
医療ガバナンス学会 (2026年1月21日 08:00)
※『ロハス・メディカル』vol.175に掲載された対談の転載です。
日本プレコンセプションケア協会代表
近藤優実
2026年1月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
近藤 助産師してます。
梅村 なろうってきっかけは何だったんですか。
近藤 きっかけは、私の誕生日が阪神淡路大震災の日なんです。
梅村 へえ、どちらでお生まれですか。
近藤 横浜です。なので、親戚とかに直接的な被害はなく、基本的にお誕生日は幸せに祝われてました。でも、4歳の誕生日に幼稚園の朝の会で、園長先生が今日はたくさんの人が亡くなった日だよみたいな話をされて、ショックを受けるわけです。
梅村 大人でも結構複雑な心境になりますよね。
近藤 それで鬱々と生きていたら、高1の時に東日本大震災が発生して、ちょうど将来を考える時期だったので、災害の時に命を救える人になりたいなと思って、まず看護師をめざしました。で、次の年にハッピーバースデイ3・11っていう動画を見たんです。震災の日に生まれた何人もの赤ちゃんの1歳のお誕生日の密着みたいなの。震災の日に生まれた赤ちゃんたちも元気に育って、それが街の復興や希望になるんだなっていうことを知って、一番最初におめでとうって言える人になっていきたいなと思って、助産師をめざすようになりました。
梅村 看護学校に行かれたんですか。
近藤 大学で看護を専攻して看護師免許を先に取って、兵庫県立淡路医療センターっていう病院で看護師デビューを果たしました。島で唯一お産できる場所だったから、生と死っていうのが一つの病院で繰り返し起きていて、自分が受け持った患者さんも終末期だったけれども、病院の中で孫が生まれて、車椅子で会いに行けて、本当に良かったっていう話をしてくれた翌朝、おはようございますって行ったら、もう亡くなっていて。そんな風に命の繋がりっていうのを感じて、やっぱり助産師をやりたいと思って、大学の専攻科に1年通って勉強し直して、それで助産師になりました。
梅村 淡路島へ行かれたっていうのは、偶然なんですか?
近藤 いや、狙ってですね。元々は都内とか神奈川県で病院を探したんですけど、お世話になってた研究所の先輩たちの様子を見ていて、やっぱり自分が育った地域じゃない土地で勉強することの大事さを感じまして。
梅村 助産師になってから、どうされたんですか。
近藤 まず固定観念で、大きい病院で働かないといけないと思って、お産の件数も取らなくちゃと都内の病院で就職をするんです。
梅村 普通はそう考えますよね。たくさんの種類を経験したほうがいいし。
近藤 ただ、ちょうど無痛分娩とかが始まった時期だったのと、コロナの始まった時期だったので、立ち合い分娩はなく、無痛分娩だけで、スマホで夫がzoom越しに見守るという形だったので、人の温もりのないお産というか、リアリティーギャップを感じて、助産院で働きたいと思うようになって4軒回りました。
梅村 なるほど。
近藤 でも、お産件数が100件にも届いていない若い子は雇えないよって断られて。たまたま私が淡路島で飲み歩いてた時に仲の良かった居酒屋の女将さんが横浜出身で、変な助産師さんと友達だから会ってきなよって言われて、その助産師さんに会いに行って、でもその人の働いてた助産院でも雇うのはねって話になって、代わりにお産の映画を撮る変な人がいるから会いに行っといでよって言われて、分かりましたって会いに行って、その時のご飯屋さんの女将さんが私を気に入ってくれて、お産って呼吸が大事でしょ、呼吸のワークショップがあるからって誘ってくれて、参加したら、たまたま今の職場の助産師さんも参加してたんです。
助産院で働きたいんですって言ったら、夜勤してくれるスタッフをずっと探してたんだけどやってくれるって訊かれて、体力だけは自信がありますって答えて、やっと今の職場に辿り着きました。
