかし、使用されていた機体(エアバス EC135)は、日本全国の正規ドクターヘリと全く同じハードウェアです。
もし国(国土交通省)が、今回の事故を受けて「同型機の即時運航停止」や「全部品の新品交換」を命じていたら、どうなっていたでしょうか。 日本中のドクターヘリが止まり、救えるはずの命が救えなくなる――医療崩壊を招いていた可能性があります。
だからこそ、「点検を強化することで、運航は止めない」という今回の通報は、医療インフラを守るための短期的な現実解として、一定の合理性を持つ判断だったと理解できます。
しかし、問いは残ります。 「短期的にはそれで良くても、長期的に本当にそれでいいのか?」
私が本稿で問いかけたいのは、その時間軸を変えた視点です。

●第1章:解像度を上げるための基礎知識 ―「コントロール・ロッド」という名の急所―

本題に入る前に、今回問題となった部品について、少し専門的な説明をさせてください。 ここでは「解剖学」に準えて説明します。
1.それは「神経」であり「腱」である ヘリコプターは、パイロットの手足の操作がローターに伝わることで、初めて飛行します。 操縦席のペダルに込められた「意思」を、後部のテール・ローターに物理的に伝えているのが、「コントロール・ロッド」と呼ばれる金属製の棒です。いわば運動神経に相当する部品です。
2.今回報告されている事象 報告事例では、飛行中に機体後部から異音が生じ、その後テール・ローターの操縦が失われました。調査の結果、ヨー・アクチュエーターに接続されたコントロール・ロッドの破断が確認されています。 このロッド端部には「ボール・ピボット」と呼ばれる関節構造があり、腐食を含む劣化が進行した場合、強度低下を招きうる部位です。
3.「心臓」は2つあるのに、「神経」は1本しかない 最大の問題は、この極めて重要な「神経」が、EC135という機種において1本しか存在しなかったという事実です。
大型のヘリコプターであれば、安全のためにこの系統のロッドは2本、3本と多重化され、守られています。 しかし、小型機である本機は、機体の「軽さ」を優先する設計上、ロッドは1本しかありません。「1本しかない代わりに、通常の使用では絶対に折れない強度を持たせる」という前提で作られているからです。
一方で、厚生労働省のドクターヘリ導入基準には、「エンジンが2基あること(双発機)」という絶対条件があります。これは、片方のエンジンが停止しても墜落しないための安全策です。
しかし、今回の事故は私たちに突きつけました。 「心臓が2つあっても、それを動かす神経が1本しかなく、それが切れてしまえば、機体は制御不能になる」
かつて子ども達が見学に来た際、私は胸を張ってこう伝えていました。 「ドクターヘリは安全なんだよ。エンジンが2つあるから、片方が壊れても大丈夫なんだ」と。
しかし、それは私の知識不足でした。今回の事故が起きるまで、もう一つの急所があることに気づけなかったのです。

●第2章:環境との適合性と、現場の負担 ―「3か月」という頻度と、隠れたコストバイアス ―

今回の通報により、テール・ローター制御系の一部について、原則3か月ごとの繰り返し検査が義務付けられました。検査結果に応じて、部品交換や腐食除去などの是正処置が求められます。
その元となった欧州航空安全庁(EASA)の耐空性改善命令では、一定期間「腐食環境」で運用されていない場合に限り、次回点検を最長6か月まで延期できる余地が示されています。
逆に言えば、日本の多くの運用環境では、この例外が適用されにくく、短い点検間隔を前提とせざるを得ない構造であることを意味します。
さらに、この検査体制には構造的な危うさが潜んでいます。
第一に、検査自体の負担です。 サブミリメートル(1mm以下の単位)の微細な変化を、機体に組み付けられた状態で確認する検査が求められており、検査環境や測定の再現性の面で、現場に高い負荷がかかることは否定できません。
第二に、「コストバイアス」の問題です。 もし「疑わしい」と判断して部品交換となれば、その費用と、調整に伴う運航停止ロスは、すべて所有者である運航会社の負担となります。

