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Vol.157 原発作業員およびご家族、国民のみなさまへ(中)

医療ガバナンス学会 (2011年5月3日 14:00)


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〜原発作業員のための自己造血幹細胞(じこ ぞうけつ かんさいぼう)の採取(さいしゅ)と保存計画について〜

虎の門病院血液内科
谷口修一
谷口プロジェクト事務局一同
Save Fukushima 50

http://www.savefukushima50.org/?lang=ja

2011年5月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


前回に引き続き、私たちの意見を、子どもから大人まで、一般の方に分かりやすい文章としてまとめました。MRICでは(上)、(中)、(下)の3回に分けて配信して頂きます。

【3.自己造血幹細胞(じこ ぞうけつ かんさいぼう)の保存とは】

造血幹細胞(ぞうけつ かんさいぼう)とは、血液の細胞をつくるおおもととなる細胞です。この細胞を健康なときに”自分の血液の中から”抜き出し(採 取、さいしゅ、といいます)、将来、これを使った治療が必要になった場合に備え、冷凍(れいとう)して保存しておくことを、『自己造血幹細胞(じこ ぞう けつ かんさいぼう)の保存』といいます。血液の細胞がなくなるくらい放射線をあびてしまったら、冷たいところで保存しておいたこの血液の細胞を、とかし て体の中に戻すのです。これを『移植する』といいます。この治療方法は骨髄移植(こつずい いしょく)とよく似ていて、血液をつくるはたらきをよくするた めの治療法の一つです。血液が病気になった人に対しては、すでに日本でも外国でも、世界中でたくさん行われてきた治療法です。

ちょっと聞いたことがないような、大人にも難しい方法とお感じになったかもしれません。でも、まだまだ知名度は低いですが、この保存の方法は世界中で何 万人もの健康な人たちが、すでに経験したことがある方法なのです。この人たちは、自分のきょうだいや他の知らない人でも病気になった人に、血液を分けてあ げたという、ちょうど献血するのと同じようなボランティアをした人たちです。病気になって困っている人たちのために、血液を分けてあげようという元気な人 たちは、日本でも他の外国の国々でも、この方法で造血幹細胞(ぞうけつ かんさいぼう)を採取し、保存することができます。日本の血液専門の医療者もこの 方法を多く経験しています。

これと同じ保存の方法を、原発作業員のみなさまもやったらいいんじゃないか、というのが私たちの考えた事です。他の人にあげるのではなく、危険な場所で はたらく原発作業員の人たちが、もしものときのために自分たち用に保存しておけばいいかも、というアイデアです。今までボランティアの人たちがしてきたこ とと大きく違うのは、他の人にそのままあげてしまうか、将来自分が病気になったときのために取っておくのか、というところだけです。難しい言葉を使ってい るようですが、実は、そんなに特別なことをしようと言っているのではありません。

つまり、これまで説明したように、現在でも日常的に健康な人でも行われている方法を、原発作業員の人たちにも提供しよう、というのが私たちの提案にすぎ ません。通常の生活よりも被ばく量が多い仕事場ではたらく原発作業員のみなさま自身が、もしものときのために自分たち用に保存しておくことは、思いがけな い事故でたくさん被ばくしたときの治療に役に立つだろうという考えなのです。

【4.どうして前もって自分の血液の細胞を保存するのか】

放射線の被ばく事故が起こってしまってから、他の健康な人などから別の血液の細胞をもらって移植することもできます。骨髄バンクやさい帯血(さいたいけ つ)バンクという言葉を聞いて知っている人も多いでしょう。自分の血液を保存していない場合は、あとできょうだいや骨髄バンクなどを通じて、他の人の造血 幹細胞(ぞうけつ かんさいぼう)をもらうこともできます。しかし、完全に血液の型が合う人が見つかることは今でも難しく、うまく見つからない場合や、仕 方なしに一部ちがう血液の型の細胞を使って治療をしている人もいます。また、他の人からもらうまでには時間がかかりますし、他の人の細胞を移植するために 起こる拒絶反応(きょぜつ はんのう)を防ぐために、いろんな薬をたくさん使ったりするので、治療はとても大変になります。