梅村 やっぱり淡路島つながりなんですね。断った多くの助産院の方の気持ちも僕ちょっと分かって、多分病院と違って、そんなにスタッフおられないじゃないですか。
近藤 なんですよ。
梅村 経営者というかトップからしたら、経験のある人を雇いたいっていうのは自然な感情ではあったんでしょうね。そこにたまたま夜勤やってくれる人を探してたと、それも縁と言えば縁ですよね。
近藤 スタッフの助産師が私を見つけ出してくれて、院長が私を雇おうって思った理由が人の縁を大事にする人だからっていうことで、本当にひよっこだと思って受け入れてくれたんですよね。助産院の上に住んでるから何かあっても私いるしみたいな感じで、その懐の大きさが私はもう本当にいいなぁと思って。だから私、今は助産院まで歩いて1分ぐらいの所に住んでるんです。陣痛の電話が入ったらウルトラマンぐらいのスピード、電話が鳴って3分後には分娩室にいます。
梅村 どうですか、実際に助産院で働き始めて。
近藤 もう想像以上なんですけれども、スタッフって院長と私をリクルートしてくれた先輩ともう一人、それと私で回ってるので、基本的に陣痛が始まって、おめでとうございますって言うまで、ずーっと私一人で基本的に見てて、何か相談したいなぁと思ったら先輩たちに相談しながら、長い人の場合だったら12時間とか一緒にいるし。
嘱託医の先生の所でも私働いてて、助産院でお産が始まったけど分娩停止って言ってなかなか進まなくて、促進剤とかお薬は助産院で使えないので、ちょっと病院へ行こうかって言って、そっちになったらクリニックの制服に着替えて、また付き添い続けて、で産んだら助産院に帰ってこれるので、一回バットンタッチして夜勤からまたよろしくお願いしますみたいな感じで、ずーっと付いていられるんですよね。
梅村 なるほどなるほど。
近藤 だから、あのお産どうだったんだろうとか思うことがなくて、すごく楽しいなぁと思ってます。
梅村 なるほどですね。実は僕昨日、中学の担任の先生のお葬式があったんですよ。2軒隣に住んでる人で、僕の経営しているクリニックから訪問診療にずっと行っててですね、ご自宅でお看取りをしたんですよ。ご家族もすごい喜んでくださって、お葬式の喪主さんの挨拶でも、梅村先生とこのクリニックにお世話になったって言ってくれたんです。でもね今から10年ぐらい前って、そんなこと言ってもらえる時代じゃなくてね、
とにかく人が亡くなる時は病院に入院せなあかんっていう固定観念がすごくあって、病院で亡くなる人がもう9割ぐらいの時代っていうの、結構あったわけですよ。それが在宅医療で訪問看護とか訪問介護とかを使いながら、患者さんが家で過ごせる時間を長く取れてみんなに喜んでもらえるって言い出したのは、本当この数年なんですね。妊婦さんも似たようなとこが多分あるんじゃないかなと思って。
近藤 元々赤ちゃんたちってお家で生まれてきたじゃないですか。戦後マッカーサーが来た辺りから、病院でお産することがいいことっていう風に流れが変わって、その後も助産院はいっぱいあったんですけど、07年に医療法が改正されて、嘱託医との連携しないとお産を取り扱っちゃダメですよってルールが決まって、それで一気に助産院が減って、もう今1%未満なんですよね。
梅村 そういう状況で、助産院で産むっていう選択肢ですね、今おっしゃったような人と人と接する時間がすごく長いっていうね、そういう良さはあるんだけども、どういう風に知るもんなんですか。
近藤 私も気になって、2年ぐらい不思議だなぁと思って見守りながら訊いてたんですよ。なんでここで産みたいと思ったんですかって。一番多い理由は口コミで、いい院長さんがいるからっていうので来てくれてるんですけど、それだと傾向が取れてないので数えてみたら、意外と20代半ばぐらいの若い子もいて、それといわゆる高齢出産って言われるゾーンに入る35歳以上の人たちも来てて、二峰化してるなっていうことに気づきました。
