医療ガバナンス学会 (2011年5月5日 06:00)
略歴:細田満和子(ほそだ みわこ)
ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー。博士(社会学)。1992年東京大学文学部社会学科卒業。同大学大学院修士・博士課程を経て、02年から 05年まで日本学術振興会特別研究員。05年から08年までコロンビア大学メイルマン公衆衛生校アソシエイト。08年9月より現職。主著に『「チーム医 療」の理念と現実』(日本看護協会出版会、オンデマンド版)、『脳卒中を生きる意味―病いと障害の社会学』(青海社)。
●さまざまな日本支援組織の誕生
3月11日の震災は、ワールド・トレード・センター襲撃の911(ナイン・イレブン)からの連想からか、一部でスリー・イレブンあるいは、マーチ・イレブ ンと言われ、ボストンの人々にも大きな影響を与えています。震災を知った11日夜には、日本人大学関係者や社会人有志が集まり、Action for Japan Bostonを結成し、緩やかなつながりの中で様々な学校や団体や個人が、募金や支援の活動をしています。ハーバードでもライシャワー日本研究センターな どが中心になって、大学公認組織のHarvard for Japanを作り、募金やイベントやフォーラムなどをしています。この中には、被災地に医療援助に向かう医師をサポートするグループもあります。ハーバー ド公衆衛生大学院でも、日本人会が中心にHSPH Japanese Student Earthquake Reliefが立ち上がり、募金活動を行ったり、セミナーを開催したりしています。
大学関係以外にも、様々な団体や個人が支援の輪を広げ、例えばボストン日本人女性の会では、医療援助のレクチャーやチャリティ・バザー、メモリアル・キル トづくりなどを行っています。また、幼稚園から高校まで、子どもたちの学校でも、さまざまな形での募金活動が行われたり、日本へ向けてのメッセージを書い て送るプロジェクトが行われたりしています。
ボストンには音楽での留学生やプロの演奏家もたくさんいるので、ベネフィット・コンサートも相次いで開かれています。週末になると1日に複数の場所で演奏会が行われ、時には時間が重なることも少なくありません。
●日本に関する討論会
医療、経済、エネルギー、街づくりなど、実に様々な角度から、日本の災害に関するフォーラムやセミナーも次々と開催されています。3月15日には、MIT において原子力発電問題についてのフォーラムが開催されました。参加者は200名以上で、原子力に関する専門家が現状を分析し、今後の見通しを述べまし た。その翌日3月16日にはハーバード公衆衛生大学院で、「日本における地震・津波・原子力危機への応答」と題する会議が開かれ、災害救助、原子力安全、 社会政治の3人の専門家と、日本からは映像で被災地入りをした日本医師会災害救急医療対策委員会にいる卒業生が登壇し、日本人6人を含む約40人余りが参 加しました。
3月19日には、ボストン日本人研究者交流会の主催で、「地震災害について私たちが出来る事」と題した講演が、MITメディア・ラボ教授の石井裕氏など5 人のパネリストを迎えて行われました。会の冒頭では在ボストン日本国領事からのあいさつもありました。4月22日には、ハーバード・フォー・ジャパンによ る「日本における災害への応答と将来に向けてのアセスメント」と題したシンポジウムが開催され、日本でも人気のある哲学教授マイケル・サンデル氏が基調講 演をし、日本のテレビ局も来ていました。
震災後、いち早くボストンから被災地に向かった医師や看護師たちの報告会も次々と行われています。3月31日には、ハーバード公衆衛生大学院で、マサ チューセッツ総合病院の2人の日本人医師と1人のアメリカ人医師による報告、4月17日にはボストン日本人女性の会で、同じ2人の日本人医師とボストン・ カレッジで学ぶ日本人看護師によって被災地での医療援助の報告会が行われました。
●海外からの援助を断る日本
こうしたボストンでの動きをみると、日本人もアメリカ人も、みんなが今回の悲劇に心を痛め、専門家として自分に何ができるかを真剣に考え、日本のために行動を起こそうとしていることがうかがわれ、温かい気持ちになります。しかし、その中で気になることもありました。
それは、これまで日本の側が海外からの医療援助を要請しなかったり、時には断ったりしてきたことです。確かに海外からの援助には言葉の壁があります。ハー バード公衆衛生大学院の3月16日の会議で登壇した日本医師会の災害担当者に海外からの医療援助の必要性について質問したところ、混乱を生むことになるか ら海外からの医療援助は来ない方がいいという答えを頂きました。
また、3月31日の帰国報告会でも同様の質問をしたところ、ボストンからいち早く被災地の医療援助に駆け付けたアメリカ人医師も、やはり外国人による援助 は難しいのではないかと言っていました。彼は20年近く前に2年間、東北地方に英語教師として在住した経験があり、日本語も少しは話せ、土地の文化にも詳 しいからこそ自分は行けたのだと言っていました。ボストンでナース・プラクティショナーの勉強を修了し、彼の通訳をしながら看護業務を行った看護師も、通 訳が必要で文化的に異なる外国人は、日本への援助には向かないと言っていました。その他、日本とアメリカでは、処方薬名や処方する量が違っていることも指 摘されました。
