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Vol.26010 第三者機関による不当な医療事故調査結果の公表はカスハラではないのか

医療ガバナンス学会 (2026年1月19日 08:00)


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この原稿は月刊集中1月末日発売号に掲載予定です。

井上法律事務所所長、弁護士
井上清成

2026年1月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1.ペイシェントハラスメントの現状と課題

(1)医療機関におけるペイハラの現状
特に新型コロナが発生して以降、患者さんやそのご家族からのクレーム が、数として激増しただけでなく、そのボルテージも今まででMAXと思えるものも頻発した。
今から20年以上前、 医療事故問題を契機に、世間・マスコミから医療バッシングが生じ、それに乗じたクレーマーが頻出して以来のことであろう。当時は、医療界自身でも「患者さん」でなく「患者様」と呼ぼうなどという運動の思わぬ悪影響もあり、クレーマーを増長させて来た。そのような諸事情も相まって、なかなか沈静化しなかったところへ、新たな形態も含めて、新型コロナ後もクレーマーがまた頻出し始めているのが現状である。
現在は、それらの度を越したクレームを、一般社会では「カスタマーハラスメント」と呼び、医療界では「ペイシェントハラスメント」と呼ぶようになった。

(2)医療機関におけるペイハラの課題
昨今のペイハラの数々の中には、医療現場では何とも 対応しにくいと感じられる新種のものが、跋扈して来ている。
①SNS等のインターネット上へ病院や病院職員の悪評を投稿すること、 さらには、それをほのめかす発言によって職員を脅すこと
②やはりSNS等のインターネット上へ病院職員のプライバシーに係る情報の投稿等をすること
③「下手くそな医師によって患者が殺された」「手術の下手な医師は辞めてしまえ、死んでしまえ」などの医師の人格を否定するような言動を行うこと
④病院内の診療の模様を盗撮したり、無断での撮影をすること
⑤一見整然としてはいるが、何度でも同じような質問を執拗に繰り返して、長時間に渡ること
⑥患者やその家族が医療過誤によって損害を受けたと断定して、著しく不当に高額な損害賠償の請求を行い、マスコミや所管の官庁に虚偽の情報提供したり、マスコミで記者会見をしたりすること
⑦病院で発生した医療事故の調査をした第三者機関がその結果を、特定の医師や看護師の特定の医療行為・看護行為に着眼して、特定の医師や看護師対して著しく不当に低い医学的評価を行って、それを第三者機関の委員長自らが記者会見をして公表すること
2.ペイハラへの法的な対応策

(1)法律の改正等による法制化の概要
もともとセクハラ、パワハラ等は労働施策総合推進法に定められていたが、カスパラ(ペイハラ)は 法制化されていなかった。しかしながら、カスハラが激増している社会情勢と、被害者たる労働者保護の理念においては、セクハラ・パワハラと変わるところがないという立法趣旨から、カスハラ(ペイハラ)も法制化されることとなる。そして、令和7年6月4日の法律(労働施策推進法)改正により、カスハラ(ペイハラ)も法制化され、同月11日に公布され、令和8年10月1日をもって施行される予定である。
特に重要な部分は労働施策推進法第33条であるが、その要綱の一部を掲記する。
「職場における顧客等の言動に起因する問題に関して事業主が講ずべき措置 等

ア 事業主は、職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者(以下「顧客等」という。)の言動であって、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの(以下「顧客等言動」という。)により当該労働者の 就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に 対応するために必要な体制の整備、労働者の就業環境を害する当該顧客等言 動への対応の実効性を確保するために必要なその抑止のための措置その他の 雇用管理上必要な措置を講じなければならないものとすること。(第33条第1項関係)
(イ、ウは省略)

エ 厚生労働大臣は、アからウまでの事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を定めるものとすること。(第33条第4項関係)」

(2)雇用管理上講ずべき措置等についての指針―カスハラの定義・具体例前掲(1)(エ)の労働施策推進法第33条第4項には厚労省が必要な「指針」を定めるべきこととされていた。
そこで、厚労省は、令和8年2月に告示することを予定して、次のとおりの 指針案を策定した。
「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(案)

「職場におけるカスタマーハラスメントの内容」
・職場におけるカスタマーハラスメントは、職場において行われる①顧客等 の言動であって、②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通 念上許容される範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすものをいう。
(略)
加えて、職場におけるカスタマーハラスメントには、店舗及び施設等において対 面で行われるもののみならず、電話やSNS等のインターネット上において行われるものも含まれるものである。