自分の造血幹細胞(ぞうけつ かんさいぼう)を前もって冷凍して保存しておけば、もしもの事故の時はとかしてすぐ使えるし、もともと自分自身の細胞です から、拒絶反応の心配はなく、よけいな薬も使わないですみます。ですから、治療は他の人のものを使う場合にくらべ、上手くいきやすくなります。ぜったい上 手くいく治療法というのは残念ながらありませんが、放射線被ばく事故で移植をする場合は、他人の細胞を使った治療より、自分の細胞を使った方が、成功する 可能性が高いと私たちは考えています。

【5.採取(さいしゅ)、保存するときの方法】

造血幹細胞(ぞうけつ かんさいぼう)を前もって採取、保存するときには、私たちの病院に来ていただいて、数日のあいだ骨髄(こつずい)から普通の血液 の中(末梢血、まっしょうけつ、といいます)に、造血幹細胞を送り出すための専用の薬を注射します。そして、血液検査で確認し、造血幹細胞が血液の中に出 始めたら、採取をはじめます。採取は特注の機械を使って行います。これを末梢血幹細胞採取(まっしょうけつ かんさいぼう さいしゅ)といいます。今回の 計画には、私たちの病院だけでなく、全国107の病院も協力してくれる予定なので、他の病院でも行うことが可能です。

採取する血液の量は、缶ジュース1本にも足らないくらいの少しの量です。一度、血液を外の機械に抜き出し、機械のなかで造血幹細胞(ぞうけつ かんさい ぼう)とそれ以外の血液の成分に分けます。必要な分だけを保存のための専用の袋に、それ以外の血液の成分は体のなかにもどします。治療に必要と考えられる 量を採取するには、通常3〜4時間かかり、採取の間はベッドに横になっていないといけません。もし1日でとれない場合は、もう1、2日かけて行うこともあ ります。

【6.私たちの提案に対する反対意見】

私たちの、自己造血幹細胞(じこ ぞうけつ かんさいぼう)を採取、保存しようという提案に対して、『そんなの駄目だ、あんまりお勧めしません』という 偉い人たちもいれば、『それはとてもいい考えだね』と言ってくれる専門家たちもいます。日本や外国の血液や被ばく医療の専門家の間でも、この意見は分かれ ているのです。私たちも、意見が分かれるのは当然だと思います。なぜなら、今回福島で起こったような、地震や津波の自然災害によって大きな原発事故が起こ り、しかも、その修理に長い時間がかかるという経験は、人類の歴史のなかでも全く初めてのことです。ですから、それに備えた医療の準備は、世界中のどんな 有名な専門家であっても経験したことがないのです。

政府や原子力安全委員会の人や専門家で、反対している人たちの意見はこんな感じです。
『そんなにたくさんの放射線があたらないように、ちゃんと気をつけて測っているから、そんな大量被ばくの事故はおこらない。』
『外国の人たちもそんなことは勧めてないし、日本人みんなが納得している提案でもない。』
『病気になるのは血液だけじゃないので、他のところが病気になったら役に立たない。』
『少しくらい血液の細胞が減っても、注射で治るから大丈夫。』
『血液の細胞を保存するときに薬の注射をするから、その薬で病気になったらかえって危ない。』
『お金だってたくさんかかるんじゃないの?』
『誰が事故にあうのか分からないから、みんながするのには無駄が多すぎる。』