●日本に対する戸惑い
災害医療チームを持つハーバード系の病院は、2005年のハリケーン・カトリナや、2010年のハイチ地震など大災害が起きるとすぐに人道的救援に向かっ てきており、今回の日本の災害医療援助にもすぐさま関心を持ちました。しかし、日本からの援助の要請は来ず、また援助を打診しても、現時点では必要ないと いう回答を受け取り、戸惑いを隠せないようです。ブリガム・アンド・ウイメンズ病院の災害救助の専門家マイケル・ヴァンルーエン(Michael VanRooyen)も、「日本に人材を派遣することについては、ある程度慎重になり、注意深く検討する必要があると思います」と、3月16日の会議で 言っていました。
日本が医療援助を求めていないことやヴァンルーエンのコメントは、ボストン・グローブ誌の記事にもなりました。アメリカのマスメディアでも、人道的援助を 断り続ける日本は奇妙なものに映っていたからでしょう。例えばNYタイムスやロイターなどには、日本は援助を必要としていないのだから、募金をする必要も ないというような趣旨の記事さえ出ていました。
しかし、日本語で読める報道やメイリング・リストなどでは、医師が足りないという現場からの声が上がってきて、助けを求めている様子がうかがえます。これ は、需要も供給もあるが、しかしそれを繋ぐところがないという状況なのではないでしょうか。また、もし言葉の壁や文化の問題や処方の違いがあるのだとした ら、それらの障壁をクリアするような体制もつくれるのではないかと思いますが、それは、あまり現実的なことではないのでしょうか。
●贈与論と社会関係資本
海外からの援助要請に慎重な立場も理解できますし、援助が「善意の押し売り」という側面を持つ危険性も想像できます。しかし、援助という「贈り物」を受け取ることの意味について、もうすこし考えてみることも必要なのではないでしょうか。
フランスの社会学者マルセル・モースは『贈与論』の中で、贈り物が単なるモノではなくて、道徳的・社会的な意味合いを持つことを指摘しています。贈り物の 交換には、申し出て与えること・もらい受けとること・適切な返礼の仕方を見つけること、といった絡み合う義務があるというのです。すなわち贈り物を交換す ることは、連帯を高め、社会的紐帯を築くという意味があり、逆に、贈り物を拒むことは、友情と親交の拒否を意味するといいます(Mauss, 1954, pp.11,41)。ですから、海外からの医療援助を拒否する日本の態度は、批判の目で見られてしまうのです。
モースによれば、「与える」「受けとる」「お返しをする」といったやり取りの中で社会的関係は育ってゆきます。この社会的関係、すなわち人と人との絆や連 帯、友情と親交は、人々の財産となり、社会への利益―経済成長や雇用や健康など―をもたらします。アメリカの社会学者ロバート・パトナムの言葉を借りれ ば、これらは「社会関係資本Social Capital」といえるでしょう。
震災後、海外から日本にたくさんの手が差し伸べられたことは、国際社会の中における日本の経済資本力が陰りを見せ始めている中で、社会関係資本は健在 だったのだと証です。だからこそ、贈り物をきちんと受け取り、相手の気持ちに応えることは、国際社会の一員として必要なことでさえあると思います。
このように述べると、そんな悠長なことを言っている場合ではないというお叱りを受けるかもしれません。海外から来る人を受け入れることで「荒らされたくな い」という日本の方々の危惧も尊重されるべきだと思います。しかし、このことは、今後検討すべき課題なのではないかと強く思いました。
●「日本の共同体精神」と「公共的関与」
このようなことを悶々と考えている時、ある記事をNYタイムスに見付けました。それは、愛する者をなくした弔いをする間もなく、すっかり破壊された地域を 再び作り直して生き延びてゆく、被災した漁村の人々に関する記事でした。リーダーを選んで、それぞれが役割を担い、年少者や弱いものを助けるという地域社 会の力を、そこでは「日本の共同体的精神Japan’s Communal Spirit」と名付けていました。
まさにこのような共同体の精神が、この漁村だけでなく、震災後のいろいろな場所で発揮されてきたのでしょう。ボストンから医療援助に行った医師や看護師たちも、避難所では女性たちが食事を作り、子どもたちは配膳し、男性は荷物運びをするという光景を報告していました。
この「共同体的精神」は素晴らしいものだと思います。だからこそ、日本人の間でだけ完結させてしまっていいのでしょうか。世界の人たちとの「共同体の一員」としての精神を分かち合うこともできるのではないでしょうか。