●交換すれば安全だが、莫大な費用や時間的コストがかかる

●基準内だと言い切れば、コストは発生しない

このような状況下で、測定値が境界線上だった場合、果たして現場は迷いなく「交換」を選べるでしょうか。そして同様に、非破壊検査へのハードルは低くないものと考えます。
「まだ大丈夫だと思いたい」 その無意識のバイアスを、この制度は排除できていません。
経済的圧力が、安全判断を歪める。 そのリスクを現場の良心だけに委ねることは、あまりにも酷ではないでしょうか。

●第3章:歴史が選んだ「合理性」の代償 ― かつてそこにあった安全と、今のリアル ―

2001年のドクターヘリ事業開始当初、千葉北総病院などで使用されていたアメリカ製機体(MD902)には、「NOTAR(ノーター)」システムが採用されていました。構造上、今回問題となったようなテール・ローター制御ロッドの破断リスクは存在しませんでした。
しかし、部品供給や整備の難しさから、日本の現場は次第に、ロジスティクスに優れた欧州エアバス機(EC135等)へと舵を切ります。
「明日、確実に飛ぶ」ための、「現場を回す責任」を果たすために、経済合理性と運用効率を重視した合理的な決断に映ります。
その結果、 「日本中のドクターヘリが、同じ一本の神経という急所を抱え、同じ腐食リスクに晒される」 という構造が生まれました。
利便性の代償として、私たちは新たなリスクを共有しているのです。

●第4章:日本の空に合った「耐久テスト」を ― 持続可能なシステムを「求める責任」 ―

短期的な対策としては、今回の通報で良しとしましょう。 しかし、長期的な安全を考えるなら、これでは不十分です。
カタログスペックを信じて「まだ使える」と判断するのではなく、 「日本の環境で、実際にどれくらい持つのか」 それを検証する独自の耐久テストが必要ではないでしょうか。
メーカーの「作る責任」。 国の「基準を決める責任」。 運航会社の「国のルールを守る責任」と「現場を回す責任」。
そして医療現場には、「患者や自分自身の安全を守る責任」と、持続可能なシステムを求める現場の視点を声を上げる責任があります。 ヘリは常に時間や安全性との配慮の中で選択される搬送手段であり、使うこと自体が目的であってはいけません。
現場の活動を止めないように、点検を増やすだけでなく、 「日本の湿気に負けない、腐食に強い部品へ変えられないのか」 より、上流でのリスクの減少を求めて、私たちは問い続けなければなりません。

●結び:国交省の対策の中に“鳥が見える”

航空機の重量制限上、コントロール・ロッドが単一であることは、現在の技術基準では許容されています。
しかし、「1本でも大丈夫」という前提が、日本の過酷な環境下で崩れていたとしたら。 そして、それを見抜く手段が、アナログな測定に依存しているとしたら。
それは、実質的に許容できないリスクが、現場に残されたままだと言えるのではないでしょうか。腐食や経年劣化が原因だとすると、導入して時間が経過した機体はますますリスクが上がるはずです。
航空医療の現場には、例えば飛行機中のバードクラッシュのような事故を避けるために、 「3時方向、鳥のようなものが見えます」 と声を掛け合う文化があります。
恐れながら――。 不確かでも、危険を避けるために声を上げる責任が、私たちにはある。
今、私の目には、今回の「国土交通省」の対策に “鳥のようなもの”が見えています。

何を、最優先させますか?

【参考資料】
1.国土交通省航空局:耐空性改善通報(TCD)TCD-7253-2025(2025年11月26日発行)および関連通報
2.運輸安全委員会(JTSB):航空事故調査状況報告(長崎県壱岐市沖 医療搬送ヘリ墜落事故関連)
3.欧州航空安全庁(EASA):Airworthiness Directive (AD) 関連資料(EC135 テールローター制御系腐食点検に関する記述)
4.厚生労働省:ドクターヘリ導入促進事業 実施要綱(双発機基準等)
5.HEM-Net(認定NPO法人 救急ヘリ病院ネットワーク):ドクターヘリ実績・統計資料
【別紙:提言編】へつづく

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