・「その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えた」言動とは、社会通念に照らし、当該顧客等の言動の内容が契 約内容からして相当性を欠くもの、又は手段や態様が相当でないものを指す。 この判断に当たっては、様々な要素(当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の 問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業 務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、当該言 動の行為者とされる者(以下「行為者」という。)との関係性等)を総合的に考慮することが適当である。
また、「言動の内容」及び「手段や態様」に着目し、総合的に判断 することが適当であり、「言動の内容」、「手段や態様」の一方のみが社会通念上許容さる範囲を超える場合でもこれに該当し得ることに留意が必要である。
社会通念上許容される範囲を超えた言動の典型的な例としては、以下のイ及びロのものがある。

イ 言動の内容が社会通念上許容される範囲を超えるもの
①そもそも要求に理由がない又は商品・サービス等と全く関係のない要求
② 契約等により想定しているサービスを著しく超える要求
③ 対応が著しく困難な又は対応が不可能な要求
④ 不当な損害賠償要求

ロ 手段や態様が社会通念上許容される範囲を超えるもの
① 身体的な攻撃(暴行、傷害等)
② 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等)
・ SNS等のインターネット上へ悪評を投稿することをほのめかす発言によって労働者を脅すこと。
・ SNS等のインターネット上へ労働者のプライバシーに係る情報の投稿等をすること。
・ 労働者の人格を否定するような言動を行うこと。
・ 土下座を強要すること。
・ 盗撮や無断での撮影をすること。
③ 威圧的な言動
④ 継続的、執拗な言動
・ 同様の質問を執拗に繰り返すこと。
・ 当初の話からのすり替え、揚げ足取り、執拗な責め立てをすること。
・ 同様の電子メール等を執拗に繰り返し送りつけること。
⑤ 拘束的な言動(不退去、居座り、監禁)
・ 長時間に渡る居座りや電話で労働者を拘束すること。

(3)カスハラ(ペイハラ)が生じた際の具体的な対応策
上記指針では、さらに、具体的な対応策として、「職場におけるカスタマーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応」を定め、「事業主は、職場におけるカスタマーハラスメントに係る相談の申出があった場合に おいて、その事案に係る事実関係の迅速かつ正確な確認及び適正な対処として、次の措置を講じなければならない。」とした。やはり適宜に抜粋して掲記する。
「イ 事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること。
ロ イにより、職場におけるカスタマーハラスメントが生じた事実が確認できた場合 においては、速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと。」

(4)悪質なカスハラ(ペイハラ)に対する法的な抑止措置
上記指針では、さらに、悪質なカスハラ(ペイハラ)に対する法的な抑止措置についても「職場におけるカスタマーハラスメントへの対応の実効性を確保するために必要なその抑止のための措置」として明示し、「事業主は、職場におけるカスタマーハラスメントの抑止のための措置として、労働者に対し過度な要求を繰り返すなど特に悪質と考えられるものへの対処の方針をあらかじめ定め、管理監督者を含む労働者に周知するとともに、当該方針において定めた 対処を行うことができる体制を整備しなければならない。」とした。
「特に悪質と考えられるものへの対処の例としては次のようなものがある。
・ 暴行、傷害、脅迫などの犯罪に該当し得る言動については、警察へ通報すること。
・ 行為者に対して警告文を発出すること。
・ 法令の制限内において行為者に対して商品の販売、サービスの提供等をしないこと。
・ 行為者に対して店舗及び施設等への出入りを禁止すること。
・ 民事保全法(平成元年法律第91号)に基づく仮処分命令を申し立てること。」

前掲「指針」には、結構、踏み込んで対処方法が列記された。是非、活用されたい。
もう一度、その他も含めて整理すると、
①警察への通報、被害届の提出、刑事告訴・刑事告発
②内容証明郵便、弁護士による警告文
③退去通告、退去・退院請求訴訟
④接近禁止・面談禁止の仮処分
⑤損害賠償請求訴訟
⑥SNSの発信者情報開示の訴訟その他の法的手段 などがあるが、実務上、相当に有用性が大きいのが、
⑦裁判所への診療関係調整調停の申立てであるので、是非、この調停という手段も忘れないようにしてもらいたい。

3.今後の課題

今後、ペイシェントハラスメント対策は、徐々に熟練して行くと思われ、大変に良いことである。
しかしながら、今後も医療事故・医療過誤を契機としたハラスメント的 行為は後を絶たないであろう。1(2)の「医療機関におけるペイシェントハラスメントの課題」のうちの⑥と⑦である。
特に医療安全管理に携わる方々は、原理主義的に火の玉になって、前掲⑥や⑦のようなことを行っていると、結局、自爆してしまって診療科の医師にも相手にされなくなり、折角ここまで進めて来た医療安全の推進・向上を元も子もなくしてしまうであろう。
前掲1(2)の⑥⑦を直ちにパワハラとかカスハラとか評したいわけではないが、いずれ厳しい社会的評価を受けることにならざるをえない。医療安全原理主義によるそのような破局的な事態を避けるためにも、医療現場では、常に医療安全推進と職員保護とのバランスに心掛け、堅実に医療安全を進めてもらいたいところである。

 

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