この問いに対するひとつの答えは、マイケル・サンデル氏の4月22日の講演に見つかりました。サンデル氏は、それぞれの国に特有な文化や政治はあるだろう が、現代社会に生きる私たちは国境を越えた「文化政治横断的アイデンティティCross Cultural and Cross Political Identity」を持つことができると言いました。そして、災害を受けた地に対しては、われわれは「同情sympathy」ではなくそれ以上の、この地 球に生きる者の責任として関わってゆく「公共的関与Public Engagement」ができるだろうと続けました。
そして、この災害を経験した日本の人たちは、このような世界からの関与を受けて、「世界市民意識Global Citizenship」や「世界共同体Global Community」へと開かれてゆくだろうと締めくくったのでした。わたしもサンデル氏の、この日本への期待を共有したいと思いました。
●「グローバル・シチズンシップ」にむけて
海外からの援助を断る理由は、言葉が違うから、文化が違うから、処方や治療が違うからということが挙げられていて、確かにそうなのでしょうが、私たちがそのように信じているだけということはないでしょうか。
日本人が「世界市民Global Citizen」の一員としての心構えを持ったら、言葉や文化や制度の違いは知った上で、共通の言語を習得したり、異文化を理解したり、異なる制度につい ての知識を高めたりすることができるようになるでしょう。そうしたら、海外からの善意を喜んで受け入れることができるようになるでしょう。
「贈り物」を上手に受け取ったら、お返しをすることもできます。それは、与えてくれた相手に直接返礼することでもありますし、「世界共同体」の一員とし て、もっと困っている他の国々の人たちに対して援助してゆくことでもあるでしょう。このような行為の中で、国際社会における日本に対する信頼が築いてゆけ るのでしょう。
講演の後、サンデル氏にご挨拶にいって、上記のようなことを話しました。彼は、握手の手をずっと握ったまま、真っ直ぐに目を見つめて真剣に聞いて下さいま した。そして、「どんな協力も惜しまない。ハーバードは日本と共にあるHarvard with Japan」、とおっしゃって下さいました。
日本は長い復興の道のりを歩み始めたばかりで、今後、国際社会からのたくさんの協力も必要でしょう。「世界の一員であるという意識Global Citizenship」を持って進んでいけるよう、どんな協力も惜しまないという気持ちで、共に歩んでいきたいと思います。
(参考資料)
アクション・フォー・ジャパン・ボストン
http://actionforjapan-boston.net/
ハーバード・フォー・ジャパン
http://harvardforjapan.fas.harvard.edu/
ハーバード公衆衛生日本人会被災支援
http://www.facebook.com/home.php?sk=group_141932192539199&ap=1
MITの原発関係フォーラム
http://web.mit.edu/newsoffice/2011/cis-forum-japan-0317.html
ハーバード公衆衛生の災害支援関係フォーラム
http://www.hsph.harvard.edu/forum/japan-crises.cfm
ボストン・グローブの記事(日本からの医療援助要請)
http://articles.boston.com/2011-03-15/news/29349847_1_medical-supplies-medical-community-medical-teams
ハーバード公衆衛生の記事(日本からの医療援助要請)
http://www.hsph.harvard.edu/news/features/coverage-in-the-media/japan-humanitarian-response-radiation/index.html
NTタイムスの記事(日本への募金への疑問)
http://www.nytimes.com/2011/03/16/world/asia/16charity.html?_r=1&scp=1&sq=Japan%2C+Charity&st=Search
ロイター(日本への募金への批判)
http://blogs.reuters.com/felix-salmon/2011/03/14/dont-donate-money-to-japan/
Mauss, M., 1954, The Gift: Forms and Functions of Exchange in Archaic Societies. Trans. Ian Connison. Glencoe, 3.: Free Press.
Putnam. R., 1955, Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community, 2000, Simon and Schuster, New York.
NY タイムス(日本の共同体的精神)
http://www.nytimes.com/2011/03/24/world/asia/24isolated.html?_r=1&scp=1&sq=severed%20from%20the%20world,%20villagers%20survive&st=cse