次に、これらの反対意見に対して、私たちがどう考えるのか説明していきましょう。

【7.放射線事故の危険性について】

『大量の被ばく事故が起こらないように、きちんと測っているから心配しなくていい。』、と反対する人たちは言っていますが、そもそもめったに起こらない 地震と津波で今回の原発事故が起こったことは、世界中のみんなが知っています。万が一、作業をしている間に地震や津波がおこったり、原発の建物がこわれた りして、たくさんの放射線をあびてしまう被ばく事故が起こることもあるんじゃないか、と私たちはとても心配しています。偉い地震学者の人たちは、まだ大き な余震が起こることを予想していますし、つい最近、津波にそなえて、福島原発に新しい防波堤を付け加えられることが決まったばかりです。

また、新聞などを読むと、作業員の人たちがあびた放射線の量もちゃんと測られていないと書いてあります。今までどれくらい被ばくしたのか、きちんと分か らないのでは、たくさん被ばくしないよう気をつけていると言われても、とても安心することなんてできないと思います。また、いま働いている人たちの血液検 査などの健康診断が、ちゃんとされていなかったという話も聞いています。同じ量の放射線をあびたとしても、異常がでにくい人とでやすい人がいます。ですか ら、すでに作業をした人も、これから作業を始める人も、一人一人をちゃんと診察して、定期的な健康管理することがとても大切だと思います。

【8.採取、保存するときの問題点】

反対意見の人たちが言うとおり、自己造血幹細胞(じこ ぞうけつ かんさいぼう)を採取、保存することは、いい事ばかりではなく、問題点もあります。主 に3つの問題点があげられるでしょう。健康な人に専用の薬を使うこと、費用に関すること、それと、採取にかかる時間です。

一つ目は、健康な人に専用の薬を使う問題です。専用の薬を使うので、すごくたまにですが、薬のせいでよけいな重い病気になってしまうことがあります。ま た、何年も経ってから、薬のせいで白血病という別の血液の病気になっちゃうんじゃないか、と心配する人もいます。しかし、健康な人が何日か注射するだけで あれば問題ない、というのが世界中の専門家の意見です。世界中の骨髄バンクなどで、健康な人にこの専用の薬を使うことはすでに認められています。でも、こ のやり方をしたあとに、こわれた原発の修理に出かけた人は世界中どこにもいないので、私たちも、まずは大丈夫だと考えていますが、ぜったいぜったい安全と まではいえません。ですから、注射をして血液を保存しておいてから原発で働くのと、保存せずに働くのと、どっちが安心できそうか、よくよく考える必要があ ります。あとは、いっぱい注射をしたり、検査をしたり、専用の薬のせいで熱がでたり、頭痛や腰痛になったりするので、不愉快な思いを我慢しないといけませ ん。

二つ目は、保存にかかるお金のことです。採取のためには入院していただく必要があります。毎日の注射と採血、その間の思いがけない副作用に備えるためで す。ですから、様々なお金がかかります。これは治療目的ではないため、全て自費診療(じひしんりょう、自分でお金を出すということ)となります。しかし、 地震のあとに多くの方がたくさんの物やお金を寄せてくださったように、原発作業員で採取される方に対しては、ご負担が少しでも軽くなるようにと、一部の薬 や機械の部品については、会社が寄付してくれたものもあります。これらを使い、最小限の負担となるよう、私たちの病院では準備しています。詳しい費用につ いてはご連絡いただければ説明を差し上げます。

三つ目は、採取にかかる時間の問題です。日本でも世界でも普通に使っている専用の薬を使って、普通のやり方をすれば、採取がおわるまでに4、5日くらい かかります。もっと早くすましてくれ、という人のために、別のやり方も用意しています。外国で使っていて、日本ではまだ使っていない薬を使う特別なやり方 をする方法です。健康な人でこの薬を使ったやり方は、他の国でもまだあまり行われたことがありません。ただ、このやり方をすれば、2日くらいで、普通のや り方をするより短くてすむ、というのがだいたいの見積もりです。いずれにせよ、採取する間は入院する必要があり、その期間はお仕事を休んでいただかなくて はなりません。

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