梅村 なるほど。
近藤 若い子に関しては、産みに来る人のお母さんが元々そういう医療っていうよりも自然な出産に興味があって、そういう子育てをしてきたとか、自分自身も助産院で産んできたっていう人で、娘にこういう所がいいよっていうのを強制的に吹き込んで、それでまあお母さんが言うんだったらみたいな感じで。
梅村 そういう人たちからしたら、生理現象だってことですよね。
近藤 高齢の人たちは、1人目を病院でお産して、思ったお産ができなかったというケースが多いですね。一番は分娩台に脚をかけて固定されるのがすごい嫌な経験だったとかで、分娩台に乗らないお産って調べて助産院に辿り着く。
梅村 なるほどなるほど。
近藤 それと初産婦さんだけど、30代後半になってて自分の考えがある、世の中で流れていることじゃなくて自分で積んできたキャリアを基に、1回しか産まないと思ってるので、どういうことができたらいいかなっていうのを真剣に向き合って情報収集して、それを叶えるっていう所までちゃんと目標設定から行動に移したっていう人たちですね。
梅村 大多数の人が病院で産むことを当然のように思っちゃってる中、そういう人たちがちょっとずつ広まってきてて、色んな選択肢があるっていうのはいいことですよね。今後めざしていきたい方向性とか取り組みたいことっていうのは、なんか生まれてきてる感じですかね。
近藤 さっき言ったお産の知識を自分で情報収集できるし行動に移すこともできるっていう人たちは、潜在的にもっといるんじゃないかって思っています。でも世の中で妊娠出産について調べる方法として一つはSNS、もう一つは本当にリアルな友達で、お金払って調べる人たちはギリギリ本屋さんで1500円ぐらいの本を読むっていうところくらいで、相談窓口がないなと思って。
梅村 ああ。
近藤 本当に生理現象だし、人生の中で何度もあることじゃない大事なことだなぁと思ってて、でもそれに似てるような例えば大学受験だったら15年ぐらいかけて準備する人だっているし、お金を払ってちゃんと向き合うとか、そういうことが大事だよってすごい教わってきてるのに、同じくらい命がけで何回もあることじゃない大事なお産について、お金払ってでも勉強したい人たちが勉強できる、そういうサービスが足りてないんじゃないかなと思って。産婦人科だって、勉強するよりは診察してもらう所ですからね。
梅村 今言われてハッとしましたね。例えばがんとか脳梗塞になる準備なんてのはしないわけですよ。突然ワーって言って、どうしたよろしいですか、こういう治療をしましょう言うたら、やらないと仕方ないわけですよね。だけど出産っていうのはいつか自分はするだろうなという漠然としたね、だからそれだけいろんなアプローチの仕方があるんじゃないかってことをおっしゃったわけですよね
近藤 それこそ現場で働いてて思うことなんですけど、若年妊婦っているじゃないですか。実際にいるんですよ、でもそういう子たちって、保健所もマークしてるし、親も元気だし、なんだかんだすごい手厚く見守られてるなって思うんです。だけど30代の人たちはお産するはずの年齢層と思われてて、自分でどうにかしなさいねって放置されて、妊娠したくてしたんでしょうぐらいの目で見られて、だけど10代に学校で習った性教育が最後だから。そもそも妊娠については学校の性教育で教えていいってことになってるんですけど、どうやってお産になるかは教えちゃいけないって、指導要項で決まってるんですよ。
梅村 そうなんですか。
近藤 お産の方法が、今だったら自然分娩もあるし和痛分娩も無痛分娩も帝王切開もあって、それが計画的にできるものと自然に起こすものとあるっていうのを、さっき言った無料媒体や口コミで学ぶしかなくて、なんか変だなって思ってます。
②へ続く